ハンバーガーショップ

きょうじゅ

クラウン

 おなかがへっていたわけではないんです。でも、わたしはいつもうえていました。


 わたしのなまえはナツミと言います。パパとママがベジタリアン、というおうちに生まれました。パパがアメリカ人です。ママは日本人ですが、ながいことアメリカにくらしていました。パパとママは、インターネットの『ヴィーガンコミュニティー』、つまりベジタリアンのオフ会、みたいなもので知り合ったそうです。といっても、当時は二人ともそんなにきびしいベジタリアンをやっていたわけではなかったそうです。たまにはたまごや、チーズみたいなものも口にしていました。そういうゆるやかなベジタリアンのことを、ラクトオボ・ベジタリアンといいます。ぎゃくに、ぜんぶ「しょくぶつせい」のものしか口にしないベジタリアンのことを、ヴィーガンとか、ピュア・ベジタリアンとよびます。


 パパはそれからさきもずっとラクトオボ・ベジタリアンのままでした。パパは自分ではベジタリアンをしていますが、わたしにはこっそり、お肉を食べさせてくれました。パパと二人だけでお出かけをするとき、よくハンバーガーショップにつれていってもらっていました。パパはベジタリアン用のグリーンバーガーを食べながら、わたしにはビーフをはさんだハンバーガーをかってくれたのです。


 でもママはそうではありませんでした。わたしが生まれたあと、ママはだんだんにきびしいヴィーガニズムをじっせんするようになっていって、わたしにもそれをさせようとしました。いちばんびっくりしたのは、わたしが五才のたんじょうびを迎えたときのことです。たしか、こんなようなことを言っていました。


「今度から、うちではもう卵も牛乳も一切買わないことにするわ。だって、ディーン・リーブズ博士の研究によるとね、ラクトオボ・ベジタリアンの心臓病リスクは、ピュア・ベジタリアンよりも37%も高いのよ。菜摘のためにもよくないと思うし」


 ママがそんなことを言い出したのは、その何日か前にわたしの弟になるはずだった赤ちゃんをりゅうざんして、ママの方はいのちにべつじょうはなかったけどこの先はもうこどもをもつことはむりだろうとおいしゃさまにつげられたせいだったのかもしれません。ですがわたしは、そのときパパがすごくびっくりして、こんなことを言ったということをよくおぼえています。


「お、おい。ちょっと待て。それはともかく、明日の、ナツミのバースデーケーキはどうするんだ? 予約してあるんだろ?」


 4才のたんじょうびのとき、わたしはとくべつにちゅうもんしたラクトオボ・ベジタリアン対応のアイスケーキ(そういうものがあるのです)にローソクを立ててもらいました。わたしがあんまりそれを気にいったので、次のたんじょうびもおなじものを買うよていになっていました。それがたんじょうびのとうじつ、アマゾンからとどく手はずになっていたのですが。


「もうキャンセルはできないけど、届いたら捨てるわ。近所の菜食者用食品店ベジ・マートでヴィーガンケーキを買ってくれば、それでいいでしょ」


 そう言われてわたしは大泣きしました。パパとママはすごいけんかをしました。そのときのたんじょうびかいのしゃしんはまだのこっていますが、わたしは目をなきはらしてふくれっつらをして、パパはつらそうなかおをしています。


 わたしのしゃしんに、パパがうつっているのはそのときのものがさいごです。それからしばらくして、パパとママはりこんすることになりました。「しんけん」というものをめぐって、アメリカでさいばんになりました。そのさいばんにはパパがかちました。わたしはそれがうれしかったのですが、ママはわたしをつれ、ひこうきで日本に行きました。


 日本でまたたいへんなさいばんになりました。アメリカのけいさつは、ママを「こくさいしめいてはい」しました。ハーグじょうやくというので決まっているのですが、ママは本当はわたしをパパにひきわたさなければなりませんでした。ですが日本のけいさつは、そんなことはできないと言いました。さいばんしょもそう言いました。それで、わたしはいまとうきょうでママとくらしています。

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