不器用に生きてきた私より

大野木

ピンクビラ in ラスベガス

9回連続、赤だった。


一緒にルーレットの電動卓を囲んでいる人たちは声をあげる。

彼らは「9回連続!?嘘だろ!?」と英語で話しながら、手を大きく振ってリアクションしていた。

卓を囲んでいたのは白人のカップル、男2人組、アジア系の老夫婦、今の異常事態にそれぞれ驚嘆していた。


その中で、この状況がなぜ起きているのか俺だけがわかっている。

というか俺が原因でこのようなことが起きている。


マーチンゲール法をご存知だろうか。看護婦みたいな名前だが賭け事のテクニックのひとつだ。


勝率が2分の1の賭け事に対して、まず片方に100円を賭ける。

負けたら同じ方に2倍の200円を賭ける。

また負けたら、更に同じ方に2倍の400円を賭ける。これを勝つまで続けて、勝ったらまた100円に戻して賭けなおす。


2分の1の確率で永遠に片方が当たり続けるということは現実的にありえない。

片方の出目が出続けるたびに、同じ方が出続ける確率は相乗的に増えていくからだ。


つまりこの手法はほぼ必勝法である。途方もない確率を引き当てなければ。


9回連続赤が出るということは2の8乗、つまり512分の1の確率を引いたということだ。

無論、俺は9回連続、黒に賭けていた。マーチンゲール法を用いて、ずっと負け続けている黒に賭けていたのだ。

9回連続の負けを喫して、他のゲームやこの方法でプラスになっていた30000円は既に吹き飛んでいた。


10回目・・俺はすぐ後ろにあるキャッシャーを一瞥する。

いや、違う、これには意図的な力が働いている。それは他の誰でもない、俺に対して働いている。

意図的な力というのはこの国で主に信じられている神が俺に向けているものではない。カジノの運営が俺に向けているものだ。

おそらくこのまま賭け続けても勝つことはできないだろう。ずっと赤が出続けて、正面に座っている老人が卒倒してしまうかもしれない。

俺はため息をついて、1ドルチップを赤色の枠に置いた。


結果は黒だった。周囲が納得の声をあげる。

その後の出目は先ほどまでの偏りがなんだったかと思うほど、均等に出るようになった。


「あんなもん不正だろ!」


俺はラスベガスの街中で叫んだ。友人の辻井がお前やめろと制したが、騒がしい街中では誰も俺らのことなんて気にしていなかった。

先ほどまでプラスになっていた30000円は見えない力によって溶かされ、収支マイナス20000円でカジノを後にした。

正直、大金を失うより、いつ後ろから黒服でサングラスの男たちに囲まれないかヒヤヒヤしていた。

俺は先ほどの512分の1の調整をされたことで、カジノではNGな賭け方をしてしまったと思ったからだ。


実はカジノを出たこの時、俺はこのマーチンゲール法というものを知らなかった。

この話を日本に帰ってから会社の先輩に話して初めて、そのような賭け方があることを知った。


小学生の時、ミニゲーム集を扱うサイトに2分の1の確率にネットマネーを賭けるゲームがあり、そのゲームをやっていくうちに勝つまで同じ方へ倍々に賭けていけば、ほぼ負けることがないと気づいた。

ラスベガスに来ると決まった時は、自分が見つけたこの必勝法を実践したくてうずうずしていたのだ。


しかし、見事にその夢は打ち砕かれた。

小学生が思いつくような必勝法なんて、賭け事の本場で通用するはずがなかったのだ。


時計を見ると時間はとっくに深夜の2時だ。

相変わらず街はきらびやかで、大通りには高級車・広告用の大型トラックが何台も走っている。

目の前にはマイクロビキニを着た金髪の外国人の女性3人がポーズを決めているトラックが停まっていた。

こんなもの、日本では決して走らすことはできないだろう。

俺はとっさにスマホをとりだして、そのトラックを写真で撮った。

撮り終わって振り返ると、辻井がトラックを撮る俺の姿を撮っていた。


「これ大野木のタグつけてFacebookにあげとくわ」


「会社の人も見てるからマジでやめろ」


そうケタケタ笑いながらホテルに向かう。

カジノではいくらかリキュールを飲んでいたし、街の雰囲気にも酔っていて気が大きくなっていた。

俺らが泊まっているホテルはベネチアンホテルのように豪華なものではないが、そのすぐ近くにあり、日本のビジネスホテルがネオン管で彩られているようなホテルだった。

そこに向かう途中の大通りには小柄の中年の男が立っていた。

彼はチラシを手にして配っているようで、俺は反射的にそれを受け取った。


それはチラシではなくカードサイズの小さいものだった。

3枚くらい一気に渡されて歩きながらそれを見やると、俺はまたケタケタ笑った。

セクシーな外国人女性の水着姿、中には裸で乳首が見えているものまであり、かたわらには電話番号が書かれていた。

いわゆるデリバリーサービスだ。一枚ずつめくって眺めたが渡されたカードは全て違う種類のものだった。


「・・これは面白い!」


俺はその道を引き返した。辻井は文句を言いながら後ろからついてくる。

先ほどの男がいた道を通ると、またそのカードをもらった。やはりカードは3枚渡してきた。

また少し歩いて受け取ったカードを見る。全て違う女性の写真が載っている。

俺はまた振り返って同じ道を戻る。

男と視線が合うと、向こうもまた来たかとニヤリと笑ったように見えた。俺は男からカードを受け取る。

次は5枚も渡してきていた。案の定どのカードも全て違う女性で俺はテンションが上がった。


「これすごいな!トレーディングカードみたいだ!」


そういってそれらのカードをポケットにしまった。実際にそのカードに書いてある番号に電話をかけることはしなかった。

日本に変なお土産まで持って帰りたくはない。危険な境界線を跨がず、俺はラスベガスの夜を楽しんだ。


*


翌日は一転、寝不足と二日酔いで痛む頭を押さえながら、辻井とアウトレットに行くことにした。

アウトレットは中心地からは少し離れたところにあり、バスの乗車券を買って乗り込む。

バスの中は後ろの席に数人座っていて、真ん中には3人の40代後半くらいの女性が並んで座って談笑していた。

席はちらほら空いていたが、俺らは座ることはせず、バスの入口あたりの棒を掴んで適当に雑談をした。


電光掲示板は英語で、今自分がどのあたりにいるのかわからず心配だったが、

ちゃんとアウトレットの名前が電光掲示板に出て、俺らは降りる準備をする。

ポケットから乗車券を取り出して、バスの出口にある機械に投入した。


そうして俺が降車しようとすると、突然俺の後ろにいた3人の女性の1人が、大爆笑し始めた。

昨日の酒は抜けて冷静な俺からすると、突然の高いテンションに辟易とした。


仮にもここは公共の場だぞ?

さすがラスベガスは周りを気にせず大爆笑とは世界が違うなと一瞥すると、

どうやら俺を見て彼女は爆笑しているようだった。両側にいた女性2人もニヤニヤして俺を見ている。

なんだ失礼な、そんなにアジア人が珍しいかと思いながらふと足元を見るとその理由がわかった。


散らばっている。昨日のトレーディングカードたちが10枚ほど。

一瞬で全てがつながった。昨日俺がたくさん集めたカードはポケットに入れたまま翌日に持ち越され、

乗車券を取り出す時にボロボロとポケットから落ちたのだ。

女はまだ笑っている。俺は表情ひとつ変えず、トレーディングカードたちを拾っていく。本当に、本当に表情ひとつ変えていなかったと思う。


全てのカードを拾い終わって降りようとしたその時、

爆笑していた女に「私が相手してあげようか?」と言われた。

俺はへへへと言って会釈し、バスを降りた。


「爪痕残せてよかったじゃん」

バスを降りた辻井にそう言われた。


きっと彼女たちのラスベガス旅行の思い出の一ページに、性欲の強いイエローモンキーの姿が刻まれただろう。

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