第8話 公園の素描

枯葉がヒュルヒュルと地面を撫ぜた。公園のテニスコートでは球が転がる。蟻が落ちた飴を運ぶ。風が生ぬるい。煙草を吸っていると、いつか誰かにこの場所がバレるような気がして、少し手が震える。夏の残照は紅色を帯びる。見たことのある脚の長い美人が、何かの悪口を言いながら母親と散歩をしていた。私は自販機でアイスを買いたくなり、しかし財布を家に忘れてきたことを思い出す。何処かからピアノの音が聴こえる。ドビュッシーだ。テニスコートの近くで自分で描いた絵を売っているお爺さんがいた。鱒がピチピチと船べりで跳ねる絵が私は気に入った。お爺さんは私に頷いた。でも私には絵を買うすべがない。お爺さんは後景に退く。もう一度煙草とライターをポケットから取り出す。トイレの後ろにある切り株に座り、私はショートホープに火を点ける。紫煙というが、煙のどこが紫なのだろう、と私は考える。少し雨が降ってきた。土や草木が湿り気を帯びる時の生臭い匂いが、私は苦手だった。犬を散歩する女性が目に入った。私はそのチワワを撫でた。女性はふわふわと嫌な様子も見せずに、こちらに向かって笑っている。雨は通り雨だったようだ。このあたりまで来て、私はちょうど公園を一周したようだった。チワワもいなくなってしまった。もう少し切り株の上で煙草を吸っていたかった。蟻が私の腕を這っていた。糖尿病の人の汗は甘いというけれど。私はなんの病気にも罹っていない。蟻を左手で払いのける。歩いていたせいで少し疲れた。テニスコートからは遠くでも、球を打つ音が響く。先ほど、鱒の絵を売っていたお爺さんが、いつの間にか私の近くに来ていた。

「一本煙草をくれないか?」

と老人は言った。

私はショートホープを一本わたした。老人は私から煙草を受け取った。

「君はよくこの公園で見る」

と老人は言った。

はあ、と私は答えた。

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無題 詩 @ogaprofane77

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