軽トラで買い物に

永盛愛美

第1話 灯油を買いに

 春はもうすぐそこに来ているかもしれない。まだかもしれない。三寒四温を繰り返そうと頑張ってはいるが、まだまだストーブが手放せない。暦の上では既に来ていたのだが。


 「容子やすこ、小さい方の二つはお祖母ちゃん家のだからね。うちのは大きい方だからね」

 軽トラに乗りこもうとする娘に再度声をかける。

「わかってるって。お母さんシツコイよ?まだそんなトシでもあるまいに」

 「だっていつもお父さんに頼んでいるから心配なの。全くもう!農協の会合だかなんだか知らないけど、こんな昼間っから出掛けちゃって!容子のせっかくの非番の日なのにごめんね」

 「大丈夫。どうせ暇だしね。お父さんはさあ、おじさんたちと乗り合わせて行ったから、ありゃー絶対会合の後で一杯やって来るね」

 エンジンをかけ、左右を確認して道路へ出ようとすると、母親がもう一度確認をする。

 「いい?ガソリンなんか間違って買わないでね?灯油だからね!」

 「合点承知!!」

 サイドミラーに映る母親に向かって答えると、「まったく!嫁入り前の娘がそんなこと言うんじゃありません!」と叫ぶ声が聞こえた。

 「なに?既婚者ならば許されるって?」母親には聞こえない独り言を呟いて、笑いながら近所のガソリンスタンドへと向かった。


 「すみませーん、灯油入れて頂けますー?」

 事務所内に居た従業員が帽子を被りながら外へ出て来た。遅めの昼食でも摂っていたのだろうか。口をもぐもぐさせながら、急いで飲み込み「毎度有難うございます!」と勢いよく言い放ち、少々むせ返った。

 ゴホン、ゲホンと咳をして「す、すみませ、んと、灯油ですね」と、容子に向き直る。中年男性おじさんかと思いきや、褐色の肌をした青年であった。二十台半ばといったところか。背はそんなに高くはないが、引き締まった逆三角形の体型と姿勢の良さとで二割増しに格好良く見えている。

 「そうなんです。こっちのに全部入れてください」

 容子は荷台に積んであるポリタンクを指す。

 「あれ、この軽トラって鈴木さんの……?」

 ナンバープレートから察したのだろう。近所なので父親は自家用車や作業用の車などの給油や洗車にこちらのスタンドを良く利用していた。

 「あ、ハイ、私は鈴木の娘です。いつも父がお世話になってます」

 「いえっ、こちらこそご贔屓頂き有難うございます」

 制服の胸ポケットに小さなネームバッジが挟んである。

 ……垣沼さんていうのね。と、職業柄か、頭のてっぺんから足のつま先まで本人に気付かれないように一応見定める。

 従業員はこの人だけ?それとも配達にでも行ったのかな?確か社長さんはおじいさんに近い高齢者だったと聞いたけど。

 「おやっさーん、ちょっと灯油入れて来ますんで、店お願いしますー!」

 「会長と呼べや新人!」

 事務所の奥から出てきたであろう会長が、ひょいと顔を出し、容子に気付いて「毎度どうも」と顔をしわくちゃにして微笑みかけた。

 こんにちは、と軽く挨拶して、容子はポリタンクを荷台から下ろそうとしている新人の彼を見て、自分も手伝おうとした。

 「あ、大丈夫ですよ。そのままで。俺、や、自分がやりますから」

 そうですか、と横目で眺めるも、大三個に小二個は大変だろうと小さい方だけを下ろした。

 「やあ、すみません」

 「いえこのくらいは」

 仕事では力仕事も体力的にきつい仕事も訓練中の時代からやらされていたので空の容器を下げるくらいは作業の内には入らない。

 灯油を入れて戻って来た垣沼に、ハイ、頂戴と手を出し、ぎょっとした顔をされた。

 「や、重いですから自分に任せて下さい」

 「大丈夫ですよ慣れてますから。ね」

 小さい方を受け取り、難なく荷台に上げると、垣沼も急いで残りを積み上げる。

 「あれ?これはここでいいんですか?」

 荷台には、三十キロぐらいの米袋が二体と、数種類の野菜が入った箱が片側に寄せて積んであった。

 「大丈夫です。配達するのは近場なので離してあれば匂いは移らないと思います」

 「……配達?」

 この人が?という顔をしている。そうだろう。結構な重量がありそうな物品である。

 「ええ、大きいの三つは自宅用で、残りは祖母宅へ運ぶんです。あ、帳面には全部我が家のにつけておいて下さいと父が……」

 何か物を言いたげな垣沼であったが、帳面と聞き「あ、伝票伝票」と事務所の中に急いで入って行った。

 「ちょ、ちょっとお待ち下さいね。今控えを持って来ますんで」


 新人、と社長(会長)が話していたので少々時間が掛かったのは、慣れないせいだろうと容子は思った。

 たかが伝票、されど伝票。新人には煩わしい事務仕事なのだろう。

 

 「じゃあ、会長、あと宜しくお願いしますー」 

 とドアを閉めながら急ぎ足で出てくると、奥の方へ引っ込んだらしい会長は、「おー、気張るなよっ」と半ば怒鳴るように返した。    聞こえた容子は「?気張るなよ?」と

首を傾げた。伝票を?気張る?

 「やだなあ、おやっ、じゃない会長、サービスですよ」

 と顔を赤らめて垣沼は帽子を深く被り直した。

 容子は意味が分からない。

 「すみません、お待たせしました。ハイ、控えです。じゃあ行きましょうか」

 伝票を渡すと、容子が乗ってきた軽トラに乗り込もうとする。因みに運転席側に、である。 

 は。おいおい君、何を言っているのかな?

 職務質問の最中に容子を婦警と侮り話をはぐらかそうとするバリバリ交通違反の運転手のようだ。

 「は?」

 「あ、鍵付いてないや。貸して下さい」

 勿論、鍵は即座に抜く。少しの油断も許されないと日頃から訓練されている。

 彼はにこやかに手を出した。


 ……は?何を言っているのかな?新人君?

 君が配達をすると言うのか?

 


 

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