ヒール
中学校を卒業した。わたしは十五歳になった。ついに、脱走の時が来たのだ。
愚かな日本人の愚かなルールでは、未成年のパスポート入手には親権者の同意が必要だ。母がわたしの国外逃亡に同意するわけはない。
だが、わたしは母の裏をかいた。わたしは父親がアメリカ国民でまだ国籍選択年齢に到達していないから、日米の同時国籍者だ。つまりアメリカの市民権を有している。そちらを介し、アメリカの弁護士を通じて、アメリカ籍のパスポートを発行してもらい、極秘に日本で受け取ることに成功したのである。これがなければ、計画は始まらなかった。ちなみに、飛行機に乗るにも、十五歳未満は一人では無理という決まりがある。親権者の同意書があれば一人で飛行機に乗ってよいということになるのは満十五歳からで、そして私の誕生日は三月なのである。渡米のための費用は、何年もかけて小遣いの中から少しずつ貯めた。母にバレては元も子もないので、すべては長い時間をかけて進められ、そして遂行された。
「やった」
アトランタ国際空港の到着ロビーに降り立ち、わたしは快哉を挙げた。父は、この空港まで迎えに来てくれていた。母はとっくにわたしの逃亡に気付いているはずではあるが、ここまでくれば絶対に追いかけては来れない。何しろ、彼女は指名手配犯なので。
「パパ……」
記憶にあるよりかっきり十年分老いている父の姿を見たときは、涙が出そうになった。
「久し振り、ナツミ。元気だったかい」
「パパ」
わたしは父の胸に飛び込んだ。そして父に手を引かれながら、空港内でも人気のハンバーガーショップ、グラインドハウス・キラー・バーガーの入口をくぐった。
「パパはベジタリアン用のパテにするが。ナツミはどうする?
「ううん。ビーフ100%のがいい」
「分かった」
父が会計を済ませ、わたしはビーフ100%のハンバーガーにかぶりつく。肉汁が滴る。記憶の中の味が、ゆっくり、ゆっくりと蘇る。ふつ、ふつと涙が込み上げてきた。わたしは声もはばからずに、泣いた。子供みたいだけど、仕方がない。
空港の警備員が何人か、怪しみながらこちらを伺っているが、お呼びではない。泣きながらパンを食べたことのない者に、分かるものか。人生の、本当の意味というものを。
ハンバーガーショップ きょうじゅ @Fake_Proffesor
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