虫が入った麺

カウンターに置かれたラーメンには、虫が乗っていた。


小指の先くらいの虫だ。この大きさであれば提供する時に店員が見逃すはずはない。

今ここで「虫が入ってるんだけど」とクレームをつけたらどうなるのだろうと一瞬考えてみる。

大将は困り顔をするだろう。だって意図して乗っけている虫だから。


私はコオロギラーメンの専門店に来ていた。


日曜の午前と午後だけ提供されるコオロギを出汁に使ったラーメン屋さんだ。

この店には初め、人生で一回は昆虫食をしておこうという興味ベースで訪れた。

1時間ほど並んだのち出てきたラーメンは醤油ベースでコオロギ数百匹を出汁にしているらしい、おそるおそる口に入れたスープは今まで食べてきたラーメンの中でも指折り数える美味しさであった。


その美味しさに心打たれた私はこうして二度目の来店をしていた。

ラーメンに乗っているコオロギはいわゆる「映え」でありトッピングでもある。

すっかり昆虫食へのハードルが下がった私は、ラーメン以外にも昆虫の佃煮を注文していた。

蚕の幼虫・イナゴなどを佃煮にした料理を頼んだ。これも酒のつまみにピッタリでタガメハイボールを追加注文して、昆虫食を楽しんだ。


ラーメン屋をあとにすると、私は携帯を取り出しSNSを開いてその旨を投稿した。


*


翌日、私は近所の蕎麦屋を訪れていた。

こちらも何度か来たことがある蕎麦屋で十割蕎麦にこだわりがあり、お気に入りのお店だった。

店に一人で入るとカウンターのような一人の席に案内される。

私は天ぷら蕎麦を注文して待つことにした。このお店は注文してから作るのか到着までに20分程度時間がかかる。


待っている間、私は携帯を見ていたがその間、目の前にハエが1匹飛んでいた。

飲食店にハエとは少し気分が悪いが、どこかから入ってきてしまったのだろう、仕方がない。

少しの間放っておいたが私の周りを延々と飛び続けるので、両手で叩いて潰した。御免。


手元のウェットティッシュで手を拭いて改めて待つことにする。

やがて注文した蕎麦が運ばれてきた。

その時に少し違和感、蕎麦が来た瞬間にハエが3匹くらい自分の周りを飛び始めたのだ。


むむっと思いつつ、やってきた蕎麦はおいしそうで私は写真を撮って食べ始める。


ただ、先ほど潰したはずなのにハエが増えており、手で払いながら一口、二口、蕎麦を啜った

しかし、ハエは一向に離れることはなく、いよいよその中の一匹がその身をめんつゆにつけたのだ。私はもう我慢ならないと場所を変えてもらうため、店員を呼ぼうとして立ち上がった。


その時だ、少し蕎麦をちらっと見ると、蕎麦の下の方からハエがゾゾゾと出てきているではないか。

しかも一匹ではない、咄嗟に目を逸らしてしまったが、数匹は蕎麦の中から出てこようとしている姿が見えた。


私はより大きな声で店員を呼んだ。呆けた顔の店員が来ると蕎麦を指差して虫が入っている旨を伝えた。

店員は謝る気があるのかないのかふわふわした態度だ。作りなおしますか?と聞かれたがとんでもない。


お代はもちろんいらないとのことで、私は帰りますと言ってお店を後にした。


*


外に出て帰路についているとどうにもムカムカしてくる。

20分も注文を待たされた上になかなかグロテスクなものを見てしまって、

何かしらお詫びにお金でももらえばよかったのではないかと思いネットで近い事例を調べる。

どうやら虫が入っていた原因で金銭などを要求すると恐喝になるらしい、下手なことはしないでよかった。


とはいえやはり気持ちが治まらない。

飲食店サイトへのレビューは、さすがに一度の過ちかもしれないし、店が潰れることになるかもしれないから気が引ける。

私は少しでもと思い、憂さ晴らしに店名を伏せてSNSにそのことを書き込んだ。


『今日蕎麦屋に行ったら、蕎麦の中に大量のハエが入っていて最悪な気持ちになった。もう二度と行かない』


と投稿する。まあ、リアルで繋がっているアカウントもいないので、ただの私の愚痴である。


タイムラインにその内容が投稿されていることを確認すると、何の気なしにすぐ下にスクロールすると、昨日投稿した一つ前の私のポストが目に入る。


『コオロギラーメンおいしかった。』


昨日虫が入った食べ物で感動していた私は、今日虫が入った食べ物で激怒していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る