第26話 前屈みは仕様
……よし、落ち着け。制御しろ。己の欲を。
欲に溺れることは恥。そもそも、ここで欲に溺れたところで、結局ヘタレ童貞の精神性を破ることは無い。
つまりは、目の前の死んだ魚の目をしている美少女に襲いかかることはできず、全力ダッシュで自室に戻って己を慰めることしかできない。
なんと虚しいことか。でもこれが俺なんすよ。
「ふぅ……」
そう考えると落ち着いてきた。
今も内心でグッツグツに煮え滾った性欲が渦巻いているが、それを強靭な精神力で堪え、目の前の少女に問いかけた。
「お前の名前は?」
ドキドキの瞬間。
すると、少女は小さく口を開いた。
「……ローズマリー」
「そうかローズマリーか。どうして聖女さまを襲った?」
答えた……! どうやら【
続けて彼女は答える。
「……それは言えない──いや……もう全てがどうでもいいか……。……アタカンタ帝国の皇帝、ルーク・ウェルスの命令だ……」
「アタカンタ帝国……」
やはり帝国か。まあ、王国とずっと冷戦状態だしな。何かしてくるとすれば帝国しかあり得ない。
だが、ここで暗殺者が依頼主を吐いたという事柄が重要なのだ。
そしてここ王国では、有用な情報にはある程度の恩赦が与えられる。……聖女さまを襲って恩赦が適用されるかは分からないが、材料は幾つあっても良い。
……まあ、結局のところ少女……ローズマリーが何かを抱えているというのは俺の予想でしかねぇけど……それをこれから聞こう。
「なあ、どうしてローズマリーは俺を襲ったんだ? 皇帝の依頼は俺を殺すことも含まれていたのか?」
「……あたしはごく普通の村に生まれた」
──ローズマリーは自身の過去と、俺を殺そうとした経緯を順序立てて説明した。
普通の村に生まれ、普通の幸せを享受しようとしている時に授与された【暗殺者】という職業。
それが皇帝の耳に入り、【暗殺者】の出自が割れないためにローズマリーの村を滅ぼしたこと。
無用な犠牲を出さないために、暗殺者として皇帝の抑止力になろうとしたこと。
だが、失敗したことで皇帝の抑止力として効果が発揮されることは二度と無い。それでも、【聖騎士】を殺すことが、無辜の民を犠牲にしない方法だと信じて王国に足を踏み入れたこと。
「……ひでぇ話だな」
全てを聴いた俺は、眉を顰めて嫌悪感を露わにした。あまりにもふざけた話だ。人間ってこんなにも醜くなれるんだなと理解した瞬間だった。
……あまりの怒りに俺の股間がイキリ勃つ。
「どうしてそれを言わなかったんだ? お前に帝国への忠誠心があるとは思えねーしな」
少なくとも、それだけの情報を最初から話せば、助かるかもしれなかった。汚い話だが、同情という点からも、彼女の人生には悲劇が満ちている。
そういったニュアンスを込めて問いかけると、死んだ魚の目をしたまま、ふっと小さく笑った。
「過去にどんな事情があれど、【暗殺者】としてこの身を闇に染めると決めたのはあたしだ。同情などいらない。殺すなら殺せば良い──もう、すべてがどうでもいい」
それっきり、ローズマリーは何も話さなかった。
☆☆☆
「──ということがあったんだ」
「なるほど……。それは確かに……悲劇と言えるでしょう」
前屈み姿勢の俺の言葉に、メイは憐憫の情を浮かべた。
え? 何で前屈みなんだって?
言わせんなよ恥ずかしい。
【
この場において勃起を抑えることができると思うか? いーや無理だね。最早勃たないことが失礼にあたると思うんだ俺は。
とはいえこんなシリアスな話をしている最中に勃っていることがバレれば、あるか分からない好感度が著しく下がるのは間違いない。
ゆえに前屈みのまま話すという最終手段を取っているわけだ。
「──ふざけた真似をする……ッ。帝国とはここまで腐った存在であったか……!!」
「こればっかりはお前に同感」
怒りで震えるリースに、俺は肩をすくめながら同意を示す。何とも胸糞悪い話だよ。
「こうなっては辛抱たまらん! 今から帝国に行って皇帝をぶち殺してやる!!」
「よぉし、いっちょクーデターと行きますかぁ!」
某、TTL(タッチ・ザ・リビドー)のせいで欲が溜まりに溜まっている俺は、特に何も考えることなく怒れるリースに同意する。
しかし、ここで待ったをかけたのは俺たちを真っ直ぐな瞳で見つめるメイだった。
「……義憤に駆られることは悪くありませんが、彼女もまた、罪なき人に手を掛けた事実は変わりません」
──頭だけ冷水をかけたように冷静になる。
……まァ、事情があれど、その手段は褒められたようなものじゃあない。もしかしたら、手を掛けた罪なき人には王国の民がいたかもしれないしな。
「……すまない。平静を失っていた」
「そだな。一旦暗殺者の処遇はともかくこれからのことを考えねぇと」
ふぅ、と落ち着く場。
すると、ここまで沈黙を保っていた聖女さまが、俯いたままポツリと呟くように言葉を発した。
すらりと長い銀髪に阻まれて、その表情をうかがい知ることはできない。
「私の……せい……」
「まさか!!! 聖女さまは何も悪くありません!! 悪いのは非道! 外道! カス! の皇帝でしょう! ええ、そうですとも!」
その言葉にいち早く反応したのは流石のリースだった。
慌てふためきながら聖女さまを擁護する姿は滑稽そのものだが、言ってることには同意でしかない。
「聖女さまがお気にすることはありませんよ」
メイが聖女さまを安心させるように微かに微笑む。──ヤメテッ! その顔はち◯こに効くの!
くそぅ、笑顔フェチ(自称)に美女の微笑みは毒だと言っているのに……(言ってない)。
「お前さぁ……」
「……?」
まあ、二割冗談はさておき、俺は聖女さまに呆れながら彼女のオデコをツンと突いた。
不思議そうな表情を浮かべる聖女さまに、俺は畳み掛けるように言う。
「責任感じすぎなんだわ。なんで襲われた側のほうがへこまなにゃならんのよ。オマエ、ヒガイシャ。アッチ、カガイシャ。オーケー?」
「それでも……私の存在が原因なのは間違いない」
分かってねぇなぁ、この美少女さまはよぉ。
「【聖女】が原因かもしれねぇけど、別にお前は悪くないだろ」
「なに、言って──」
「職業は職業。お前はお前。そもそも人と職業を同列に扱ってるのがおかしいって、俺思うんだよね。前にも言っただろ? ──聖騎士、聖女だなんて言ったってただの人だ、ってな?」
「……っ」
俺の言葉を思い出したのか、聖女さまは目をまんまるにして俺を見つめる。……そんなに見られたらシモの事情的に困るんですけど。
というか、良いこと言ったような感じだけど、この言葉は俺の存在を肯定する言葉でもある。
職業と本人を同列に扱う=俺が【性騎士】を授かったに相応しい変態という証拠になっちまう。……が! 俺は変態じゃあない!!
だからこその言葉。べ、別に聖女さまを慰めるために言ったわけじゃないんだからねっ。……ホントダヨ?
「貴様なぁ……この場だから良いが、表で言ったら極刑ものだぞ……」
「ですが、私もそうあるべきだと思いますよ」
「うむ、聖女さまとメイが言うなら間違いないな!」
お前はもっと自分の意思を持て、変態。
苦言を呈したリースが、メイの言葉に即効で手のひらを返す様子を見て内心でツッコミを入れる。
まあ、このメンツじゃなかったら流石に言わない。けれども本心なのは間違いない。
「ま、だからあんまり気にするなよ。それに……少なくとも【聖女】として見てるなら敬語は外さねぇさ。処刑が怖いし」
なんて冗談めかして言うと、聖女さまはふわりと笑って、
「ありがとう」
と俺の目を真っ直ぐ見て言った。
銀髪が揺れる彼女の笑顔は、この世の美しいという称賛を集めても足りないほどに魅力的だった。
……なんだよ、そんな普通の顔もできんじゃねぇか……と、ガチガチにフル勃起しながら思った。
「なんで貴様ずっと前屈みなんだ……」
「気にするな」
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