第16話 vs生前の自分
「まだ終わっちゃいないよ。薄汚い悪魔」
ヒナビは息も絶え絶えに、そんな挑発をしてみせた。
「食っていいぞ、【白鬼】」
すかさず二対の剛腕が現れ、ライアンの身体を握り潰さんとする。ヒナビの契約獣か。確かに、まだ打てる手はあった。
「このっ、放せ!」
ベリアルはライアンの身体で足掻くが、白鬼とやらの巨腕には対抗できないようだ。利き腕を潰しておいたのがここで効いてきたな。
「くっ、こうなれば!」
途端にライアンの身体から力が抜ける。意識を失ったようだ。
脱け殻となったことを悟るや否や、白鬼はライアンの身体を投げ捨てた。そして、空間の亀裂から這い出し、その全身を顕現させた。
「これが、ヒナビの契約獣……」
天をも衝くような巨人だった。全身は白く、頭部の湾曲した角が禍々しい。
「ちょうど良い身体だ。ヒナビとやらは実に都合の良い依り代を提供してくれたことだよ!」
白鬼は歓喜の声を上げた。どうやらベリアルは白鬼に憑依したらしい。最悪だ。ベリアルに更なる強靭な肉体を与えてしまった。こいつ、何にでも憑依できるのか。
シャルパンはまだ魔物の群れに囲まれている。白鬼の相手など出来そうにない。
どうする?
「【天の門よ。海の星よ。恵み深い主よ。倒れても起き上がろうとする民をお救いください。そして、かの罪人に、憐れみをお与えください】」
そんな詠唱が聞こえる。この声はまさか、ウルスラ様?
そうか。ベリアルが乗り移ったことで、ウルスラ様への憑依は解けていたのか。
俺は思わず涙した。ウルスラ様こそ、大聖女に相応しい。
「極大魔法【セレスティアル・ストリーム】」
天空から光の柱が降り注ぎ、白鬼の身体を浄化していく。聞こえてくるのは、ベリアルの断末魔だった。
「遅れてすみません。ヒナビさん。それに、そこの冒険者の方も、ありがとうございます」
さすがに俺の正体にまでは気付いていないようだ。まぁ、好都合だろう。
「私が不覚を取ったばかりに、申し訳ありません。気を付けてください。ベリアルが憑依の拠り所とするのは、聖使徒ルーライ様の聖遺物です。すぐに身体から離してください」
聖遺物は、聖使徒ルーライの体の一部を収めた、御守りのようなものだ。一番聖性が高いと思っていたのだが、どうしてそれがベリアルの拠り代になるのだろうか。
「ウルスラ様……」
ヒナビは声を絞り出そうとするが、言葉にならなかった。
「皆も今すぐに聖遺物を捨ててください!」
ヒナビは聖使徒ルーライ様の遺髪を収めたペンダントを、すかさず投げ捨てた。聖遺物といえば、聖騎士なら身体の一部のように大事にするものだが、致し方ないだろう。
俺も生前はルーライ様の指の骨を納めたペンダントを付けていた。とはいえ、もう俺の元の身体は土葬されているので、問題はない。
「問題はない……か?」
待て。ウルスラ様の言う通り、聖遺物を媒介にベリアルが憑依するのだとしたら、マズい。
「【なにゆえ諸国の民はわめき立て,諸々の民は空しいことを企てたのか。私へ求めなさい。なればこそ、私は汝に地の果てまでを与えよう】」
聞き馴染みのある声で詠唱が聞こえる。それはそうだ。これは生前の俺の声だ。
「土魔法【アース・クリエイション】」
途端に地割れが走り、建物が地下に沈んでいく。代わりに、禍々しい形の尖塔が聳え立った。まるで、悪魔の栄光を称えるかのような歪な形をしている。
「自分の死体を利用される気分はどうだ? ユーク・イーゼルベルク?」
倒さねばならぬ敵は、生前の自分に取り憑いた悪魔となった。
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