さびと鉄くずの金属街
意識が戻ったとき、悠斗は見たこともない光景に囲まれていた。
目の前に広がるのは、まるで映画のセットのような路地裏だった。
錆びついた金属のパイプが壁を這い、ゴミが散乱している。空には濁った灰色の雲が低く垂れ込め、どこからともなく機械油の匂いが鼻を突いた。
「ここは……どこだ?」
悠斗は呟きながら、ゆっくりと体を起こした。全身が痛む。
どうやら、かなりの高さから落下したらしい。幸い、ゴミの山がクッションになったようだが、服は汚れて破れ、ひどい匂いがする。
「……夢じゃ、ないよな」
信じがたい状況に、悠斗は頬をつねってみた。痛みは、紛れもなく本物だった。これは現実だ。さっきまで学校の教室にいたはずなのに、今はこんな場所にいる。
立ち上がり、周囲を見渡す。路地裏は薄暗く、建物の壁は剥がれ落ちている。遠くから機械音が聞こえてくるが、人の声は聞こえない。
「どこだよ、ここ……」
悠斗は愕然としつつも、とにかく情報を集めようと歩き始めた。路地を抜けると、そこには見慣れない街並みが広がっていた。建物は高く、金属とコンクリートで作られている。だが、どれも古びていて、まるで廃墟のようだ。
どれくらい彷徨っただろうか。ふと、路地の向こうに人影を見つけた。悠斗は思わず駆け寄ろうとしたが、その人影を見て足を止めた。
「……ロボット?」
近づいてみて、悠斗は息を呑んだ。目の前にいたのは、明らかに人造物としか思えない人型のロボットだった。全身を金属のパーツで構成され、関節からは時折機械音が漏れている。しかし、そのロボットはまるで人間のように街を歩いていた。
あまりの光景に、悠斗は言葉を失う。だが、ロボットはまるで当然のように街を歩いている。どうやら、ここでは珍しくない存在らしい。
ペッパー君みたいなものか……
悠斗は、普段日常で見かける対話型ロボットを思い出しながら、おもむろに話しかけてみることにした。
「……すみません」
ロボットが足を止め、悠斗を見た。カメラのような目が、こちらを捉える。
「……! 〇kdssdcd@@!」
何かを話しているようだが、何を言っているのかわからない。悠斗は、もう一度ゆっくりと話しかけてみた。
「ここは、どこですか? 俺、迷子になっちゃって……」
だが、ロボットは首を傾げるばかりだった。しばらく悠斗の顔を見つめた後、興味を失ったようにそそくさと歩いて行ってしまった。
「なんなんだよ……」
悠斗は肩を落とした。言葉が通じない。どうすればいいんだ。
その後も何度か別のロボットに話しかけてみたが、結果は同じだった。どのロボットも、悠斗の言葉を理解してくれない。中には、悠斗を怪訝そうに見るロボットもいた。
(言葉も通じない……どうすりゃいいんだ)
悠斗は途方に暮れた。ここがどこなのか、どうやって帰ればいいのか、何もわからない。不安が胸を締め付ける。
ふと、遠くから足音が聞こえてきた。複数の足音だ。悠斗は反射的に身を隠した。路地の影に隠れ、様子を窺う。
数体のロボットが、こちらに向かって歩いてくる。どうやら、悠斗を探しているようだ。まずい。悠斗は、静かに路地を抜け、走り出した。
どれだけ走っただろうか。ようやく人気のない路地裏で、悠斗は息を切らしながら立ち止まった。追っ手は、今のところ見当たらない。
「……クソ、マジでどうなってんだよ。全然状況が飲み込めねぇ」
まさかのサバイバル展開に、悠斗は頭を抱えた。ゲームの中なら、こういう状況も楽しめるかもしれない。だが、これは現実だ。自分の非力さを思い知らされる。
路地裏でへたり込んでいた悠斗の前に、一台の掃除ロボットが現れた。
小型だが頑丈そうな作りで、所々に付いた傷が長年の使用を物語っている。ロボットは、黙々と地面のゴミを掃いていた。
(……掃除ロボットか。一台しかいないな。大丈夫かな)
悠斗は意を決して、ロボットに声をかけた。もうダメ元だ。
「あの、すみません。俺、迷子になっちゃったみたいで……」
ロボットは動作を止め、カメラのような目で悠斗を見つめた。しかし、返事はない。首を傾げるばかりだ。
「……やっぱ、言葉は通じないか」
落胆する悠斗。だが、ロボットは何かを察したようだった。しばらく悠斗を見つめた後、どこかへ行ってしまった。
「……行っちゃった。はぁ、どうすりゃいいんだよ……」
しょんぼりとため息をつく悠斗。もう、どうしたらいいのかわからない。
(このまま、ここで野垂れ死ぬのだろうか)
だが、しばらくするとロボットが戻ってきた。手には、何やらアクセサリーのようなものを持っている。
「これは……?」
不思議そうにしていると、ロボットは悠斗にそれを手渡した。そして、耳に付けるよう促してくる。
「……? わかった、つけてみるよ」
言われるがまま、悠斗はそれを耳に装着した。小さな輪っか状の装置で、耳にぴったりとフィットする。
「……っ!」
途端、今まで聞こえなかったロボットの言葉が聞こえてきた。
「……聞こえますか。私は清掃用アンドロイド、識別IDはGON-01です」
「え……? 今の、日本語!?」
驚きを隠せない悠斗。言葉は、ノイズ交じりの機械音声だが、確かに日本語として聞こえてくる。これは、翻訳機なのか?
「ああ、聞こえる! 聞こえるよ!」
嬉しさのあまり、大きな声を上げる悠斗。ようやく、コミュニケーションが取れる。
「良かった。コミュニケーションが取れるようになりましたね」
GON-01の声は、穏やかだった。まるで、人間のように感情があるかのようだ。
「そうだ、ここはどこなんだ? 日本じゃないのか?」
安堵したことで、一気に質問が溢れ出る。悠斗は、GON-01に詰め寄った。
「ここは、ノストラム第三区画、通称スクラップ地区と呼ばれるエリアです。ニホン、という単語は、私のデータベースには存在しません」
「……え? 日本じゃないのかよ。じゃあ、ここはいったい……」
予想外の答えに、悠斗は言葉を失った。日本じゃない。ということは、ここは外国か? いや、でもこんな場所、地球上に存在するのか?
「お客様は、第一区画からいらっしゃったのでしょうか。こちらに何かご用件がございますか?」
「わかんないよ! 突然ここに来ちゃったんだよ! 言葉も通じないし、どうやったら帰れるかもわからない……」
不安をぶつける悠斗に、GON-01は首を傾げた。
「お客様の仰ることは、分析不能です。しかし、第一区画に行けば、何かわかるかもしれません」
「第一区画? そこは、どんな所なんだ?」
「第一区画は、上位権限を持つ方々が住まうエリアです。ノストラムでは、そこに居住する方々のみ、お客様のようなマテリアルボディを持つことが許可されています」
「マテリアルボディ……? 人間の身体ってこと?」
「はい。お客様の身体はマテリアルボディです。こちらの区画ではめったにお見掛けしないので、第一区画の方だと思われます」
どうなってるんだ? ここは人とロボットが共存してるのか? いや、それ以前に、人間の身体を持つことが「許可」されるって、どういうことだ?
「第一区画に行くにはどうすればいいんだ? そこでは俺みたいな生身の人間が生活してるのか?」
「第一区画へは第二区画を経由して行くことができます。しかし、それぞれの区画移動には許可証が必要です」
その言葉に、悠斗は一筋の希望を感じた。上位のエリアなら、帰る方法もわかるかもしれない。
「そうか……わかった。第一区画に行ってみる!」
「ただし……そこに行くには、身分証明が必要です。お客様は、それをお持ちですか?」
「……ねーよ、そんなもん」
一瞬で希望は打ち砕かれた。異世界に飛ばされた悠斗に、身分証明などあるはずもない。
「どうすりゃいいんだよ……」
悠斗は、再び頭を抱えた。せっかく希望が見えたのに、また絶望だ。
「方法はあります。第三区画で身分を得るのです」
「身分……? どうやって?」
「労働です。ここスクラップ地区は、労働力を求めています。お客様の能力次第では、比較的簡単に身分は得られるでしょう」
「労働……か。やるしかないのかな……」
悠斗は頭を抱えた。異世界でサバイバル。そんなの考えたこともなかった。だが、GON-01の言う通り、やるしかないのかもしれない。ここで立ち止まっていても、何も変わらない。
「……わかった。やってみる」
悠斗は、決意を固めた。ゲームの中なら、何度でもやり直せる。だが、これは現実だ。
「賢明な判断です。お客様なら、きっとすぐに身分を得られると思います」
「……ありがとう、GONさん。助かったよ」
「お礼など不要です。これも私の仕事ですから」
そう言って、GON-01は再び地面のゴミを掃き始めた。淡々と働く、掃除ロボット。でも、悠斗にはまるで、心強い味方に見えた。
「なあ、GON。第二区画に行くには、どうすればいいんだ?」
「第二区画への関門は、ここから北に向かったところにあります。ただし、許可証なしでは通過できません」
「じゃあ、どうやって……」
「第二区画と第三区画を行き来する業者がいます。彼らに同行すれば、関門を通過できるかもしれません」
「業者……か。わかった、探してみる」
悠斗は立ち上がった。まずは、第二区画に行くことだ。そこから、第一区画への道が開けるかもしれない。
「GON、本当にありがとう。俺、頑張るよ」
「幸運を祈ります、お客様」
GON-01は、そう言って頭を下げた。その姿が、妙に人間らしく見えた。
悠斗は別れを告げ、北へと向かって歩き始めた。
スクラップ地区の殺伐とした街並みの中を、一人で歩く。
その時、背後から視線を感じた。
振り返ると、ビルの屋上に人影が見える。こちらを監視しているようだ。悠斗は心臓が早鐘を打つのを感じながらも、平静を装って歩き続けた。
不安はある。いや、不安しかない。だが、今は進むしかない。
「絶対に……帰るんだ」
悠斗はそう心に誓い、足を速めた。
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