【17327回目】②


【17327回目】


 レオン達から追放された後、B100F最下層に僕は一人降り立った。


 そこに四人の人影が近づく。誰というまでもないだろう。僕は大切な仲間を見て、声をかけた。


「待ちくたびれたよ、レオン。ここに至るまでに17326回も死んだよ」


 レオンは目を見開き、驚愕した様子で僕を見つめる。


「なんで、お前がこんなところに?」


「僕の一番大切な仲間を守るために」


 僕は真剣な眼差しでレオンの顔を覗いた。そして、マミ、ナイツと視線を移していく。


「……ふう。そうか、あの追放が演技だとバレていたか」


「レオン、あんたが同情してハッキリと言いきらないからでしょ?」


「そうだな。マミの言う通りだ」


「う、ナイツまで。トライは大切な仲間だし、あくまで一時的な脱退のつもりだったからな。罪悪感が湧いてしまって、つい……。だからこそ、トライ、お前にはここまで来てほしくはなかったんだが」


「大丈夫だよ。自分の身は自分で守る、この最下層まで自力で来たんだ。そのくらいの力はあるよ」


 それに、この残酷な運命を僕が僕自身の手で断ち切らなくてはならない。大切な仲間を守るために。それに……。


「どうして、僕がこんなところにいるのか。それには、もう一つ理由がある」


 僕はキュアへと視線を移した。彼女の右手の薬指には、17327回もの間一度も外されることなく指輪が輝き続けている。まるで、永遠の愛を誓っているかのように。だから、僕は答えなければならない。


 君との約束を17326人の僕が果たせなかった。だから、僕という無数の屍を越えて、僕はこうして君の前に立っている。


「それは、キュア、君との約束を果たすために」


 ボンと音を立てるかのように、顔を急激に赤面させて、彼女の耳まで赤くなる。僕と視線を合わすのは、恥ずかしいのか、俯きがちにぼそっと呟いた。


「トライ、そ、それって……つまり?」


「さあ、ボスに挑もう!!」


「えっ!? 最後まで言ってくれないのっ?」


「約束は村に戻ってから、でしょ?」


「む!! 意地悪だっ!!」


「はは、全てが終わった後に、またイチャつけば良いだろう。今は、トライの言う通り、目の前のボスに集中しよう。……よし、扉を開けるぞ」


 キュア。僕も君のことを愛している。だから、僕は自分の命を17326回も投げ打って、君の隣へと来たんだから。


 そして、扉は開かれた。


 *


 ここまでは予定通り。マミの火力、レオンの機動力、ナイツの防御力、キュアの支援力、全てが噛み合い、一度目のミノタウロスを撃破する。だが、奴は死なない。氷漬けとなったミノタウロスの皮膚は赤黒く変色して、バーサーカーと化す。


 ここからが本番だ。


 奴の動きを封じていた氷にヒビが入る。奴が動き出すのは、斧を所有している右腕の氷に5箇所の亀裂が入ったとき。早すぎると奴はマミからナイツへと狙いを変えてしまう。逆に遅すぎると、マミが死ぬ。


 タイミングを見計らう必要がある。3箇所目、4箇所目、今ッ!!


 僕は、マミを押し倒すようにして、斧の軌道を回避する。


「ちょ……あんた、なにして……!」


「いいから、後方へ!! 早くッ!!」


 僕は有無を言わさずに、マミを比較的安全地帯である後方へと下げることに成功した。これでマミは、位置につき次第、詠唱を開始する。次だ。僕は即座に、レオンに注意を促す。この声かけをしない場合に、レオンが奴から放たれる斧の投擲を回避できる確率はたったの3%だ。また、この声かけをすることによって、仮に次の策が上手くいかなかったとしても、レオン自身で防ぐことが可能となる。


「レオン、奴は斧を投擲するかもしれない。斧の軌道に注意するんだ」


「斧を投擲……。確かに、それは盲点だった。気を付けることにしよう」


 レオンは僕の注意喚起を素直に受け取ってから、行動へと移した。スキルを駆使して、奴の周囲を、空中を足場にしながら飛び回る。【剣聖】による斬撃は確かにダメージを蓄積しているが、奴にとってはかすり傷に等しい。よって、奴を倒すにはマミの圧倒的火力が鍵となる。マミが詠唱を完了する、それまでの間に、誰一人も死なす訳にはいかない。


 もちろん、僕であっても。もう、キュアを悲しますのは御免だ。僕が目指すのは、完全試合パーフェクトゲーム。勇者パーティーの誰一人欠けずに、コイツを屠ることだ。


 奴は両腕で斧を握る。レオンを排除するために、独楽コマのような回転斬りを繰り出す。僕は待っていたんだ。回転することで視界が悪くなり、軸足のみが地面に付いている、不安定なこの状態。


トラップ発動」


 奴は【落とし穴】へと落下する。これで、また少し時間を稼いだ。次だ。


 奴はむくりと立ち上がる。そして、ゆっくりと僕へと歩を進めた。と、同時にナイツがこちらへ向かってくるのを横目で視認。ナイツに指示を飛ばす。


「ナイツ、僕のことは良いから、キュアのことを守ってくれ」


 そう、守るべきはマミではなかった。キュアなのだ。15003回目からの死に戻りを繰り返して分かったことは、キュアが必ず真っ先に死ぬという事実。その理由も至ってシンプル。僕が命の危機に直面する度に、転移魔法を使って、僕を庇うようにして自己を犠牲にするからだ。よって、キュアには申し訳ないが、動きを拘束する必要がある。


「ナイツ、理由は聞かないで欲しいんだけど、もし、キュアが転移魔法を使おうとしたら、止めて欲しい」


「それは勝つために必要と言うことで良いか?」


「うん、勝つためだ」


「……わかった。トライの指示に従おう」


 よし、これで準備は整った。【落とし穴】へと落とされた、怒れる闘牛が僕の元へと辿り着いた。僕は奴を見上げて、奴の黒い瞳を見据えた。ミノタウロスは、僕の眼力に押されたのか、少しばかりたじろいだ気がした。僕は奴に向かって言葉を吐き捨てる。


「さて、もう終わらせよう、この輪廻を。そして、未来を確定させよう。君の攻撃のことごとくを避け切って」


「ウ、ウガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 奴は咆哮を上げながら、斧を振り被る。振り被った際には、直接地面にたたき下ろす安直な攻撃。サイドステップで一歩避けるだけで良い。次。回避されたときの次の行動は斧を水平方向に振り回す。その場でしゃがみ回避する。次。避けた後の奴の行動を観察。6センチ斧の先端が上がる。その場合は、袈裟けさ切りの攻撃。左手に回転をしながら避ける。即座に立ち上がり、奴の行動を観察。斧を引く。肘が曲がる形になるので誰でもわかる。先端の槍を使った点での攻撃だ。その場で跳躍して斧のの上に着地する。次。この場合、奴は斧を振り回して、強引に僕を落とそうとする。さらに跳躍して、地面へと着地。次。


 次。

 次。

 次。

 次。

 次。


 無駄だよ。もう見飽きた。もはや予知だ。ミノタウロスのすべての行動が手に取るようにわかる。他の仲間の声に耳を傾けるほどの心の余裕が僕にはあった。


「完全に奴を手玉にとっているな」

「あいつ、いつの間に……」

「トライっ!!」


 ミノタウロスのすべての攻撃を回避して、奴は肩で息をする。このまま、終わってくれればよいが。だが、やはり奴は気づく。マミの詠唱、奴を斃しうる魔法の気配を。瞬時に奴は、弱い癖に死なない僕から、マミへとターゲットを変更した。


 前回。つまり、17326回目。この突進でマミが命を落とすことになった。あと一歩のところだったのに、再度やり直すことになったのだ。だが、その対策は既に思いついている。


 僕は盗賊のスキルを発動させる。それは【口笛】。モンスターを呼び寄せ注意を向ける。ただ、それだけの効果だ。だが、このスキルは奴に有効であることを確認済み。さらに、突進攻撃をしている場合、必然的に僕へと向かってくることになる。つまり。


「もう少し、僕と踊ろうよ、牛さん」


 僕は闘牛士のように神話級のボスである闘牛ミノタウロスたわむれる。それは、どこかの街で観戦しに行った、闘牛と闘牛士のショーを再現しているかのようだ。


トラップ発動ッ!!」


 僕は自分の足元に【落とし穴】を発動する。あの巨体での最高速度の突進を回避する手段は、このやり方以外に存在しない。それだけ回避する隙間の無い絶対命中の攻撃なのだ。だが、もちろん、弱点も存在する。それは、一度、最高速度へと到達した場合に、自制が出来ずに壁へと衝突する以外に止める方法がないことだ。そして、その隙を勇者パーティーが見逃すほど、甘くはない。


 だから、僕は自分の身体が穴の底へと落ちていく中で、一言だけ呟いた。


「ジャスト5分。マミ、時間稼ぎは充分だろう?」


 僕が穴の底に尻餅をつくと、破裂音と炸裂音が、頭上からほぼ同時に聞こえてきた。そして、次の瞬間に、奴の叫び声が鼓膜を震わす。


「ウガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」


 今まで17327回繰り返してきた中で、一度だって聞いたことがないほどの絶叫。悲鳴だ。ミノタウロス自身の、ひいては、ダンジョン自体の悲鳴に聞こえた。もしかしたら、命を落とした僕自身の叫びが折り重なったのかもしれない。


 辺りは静寂に包まれる。


 僕は外の様子を見るために、ロープをアイテムインベントリから取り出し、鉤爪を引っかけて登攀とうはんする。落とし穴からは外の様子は窺えないが、僕は確信している。ミノタウロスを斃したことを。だって。


 僕の仲間の顔が見えたから。レオン、マミ、ナイツ、そしてキュア。みんなが手を伸ばして、僕を引き上げようとしてくれる。この地獄から、僕はようやく解放される。


「「「「トライ」」」」


 僕も手を伸ばして、一番近くに居たキュアの手を取った。強く握りしめて離さないように。キュアの右手の薬指に嵌められた金属の感触を確かめながら。


 そして、みんなの手が添えられて。先が見えない輪廻のように、深く、暗い、穴の中から、僕の身体は引き上げられたのだった。


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