16 可能性を求めて

「水害は、台風が過ぎ去って空も晴れ上がった後に起きた。菊枝きくえはおそらく……自宅を出て山を降りていたんだろう」


 善三ぜんぞうの言葉に、その場の空気が凍りつく。


 短い時間だったとはいえ、同じ年頃の友達として過ごしてきた菊枝きくえ

 そんな菊枝きくえが、もういないかもしれない――突き付けられた事実に、気持ちの整理がつけられない。


「うええええぇぇぇぇん!!」


 未久みくが大声をあげて泣きだした。

 その隣では紗名さなも目に涙を浮かべている。


なぎ……すまん」


 善三ぜんぞうが沈痛な面持ちで口を開く。


「お前が伝えてくれていたこと、もっと早くに気付いていれば――」


「いや……じいちゃんのせいじゃないよ。鏡送かがみおくりのこと――知らなかったんだから」


 菊枝きくえが神社の鏡を持ち出した件について、黙っておくよう言ったのはなぎ自身だ。

 あの時点で村の大人たち、特に善三ぜんぞう鏡送かがみおくりの意味を知っていたら、また別の結果につながっていたのかもしれない。


 しかしそれも今となってはどうにもならないことだ。


 水害は起き、菊枝きくえは行方不明になった。

 それが、現実だ。


 誰も言葉を発せず、ただ沈黙だけがその場を包んでいた。

 善三ぜんぞうが小さく息を吐き、皆に車で送ると声をかける。

 明るく降り注ぐ朝の光が、やけに白々しく感じられた。




「じいちゃん、猿合さるごうって……どこにあるんだ?」


 皆を自宅へ送り届けた後、なぎは祖父に問いかけた。


「ん……あそこはもう、住む者も訪れる者もおらん」


 猿合さるごうは戦後、小作人制度の廃止に伴い住民が山を降り、無人の集落跡となった。その後、町村合併による区画整理によって地名そのものも消滅したのだという。


 地図アプリで検索を行うが、該当する地名は出てこない。

 それでも、現地に行けば何かが掴める——そんな予感があった。


 今日は夏休み最終日。

 このタイミングを逃せば、しばらく動きがとれなくなる。

 なぎは、猿合さるごうへ行く決意を固めた。


 未久みく紗名さなもあの状態だ。今回はちょっと無理だろう。

 さとるがいれば心強いが――いや、もう時間がない。一人で行こう。


 なぎは自室に戻るとすぐに準備を始めた。


「今度は飲み物も忘れないようにしないと。怪我をした時のために絆創膏と、消毒薬もか? スマホが使えなくなったら詰むからモバイルバッテリーも……」


「なに、してんの?」


「わっ!」


 いきなり背後から声をかけられ、、なぎは文字通り飛び上がった。

 見るといつの間にか部屋の入口に紗名さなが立っている。


「さっき送ってったのになんで……」


なぎ、なんか考えてる顔だったから気になって」


 押し黙ったまま、視線を交わす二人。

 まっすぐに向けられた紗名さなの眼差しに、なぎは観念してすべてを話した。



「――もう! 勝手に一人で突っ走ろうとして!」


「だって、危ないだろ……」


「一人のほうがもっと危ないじゃん! ケガして動けなくなったらどうすんの? 誰が助けを呼ぶの!? ……いい? これからはちゃんと私に報告して!」


「いやそんな保護者みたいな……」


「ほ・う・こ・く・し・て!!」


「……わかったよ」


「――今回は私も行く」


「いぃっ!? 行くの!?」


「行くの。もう決めた。だから待ってて。すぐ準備するから!」


 有無を言わせぬ勢いで紗名さなは部屋を飛び出していった。

 その背中を見送りながら、なぎは大きく息を吐く。


 先日の廃神社の時も、紗名さなは疲れてかなり無理をしている様子だった。

 また同じことになるかもしれない……という不安は正直、ある。


 けれど、もう悩んでいる時間はない。


 菊枝きくえの手がかりを追うなら、あの場所に行くしかない。

 迷いはあった。怖さもあった。

 しかしそれでも行かなければならないと、なぎは強く感じていた。



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