偽りの少女

 ――――真珠姫が事務所を訪ねたのは、夏も終わりの黄昏時だった。


「あのっ! 此処って、オカルトみたいな相談にも乗ってくれるって本当ですか?」


 飛び込んで来たのは、白にピンクのインナーカラーを入れた長髪をツインテールにした髪型に、黒とピンクで固めたフリルたっぷりのジャンパースカートとブラウスをあわせた格好の、少女に見える青年だった。髪型や服装で骨格を上手く隠してはいるものの、愁作に縋る手がそこはかとなく男性の作りをしているように感じられた。


「え、あ……あの……」


 普段関わることのない女装をした男性という存在と、あまりに切羽詰まった様子の合わせ技に驚いた愁作が、助けを求めて辺りを見回す。すると、丁度戸締まり確認に下りてきた雪乃と目が合った。


「何事だ」

「ええと、た、たぶん、相談者さんです」


 愁作の声で第三者の存在に気付いた真珠姫が、パッと顔を上げる。だがその表情は一瞬の驚きを映したのちに、不安そうなものに変わってしまった。


「あの、遅い時間にごめんなさい。探偵さんはいらっしゃいますか? ご相談したいことがあって……」


 愁作に取り縋ったときと比べて、幾分か落ち着いた声音で雪乃に問うその様子は、彼自身が落ち着いたというより未成年が出てきたことで面食らったように見えた。

 余所を訊ねたときにその家の子供が出てきてたので「お家の人はいる?」と問うたときのような、そんな声音だった。

 愁作のきょとんとした顔と、焦りを滲ませながらも、未成年だと思っている相手に悟られまいと努める来客の顔を交互に見てから、雪乃は「中へどうぞ」と招いた。


「失礼します」


 応接室に入ると、雪乃は真珠姫に来客用のソファを薦めた。

 座ったのを確かめてから愁作に珈琲を入れさせ、自分は彼の正面に座る。


「……? 今日は、いらっしゃらないんですか?」

「所長は不在なのでな、代わりに私が話を伺おう」


 目を丸くする真珠姫の前に、雪乃が一枚の名刺を差し出す。

 其処には『京極探偵事務所 探偵 綾辻雪乃』と記されていた。手のひらに収まる小さな紙片をまじまじと見たかと思うと、真珠姫は慌てて頭を下げた。


「す、すみません……! つい、学生さんだと思ってしまって……」


 あまりにも正直すぎる謝罪を真っ向から受け、雪乃は「気にしていない」と答えて淡く笑った。相手に馬鹿にする意図がないのなら責める道理もない。単純な見た目で相手の年齢や性別を推し量るのは、初対面なら当然のことだからだ。


「それで、相談内容は?」

「は、はい……実は、同僚のことなんですけど……あ、僕は普段、真珠姫って名前で女装カフェで仕事をしている者です。バイト帰りなので、こんな格好ですみません」


 真珠姫は出された珈琲にちびちびと口をつけながら話し始めた。

 まず、コンセプトカフェというところで働いていること。その店は女装をして客をもてなす接待形式のカフェであること。風営法を取得しており、昼の部のカフェと、夜の部のバーがあることなどを簡潔に説明した。

 バイト先のカフェがあるのは春盟地区。俗に瞬酩地区とも呼ばれる電脳繁華街だ。コンカフェ、アニメキャラグッズ、ボードゲーム、電子機器専門店などがひしめく、ネオンとMRとコスプレイヤーが色を添える賑々しい街である。裏通りに入ればヤのつく自営業者が経営する店も潜んでおり、稀になにも知らない余所者が迷い込んではカードの上限に達するような大金を一晩でむしり取られている。


「その彼が、数日前から様子がおかしくて……具体的には、天使の歌声が聞こえる、天使様が自分を呼んでると、妙なことを言うようになったんです」

「それは……怪しい宗教にハマったという可能性はないか?」

「僕も最初はそれを考えたんです。でも、時々なにかに耳を傾けているような仕草をしたり、虚な表情で天使様とやらと話したりしてるんです。あの街だから宗教よりはヤバい薬に手をつけたほうが可能性が高いんですよね……」


 俯きながら珈琲カップを置き、鞄からスマートフォンを取り出すと、画面を雪乃に見せた。


「これは……?」

「僕と同僚……店ではかおりんって名乗ってる子です」


 其処に映っていたのは、腕を組んで仲よさそうに笑いあいながらカメラを見つめる二人の青年がいた。だが真珠姫のほうは完璧に少女となっているが、かおりんという名の青年は黙って画像を見せられても女装した男性だとわかる容貌をしている。


「そして、これが異変を感じてから撮ったものです。店のチェキ撮影をミスった子に譲ってもらって、こっそり持ってきたものなんですけど……」


 次いで鞄から取り出した一枚のブロマイドを見た雪乃は、僅かに目を眇めた。

 先ほど見た愛想の良い、無邪気な笑みとは一変した顔が其処にあったためだ。目の下にメイクでは隠しきれない隈があり、肌は乾燥して化粧乗りも悪い。顔色も悪く、唇の荒れも目立っている。

 明らかに病的なやつれ方をしているように見えるのに、その目だけは爛々と輝いているのが異様だった。


「こんなふうになったのは、此処一週間くらいのことなんです。仕事のことで周りにマウント取ったり、お客様をわかりやすく差別したり……その理由に、天使の存在を持ち出すんです」


 対象は、自分は天使に選ばれた。だから正しい。そう言って憚らないのだという。客に対して真っ向から暴言を吐くようなことはいまのところないが、態度に出ているせいで察している常連も多い。

 客離れも始まっているが、本人は天使様に選ばれた自分には客を選ぶ権利がある、頭の悪い客は相手にしなくていいのだと豪語しているようだ。


「あと……これはかおりんの件に関係あるかわからないんですけど、最近飛び降りが増えてるんです」

「飛び降り? 自殺ということか?」

「はい。ただ、遺書もなくて、死ぬほどの事情もなさそうな人ばかりで……でもあの街ですから、自殺に見せかけて始末されそうな人はまあまあいるんですけど。警察は事件性がないから自殺だって言ってるんです」


 ふむ、と顎に手を添えて雪乃が頷く。

 その傍らでトレーを手に佇んだまま、愁作も似たような表情をしていた。


「天使と飛び降り、か。関係があるにせよないにせよ、調べる必要があるな」

「じゃあ……!」

「依頼を受けよう。具体的な内容を決めてほしい。何に対して成功報酬を払うのかがこれで決まる」

「はい。依頼内容は、同僚が変わってしまった原因の調査と、もし可能であればその原因の排除、です。完全排除が難しかったら、せめて対処法は知りたいです」


 真珠姫の物言いは、いかにも春盟地区で働いている人間らしいものであった。あの街には裏社会の人間が深く根付いている。もし原因が違法ドラッグだった場合、いち探偵に完全排除はほぼ不可能と言っていい。というより反社会的集団の排除は警察の仕事であって探偵の領分ではない。

 それらを加味した上で、個人で対処できる手段があるなら知りたいと言ったのだ。


「了解した。では、此方が契約書だ。目を通し、内容に了承するならサインを頼む。本名である必要はないが、いま此処で考えた使い捨ての名前は無効となる」

「つまり、普段活動してる源氏名やペンネームならありってことですか?」

「そうだ」


 差し出された書類に目を通すと、其処に『真珠姫』と記した。

 本当にサインが本名ではなくてもいいのかと一瞬迷ったが、相手は不思議な現象を取り扱う探偵プロなのだからと思い直した。


「此方が前金です。どうか、よろしくお願いします」

「承った」


 封筒の中身を確かめて前金の受け取りを完了すると、真珠姫は最後にもう一度頭を下げてから帰っていった。


 そして後日。

 件の同僚を直接確かめるべく、彼の案内で店へ向かい――――調査対象の飛び降り現場に遭遇したのだった。


 天使と飛び降り。少なくとも今回の件には関わりがあると見て間違いなさそうだと確信した雪乃は、愁作を伴って新聞社に向かった。

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