第21話

 程なくして、注文したコーヒーなどがやってくる。など、と位置付けたのは軽食につまめるものを幾つか注文したからだ。フライドポテトとチキンナゲット、野菜スティックまでついてきている。よもやコーヒーブレイクと言うよりはちょっとした食事だ。


「……それじゃあ、ヒューマニティの実現は人類にとって良くなかった?」

「如何なんだろうね。ヒューマニティって治安や健康に関することは厳しく管理しているけれど、それが全て悪い方向に行っているかというと、また違うでしょう? ヒューマニティのおかげで自殺者や犯罪者が大幅に減った。けれど、それで人間は良い方向に進歩し続けているのかな?」


 随分と、小難しい話になってきた。


「戦争はもう二度と起きません、というとそれは嘘だと言い切れるでしょう? 或いは確定できない未来だと突っぱねるか。アインシュタインが言っていたよね、第三次世界大戦の使用武器は分からないけれど第四時世界大戦の武器は石器時代のそれと等しい、って。つまりそれは、第三次世界大戦及びそれに近しい何かで、人間の科学文明は再帰不可能な程壊滅的被害を受ける、ってことだよ。それを、予見していたんじゃないかな」

「……本気で」

「うん?」

「本気で、そんなことを思っているの? マリ」

「仕事柄と場所柄ってこともあるのだろうけれどさ、この地域の治安って非常に安定しているように見えるけれど実際はとてつもなく危ういバランスで成り立っているんだよね。国家として独立することもできない。かといって何処かの国の領土であると宣言することもできない。どちらかをしたことで、外国から攻められるリスクを背負う必要がある訳だからね。そして、それは絶対に回避できない、起こり得るリスクだということ」


 言いたいことは分かる。が……。


「お姉様だって少しは気づいているのではないのですか? この世界、ひいてはヒューマニティが導入された世界というのは、一見秩序が保たれた安定した世界のように見えるけれど、しかしその実、未来が見えない世界でもあるということ。人間が神に近づいた世界であるということ。わたしは、カミサマなんて存在を信じちゃいないけれど、もしカミサマとやらがこれを見ていたら、人間のことをどう思うかしら? 愚かだと、滅ぼすべき存在と思ってしまうのかしら?」

「そこまで考えているのか?」


 正直、わたしはそこまで考えてなどはいなかった。

 後先考えずに行動する——というのは言い過ぎだが、理論立てて話を進めていくのがどうにも苦手だ。


「未来はいつどうなろうか分からない。だから、いつも考えないといけないのよ」

「……マリは相変わらずだな」


 なんというか、わたしの妹にしては出来過ぎているぐらいだよ。


「ところで、ここにきた理由をわたしはずっと聞いていないのですけれど」

「そうだっけ?」


 軽く惚けてみるが、それでも話は進まないので、わたしはスーツケースを横にした。

 そうしないとチャックを開けて、中を見ることができないからだ。


「随分とほったらかしてきたが……、無事に稼働してくれるよな?」


 スーツケースを開けると、中に入っていたのはロボット——イブだった。

 まるで抱き枕を抱えて眠っているかのように、小さく縮こまっている。

 そして、わたしは胸にある小さなスイッチを押し込んだ。

 数瞬の沈黙ののち、イブは目を開き、ゆっくりとそのスーツケースから中に出てきた。

 その一部始終を見ていたマリは、目を丸くしたまま何も言えなかった。


「おはようございます。もう目的地には到着を?」

「一応。協力者とも合流したよ。イブ、こちらがマリ。わたしの妹だ」

「イブ、って……」


 マリは何かに気づいたらしく、肩をワナワナと震えさせている。

 そんな反応をよそに、イブはマリの方を向いて、


「初めまして、マリ。わたくしの名前はイブ。全世界で初めて開発された、自分で考えて自分で行動する——自己思考型ロボットです。どうぞ、よろしくお願いいたします」

「……お姉様。まさか公僕でありながら、犯罪に手を染めるなんて?」

「本気で思っていないだろう、マリ」


 マリの言葉を聞いて、わたしはピシャリとツッコミを入れる。

 それを聞いたマリは首を傾げ、


「あれ? 冗談だと分かったのですか?」

「何年の付き合いだと思っているんだ。流石にそれぐらい分かるよ。妹が冗談を言っているか、言っていないかぐらいは」

「あら、そうですか。少し残念……。で、話を戻しますけれど」

「うん」

「どうして、自己思考型ロボットのイブとお姉様が一緒に行動を? わたしの記憶が確かなら、イブは行方不明になっていたはずです。それも反ヒューマニティ組織による犯行であるとも位置付けられているはず」

「そこが引っかかるんだよね」

「え?」


 わたしはずっと気になっていたことを、マリに問いかける。


「だって、それは嘘だということは分かっている。ならば、相手だって堂々と実施していないと言えばいいだけの話だ。それに、証拠だって揃っていないはずだろうし、イブは協力者なしに脱出したとも言っている。——おかしな話だとは思わないか? まるで、わざと真実を包み隠そうとしているような、そんな感じすら思えてくる」

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