【3113&1000回目】

 

【3113回目】


「な、何でこんな下層にトライがいるのよ!!」


「クソ、すでに息がない」


「キュア!! 早くトライを蘇生しろ!!」


 怒号が飛び交う。


 もう寝かしてほしいのに、僕の眠りを妨げるように、レオン、マミ、ナイツが心臓マッサージやポーションの使用と忙しなく動いている。僕の身体と魂は分離されて、幽体離脱をしているようだ。僕が死んでいる姿を僕自身が傍で眺めている。


 どうにかして、皆の声掛けに答えようと、必死の思いで目を覚ますように頑張るけれど、重いまぶたを開けることが出来ない。横になっている僕の身体は、既に僕という魂が抜けてしまっているのであろう。


 キュアは大粒の涙を頬に伝えながら、詠唱を続ける。


「神のご加護を与えたまえ。ユニークスキル【蘇生リザレクション】!!」


 僕の身体を光が包み込む。マナが抜け殻である僕の身体に集まってくる。本来であれば、キュアの蘇生スキルによって蘇ることが出来る。もちろん、強力なスキルのため、死後一日以内であること、遺体の損傷が軽微であること、さらに1日辺り1回の使用制限と厳しい制約がある。今回に関しては、蘇生の条件は満たしているはずだ。だが……。


「よし、これで、なんとか一命をとりとめたはずだ!」


「……なんで……、なんでですかっ!!」


 キュアが悲痛の叫びを訴える。僕の亡骸なきがらは目を覚ますことはない。


蘇生リザレクション!! 蘇生リザレクション!! 蘇生リザレクション!! リザ……」


「トライッ、どうして、目を覚まさない!!」


「蘇生可能な条件はすべて満たしていますっ。あ、あるとしたら、魂が既に存在していないのかもしれませんっ」


「そ、そんな!!」


 僕の魂は次の輪廻で予約されているのだろう。僕の魂が僕である限り、皆を完全に救えるまでのあいだ、この絶望の世界に呼応することは絶対にない。


「いや、いやだっ! トライっ、目を覚ましてっ!! あのとき、一緒に居てくれるって約束をまだ果たしていないでしょ!」


 大丈夫だよ。絶対に僕がキュアを助けるから。そして、必ず約束を守ってみせる。あと、何万回繰り返しても。僕は絶対に諦めない。


ばちがあたったんだ……。わ、私たちがトライを追い出したりしたから……」


 そんなことはない。マミのせいなんかじゃないし、他の誰のせいでもない。この結末は誰でもない、僕自信が望んだことだから。


「違う、その責任はすべて勇者である俺にある。トライが諦めるわけなんてないことは想像すればわかるはずなのに。俺の判断が誤っていたんだ」


 僕はレオンを尊敬している。レオンが誤っていることなんてないんだ。現に僕はもう3112回も自分の命を捨てている。ボス戦でも真っ先に、僕は死んでいただろう。だから、その判断は一切誤っていない。


「何を言っている。最年長者のオレが抑止するべきだった。オレの一言で、大事な仲間を失うことになったんだッ!」


 僕が強情だったからでしょ?だから、ナイツもレオンに乗っかった。それ以外にナイツは僕のことを護れないと悟ったんだ。すべては僕のせい。僕の強情が招いた結果だ。それでも……。


 それでも、僕はみんなが生きている世界線を絶対に諦めない。


 レオンは項垂うなだれ、マミは泣き喚き、ナイツは後悔を叫ぶ。そして、キュアは取り乱しながら、何度も何度も動かない僕の身体を揺すった。


 ありがとう。僕のことを大事に思ってくれて。


 だからこそ、僕は絶対に皆を救い出す。


 僕の声は届くことはなかった。


 *


【1000回目】


「「きゃああああああああああああああああ!!」」


「ト、トライ!! な、なにをやっているんだ!!」


「くッ、早くポーションを!!」


 マミとキュアの金切り声が宿屋の一室に響き渡り、レオンとナイツは救命活動へと迅速に移る。


 僕は幽体離脱をして、宿屋の一室を遠巻きから全体を俯瞰ふかんする。僕は今回の死因を思い出した。レオンからの「トライ、お前はこの勇者パーティーから抜けてもらう」という一言の後に、衝動的にナイフを自分に突き刺したのだ。


 そうか……。また、僕はおかしくなったのか。気づいたら自分の心臓にナイフを突き立てていた。無理もない。既に、999回という僕の命を投げうっている中で、自分の命が紙よりも軽くなっている。この輪廻のなかで度々生じる、突発的な自殺衝動だ。


「クソッ。なんでこんなことを!! お前を救うために、突き放したのに、何でお前が死ぬんだ!!」


「私たちのせいだ……、私たちがトライに酷い仕打ちをしたからッ!!」


「いまは、そんなこと言い合っている場合じゃないだろう!! 救命活動に集中しろ。キュア、ぼさっとするんじゃない! 君の出番だ」


「……え、あ、はい。……そうだ、蘇生しなくちゃ。死なせないっ、絶対に死なせないっ」


 キュアは詠唱を開始する。だが、無駄だろう。僕は死ぬことに関してはもはやプロだ。僕が一度死ぬと決めたなら、寸分たがわず急所を貫き、苦しまずに死ぬことが出来る。そして、蘇生リザレクションは僕には効かない。


「神のご加護を与えたまえ。蘇生リザレクション!!」


 予想通り、僕の身体は起き上がらない。僕の命は、既に次の世界線を予約済みだ。


「ど、どうして!? 蘇生リザレクション!! 蘇生リザレクション!! 蘇生リザレクション!! リザ……」


 僕を救うことが出来ないと悟り始めたのか、キュアは瞳に大粒の涙を浮かべながら、震え声で蘇生リザレクションを唱え続ける。


「いや、いやだっ! トライっ、目を覚ましてっ!! あのとき、一緒に居てくれるって約束をまだ果たしていないでしょ!」


 キュアは僕の身体を叩きながら、泣き崩れる。レオンも、マミも、ナイツですらも、僕の魂の抜け殻を囲みながら、声を出して泣き喚く。


 ああ、僕の命が軽いと思っていたのは、どうやら僕だけだったようだ。だって、こんなにも、僕の仲間は悲しんでくれている。


 だからこそ、伝わる。僕の命を、僕自身よりも大切にしてくれていることを。僕の命を大切にしてくれる、何よりも大切な仲間を必ず救わなければならない。


 誰一人だって欠けることを許さない。


 だから、必ず、僕が救ってみせる。僕は人一倍諦めが悪いんだ。


 *


 他の世界線でも大体が同じ結末だ。


 僕が先に死ぬ場合、レオン、マミ、ナイツ、キュアの四人は僕の蘇生を試みる。だが、僕が息を吹き返すことはない。


 僕の亡骸を見つめて、自分たちを責めるんだ。僕の命を軽んじた軽率な行動が、一万回以上の絶望を、僕の大切な人たちに味わせてしまったことになる。ああ、僕が死んだ後の世界を見せるなんて、神様はとんだ罰を科したものだ。


 この罪は自分の命を軽く扱ってきた罰なのかもしれない。


 でも、もう大丈夫だ。次。次こそは……。


















 もう終わりにしよう。

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