第21話 『ちんもくステーション』 その5
ぼくとおじさん(見た目はぼくのほうが年上である。)は、がらん、として、まるで人の姿が見えないホテルの通路をひたすら歩いたのですが、その結果、ついに出会したのは、まさしく、キオスクのおばさんでした。
『いやあ、そらまあ、そうだよなあ。』
と、おじさんは言いました。
『あら、どうしましたか?』
『いやあ、誰もいなかったからなあ。』
『そう、申し上げましたでしょう?』
『まあなあ。つまり、ここの店にいて、お客様は来ないのか?』
『たぶん。そうだと思います。』
『じゃ、仕事にならないだろ。』
『いることが、大切なのです。そう、決まっているわけです。』
『ううん。赤字では、いくら夢の世界でも、成り立たないだろ。』
『それは、わたしの知るべきことではありません。居るように決まっているから、居なくてはならないわけです。しかし、げんに、今日はあなた方が、お買い物をしたわけです。記録がある限り、史上初めてのお客さんです。画期的な出来事だったのです。』
『ふうん。分かるような分からないような。同じ夢の世界でも、違いがあるんだな。』
『鶏と卵みたいですね。』
『そうです。しかし、あなた方が居なくなっても、変わらないのですが。』
『いつまでの任期ですか?』
『任期とかはないです。いつまでも。この世界が有る限りは。』
『ぼくが、夢から覚めたら?』
『たぶん、関係無いですね。夢の世界は、独立独歩なのですから。また、各ステーションも、そうな訳みたいです。ときに、夕食はされました?』
『それを、探しています。』
『なにも、たぶん、存在はないですよ。この駅とホテル以外には。』
『じゃあなたは、何を食べるのですか?』
『キオスクには、とうぜん、お弁当があります。まだ、今日の分が、残っていますから、買いますか?』
『そりゃ、ないなら、そうするしかないなあ。しかし、なら、今日の分の意味は、ここではないわけだ。』
『品物は、売れ残ったら、どうなるのですか?』
『自動的に消えて、新しいものになります。』
『ふしぎ~~~。』
『いやいや、それは、まあ、夢の世界では、そうしたものだ。』
『はあ。………………』
結局のところ、ぼくは、すべてから、かけはなれた存在であるらしいようでした。
ある程度近い人や事物もあるけれど、まったく意味不明なものもあるようでした。
あんパンは実在していました。
いや、もしかしたら、あんパンは実在でも、ぼくは、実在していないのかもしれません。
それは、現実の中でもそうだったのかもしれません。
実在しているものと、ぼくをつなぐものは、食べ物だけなのかもしれないのです。
仕事を辞めて以来、そうした事態はものすごくあるように思えていたのです。
つまり、このホテルがある世界は、ぼくがいた世界の裏返しというか、もしかしたら、これが真実なのかもしれないと思ったのです。
社会から見たら、ぼくは、存在をしないのと同義なのかもしれないと。それは、ぼくが、望んだ世界なのではないか?とも思いました。
ここは、理想の世界かもしれません?
🐼 sein?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます