【79-223回目】

 *


 ダンジョンへと潜り、未知の階層へと進む。正攻法でダンジョン攻略を進めながらも、ふと、正攻法ではないことも試したくなった。


【151回目】


 僕はB7Fの柱の影に身を潜める。必ずこのダンジョンに姿を見せるであろう彼らを待つ。B7Fを選んだのには理由がある。一本道で他の迂回路も存在しない、そのため、仮に誰かが通るとなったら気づける階層であること。また、通路に石造の柱が数メートル置きに配置されており、自分の身を隠すことが出来ること。それにより、偶然を装って、遭遇した感を演出できるのは、と考えたのだ。


「改めて考えると、何を考えてんだ、僕は……」


 こんな作戦で上手くいくなら最初から実行していればよかった、と激しく後悔しそうだが、恥を捨てて151回目にして挑戦することにする。


 そろそろ来るはずだが……。お、来た。


 こちらへと向かってくる四人の人影。


「マミ、軍隊蟻を倒すのに、最上位魔法を使う癖、どうにかできないか?」


「だ、だって、虫が嫌いなんだもん!! あんなに大きな虫は最大の火力で駆除してやらないと」


「ふふ、マミさんは可愛いですね」


「お前らおしゃべりもその辺にしとけ、魔物が出るぞ。ほら、そこの柱の影に気配が……」


 僕は、ナイツの声を合図に姿を見せることにする。ナイツは咄嗟の攻撃を防ごうと構えていた盾でパーティーを守護しようと、前面に構える。


「は?」

「なんで!?」

「ほへ?」

「はあ……」


 四者四様の反応を示しながら、目を見開いて唖然としている。う、空気が張り詰めたように冷たい。僕は誤魔化すために、とぼけることにした。


「ま、まものだぞー!」


「「「……」」」


「あら、可愛い魔物ですねっ」


 唯一、キュアだけが僕の言葉に反応してくれる。恥ずかしくてどうにかなりそうだ。


「トライ、どうしてお前がここに?」


 勇者レオンが僕に問いかける。とりあえず、偶然を装うことを試みることにした。


「あはは、偶然だね。レオン! まさか、ダンジョンで出くわすことになるなんて!」


「偶然? 必然の間違いだろ?」


「いや、なんのことかちょっと分からないな」


「はあ? あんた、何でこんなところにいるのよ? というか、あんた、よくB7Fまでれたわね。このダンジョンには神話級のボス、ミノタウロスがいるはずだから、最難関のダンジョンのはずなんだけど」


 ダンジョンの難易度はボスによって異なってくる。ボスが弱い童話級であれば、難易度も低いし、逆に神話級のボスであれば、難易度も桁違いに上がることになる。それは、各階層にも色濃く反映されて、モンスターやトラップの質も違ってくるのだ。B5Fに本来B10Fに出現するはずのオークが存在していたのも、それが影響しているのかもしれない。本ダンジョンは神話級ボスが待ち構える、最難関のダンジョンなのだ。


「いや、偶然、ここまでれてね。本当に運が良かったよ」


「うふふ、トライは凄いのですよっ!」


 なぜか自分のことのように自慢するキュアに、また始まったと嘆息するナイツ。とてもじゃないが追放された直後とは思えない。少しばかり、光明が見える。僕は本題を切り出すことにした。


「もしよかったら、最下層まで一緒に行かないかな? 僕も道案内なら得意だし!」


 極めて明るく僕は振舞う。「はあ、しょうがないな」という、レオンの言葉に期待して。

 ナイツとマミ、そしてキュアはレオンに視線を集める。勇者レオンが最終決定権を有している。このパーティーのルールだ。各々で判断していたら纏まるものも纏まらないし、当然だろう。


 そんな勇者パーティーにおいて、もうここまで来たのであれば、連れて行ってやってもよいのでは、という空気感が流れている気がする(たぶん)!!もしかしたら、もしかするかもしれない。


 はあ、と大きくため息をしてから、レオンが語った言葉は。


「マミ、やれ」


「了解。眠れ、常闇に。催眠スリプル!!」


 僕の意識は暗闇へと落ちていった。


「むにゃむにゃ……はッ!!」


 僕はどのくらい眠ってしまっていたのだろうか。気づいたら、宿屋の一室でベッドの上で横になっていた。機械時計で時刻を確認すると、もう夕方だ。窓から外を覗くと、暗雲が立ち込めて、豪雨となっていた。


 おそらく今頃、レオン達の変わり果てた姿がダンジョンの入り口へと横たわっているだろう。


 偶然を装ってレオン達と合流して、最下層へと一緒に潜る、思いついたときは良い案だと思ったが、さすがに無理だったか。レオンは意地でも僕を連れて行きたくないようだ。もしかしたら、なにか理由があるのかもしれない。


 まあ、答えが出ない疑問を抱いてもしょうがないか。


 僕は慣れた手つきで、ロープを天井から垂らして、首を吊って自殺した。


 次。


 *


【223回目】

 そもそも、レオン達がダンジョンへと潜ることで、この惨劇が繰り返されるのであれば、ダンジョンへ潜ることを制止することが出来れば、万事解決なのでは。


 僕は正攻法ではない、もう一つの手法、レオン達の足止め作戦を決行することにした。そのためには、まずはキーマンであるギルドマスターのおっさんを説得する必要がある。冒険者ギルドのカウンターで、僕は出来る限り真剣な面持ちでおっさんに話しかける。


「ギルドマスター、お願いがあるんだけど」


「おお、トライ、お前がお願いとは珍しいな。できれば、簡単なことで頼むぞ」


「うん、すごい簡単なことだから大丈夫だよ。レオン達がもうすぐここに来るはずなんだ」


「おう、それで?」


「ダンジョンに入らないように促してほしい。出来ないにしても、極力、時間稼ぎをしてくれないかな?」


「は? いや、無理だろ。冒険者はダンジョンに潜るのが仕事だろ。そして、俺はそんな冒険者をダンジョンへと促すのが仕事だ。職務放棄に等しい行動になるぞ、そいつは……」


「うっ、まあ、その通りなんだけど、嫌な予感がするんだ。レオン達の命が危機に瀕するような、そんな悪い予感があって」


「はあ? いつからお前はそんな占い師みたいなことを言うようになったんだ? 現実主義者リアリストだろ、お前は」


 ギルドマスターは首を傾げる。無理もない。普段の僕の行動とは、全くと言っていいほど噛み合っていない。それでも、レオン達のため、僕のため引き下がるわけにはいかないのだ。


「そこを何とか!」


「はぁ……、わかった。ただし、可能な範囲で良いか?」


「ありがとう、助かるよ!!」


 よし、これで、レオンがダンジョンに潜ることを断念させるのは無理でも、時間稼ぎくらいにはなるはずだ。今の内に服飾屋にいって、変装を試みることにする。


 うん、我ながら完璧な変装だ。帽子を深々と被り、顔を隠す。念のため、取り外し可能な髭をあごに付けて、作業服に着替えた。今回、ダンジョンは崩落の危険性があるため、現在工事中という設定にすることにする。その言動に説得力を持たせるために、いかにも職人という格好を用意したのだ。これなら、レオン達に簡単にバレることはないだろう。


 僕は急いでダンジョンの入り口へと立ち塞がる。人っ子一人ダンジョンへ侵入することを許さない。過去、といっても、まだ輪廻に囚われて回数が浅い頃の話だが、おっさんから紹介をしてもらって、一緒にパーティーを組んだ2人が姿を見せる。ヤンとミレイだ。


「あれ? ダンジョン潜れないんっすか?」


「はい、残念ながら崩落の恐れがありまして、現在立ち入り禁止となっています」


「ちぇっ、そうなのか……」


「あら、あなた、どこかでお会いしたことありましたか?」


「え、いえ、私は存じ上げないですね」


「あら、そうでしたか、変ですわね」


 そう言いながら、二人は立ち去っていく。ミレイとは死に戻り前にパーティーを組んだ以外の接点はない。一応、僕も勇者パーティーの端くれ。もしかしたら、冒険者ギルドでレオン達と一緒に居るところを見かけて、覚えていたのかもしれない。


 そう考えたら、完璧と思った変装も、実は穴だらけなのかもしれない。う、途端に自信がなくなってきたぞ。


「さっきのギルドマスターの様子、なんかおかしくなかったか?」


 この声は!?間違いない、レオンの声だ。ここからが本番だ。僕は襟を正して、堂々と振舞うことにする。


「確かに! なんか、やけに引き留めてきたよね……ってあれ? あれ見てよ!」


 マミの発言で勇者一行が一斉に僕へと視線を向ける。


「すみません、崩落の危険性があるので、現在立ち入り禁止となっています」


 僕はそもそも嘘をつくのが苦手なのだ。もしかしたら、変装がバレるかもしれない。僕の心臓がバクバク音を立てる。


「……だって。今日は諦める?」


「そうだな、それしかなさそうだ、ナイツもそれでいいか?」


「仕方がないだろ。魔物に殺されるなら、戦士として名誉ある死に方だが、さすがに崩落では死にたくはないし、な」


「もっともだな、ん、キュアどうした?」


 キュアは変装している僕の顔を覗き込む。キュアは人差し指を頬に当てながら、僕の瞳を見ようとしてくる。


「んー??」


 僕は慌てて目を逸らす。だが、逃げても、逃げても、キュアは回り込むように、僕の顔を覗き込んだ。


「うふふ」


 唐突にキュアが笑みを浮かべながら、わざとらしく語り掛けてくる。


「あれれー? トライ、こんなところで何をしているのかなっ?」


「う!? な、なんのことでしょうか?」


 こんなにあっさりとバレてしまった!僕は客観的に考えてみる。変装までして引き留めようとする必死さを想像してみた。きっと、恥ずかしさで僕の顔面は紅潮してしまっているだろう。うう、いっそのこと殺してくれ。


「ふふふ、私がトライのことを分からないなんて思いました? どこからどう見てもトライですよ」


「いや、ここまで変装したら、普通分からないだろう」


「いやいや、レオン様。それでは、まだまだトライ検定力が足りませんねー」


「そんな検定力は不要だ。……さて、トライ、弁明はあるか?」


「あ、あのー、できれば一緒にダンジョンへ連れて行ってくれると……」


「よし、マミ、やれ!!」


「了解。眠れ、常闇に。催眠スリプル!!」


 僕の意識は暗闇へと落ちていった。


 僕はまたしても宿屋の一室で目を覚ます。正直、いくら変装してもキュアの目をくぐれる気がしない。しかも、嘘をついて、あんなに恥ずかしい思いするなんて。もう絶対に同じ手は使わないと心に決めたのだった。


 次。

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