第29話 『ちんもくステーション』 その13
キオスクのおばさんの部屋番号は聴いていました。
なんでも鉄道関係従業員専門の寮になってる区画にいるのだそうです。
一般の部屋からは行けないけれど、逆方向は可能なのだそうです。仕事で必要性があるから、ということです。
電話は通じるけれど、やってみないと分からないとも言っていました。
ぼくは、不安になりました。
『死神さんの一種?』
たしかに、不気味な人でしたが、でも、どうにも知っているような気がして仕方がありません。
死神さんというならば、ぼくの書いたお話ならば、『ももさん』ですが、どうも、ももさんのイメージとは一致しないような。
むしろ、幸子さんに似ています。
夢の中なわけだから、誰が出てきても、ちっともおかしくありません。
いや、幸子さんは、地獄に罪人を送る役目なので、ぴったりともいえます。
しかし、いくらなんでも、都合がよすぎます。
ぼくには、選択肢がふたつある。
ひとつは、ずっと、ここに留まること。
もうひとつは、このホテルからそとに出ること。
すると、ぼくの本体は死ぬことができる。
いまは、死に瀕しているというわけです。
恐ろしい選択ではないか?
ぼくは、にわかには決めかねました。
助けが必要ではないか?
キオスクのおばさんの番号に電話しようとして、指を停めたのです。
それで、いいのだろうか。
キオスクのおばさんは、ぼくのために、毎日働くことになるのだろうか?
ぼくが、ここから出てゆくと、おばさんは昇進できると、占い師さんは言いました。
本当だろうか?
夢の中なのだから、そもそもが、夢です。
ぼくに、おばさんの運命が預けられるというのは、理不尽なようですが、人の命運と言いますのは、たしかにお互い様なところもあります。
すると、室内電話のベルがなりました。
『はい?』
『あ、キオスクの担当です。』
『あ。ども。』
『あなた、ダイジョブですか?』
『あのおじさんが、旅立ちました。』
『はい。聞きました。電話がありました。でも、あなたは、気にする必要は無いとおもいますよ。各自の選択は各自に任されます。わたしは、この転勤を打診されたさいに、了承して来たのです。家族を守ってもらう約束があります。だから、あなたは、気にする必要はないのですよ。あなたがどうしようと、わたしの未来には関係ありませんよ。わたしも、あす、突然いなくなるかもしれませんよ。でも、必ず代わりが来ますからね。職場とはそうしたものでしょう? では、あしたまた仕事なので。お休みなさい。お弁当が必要なら、来てください。』
電話は切れました。
ものすごい静寂がやって来ました。
電灯は点いていますが、音というものは、自分の出す音だけな訳です。
選択は急ぐべきなのか、急がなくてよいのか、しなくてもよいのか?
時間の制限は、とくにされていないわけです。
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