第1章 6-3

宇航(ユーハン)は皇居に向かう道すがら、陛下に呼ばれた理由を考えていた。

突然の呼び出しは、よくあることだが、今回は内密の話という事と、4領主全てが呼ばれたことに重大さを感じずにはいられなかった。

4領主が揃うのは、陛下の生誕祭や先の皇帝の法要時ぐらいで、それぞれが別々に謁見することの方が多い。

何か大事でなければ良いが・・・

後、2日ほどで黄有に到着する。他の領主達はもう到着しているだろうか・・・

朝から馬を走らせてはいるが、まだ2日もかかる事に苛立ちを感じていた。

それに、春燕(シュンエン)達の動向も、未だつかめていない。それも気になる。黄有で何かつかめれば良いのだが。

正直、こんな時に朱有を離れたくはなかったが、陛下の話も気になる。

ならば、黄有で話を聞いて、早々に朱有へ帰るほかない。

今のところ、桜綾(オウリン)の周囲に変化はない様だが、こうしている間にも何かあったらと考えてしまう。

「夏月(カゲツ)、次の宿場までは、このまま進む。馬は大丈夫そうか?」

後ろを追走する夏月(カゲツ)に声をかける。

「大丈夫です。」

夏月(カゲツ)がそう返事をしたので、風景を見る暇もなく走り続けた。



2日後、無事に、黄有の門をくぐることが出来た。

さすがにそのまま皇居に出向くことは出来ないし、馬も休ませてやりたい。

黄有にある、朱家の屋敷に寄り、汚れた体を沐浴で清めてから、正装に着替える。

夏月(カゲツ)も正装に着替え、皇居へと赴いた。

皇居は、外殿と呼ばれる、各役所とそこに務める役人の下宿所がある場所と、内殿と呼ばれる、陛下の住まいと後宮のある場所に分けられ、内殿に向かう道には、何カ所も門が設置され、許可証を提示しなければ通行できないようになっている。

馬を乗り入れられるのは、二門までで、後は、どんな人も徒歩で進むしかない。

しかし、兎に角広い敷地なのだ。なかなか目的地にたどり着けない。

やっと最後の門をくぐったのは、四半時は過ぎていたと思う。

そこからまた、歩きで皇帝のおわす玉座の間まで細長い広場を歩き、長い階段を上がって、扉までたどり着く。

そこでもう一度、朱家の牌を提示し、面会の許可が下りると、大きな扉を4人がかりで開ける。

夏月(カゲツ)と共に中へ入ると、ゆっくりと扉が閉まる。

高い天井に、多くの燭台、その真ん中の高い所に陛下の姿があった。

「朱家当主、宇航(ユーハン)が拝謁いたします。」

そう言って跪き挨拶すると、すぐに、

「よい。立て。待っておった。」

と、陛下から言葉がかけられる。

周りを見るとすでに他の3領主は揃っており、用意された椅子に腰をかけている状態だった。

「ここでは話がしづらい故、朕の書斎へ移動しよう。従者はここで待て。」

つまり、本当に内密な話なのだと、それだけでも察しが付く。

誰も何も言わず、ただ陛下の後ろを付いていく。他の領主とて、この状況が異常事態だということは察しが付いているだろう。

長い廊下をかなり歩くが、誰にも会うことがない。護衛や宦官さえすれ違うことはない。

あえて人払いをしているのであろう。

たどり着いた陛下の書斎には、机に地図とお茶のみ用意されており、人数分の席が設けられている。

まず陛下が座り、それぞれ順番に席に着く。

一体、これから何が起きるというのか・・・・

「早速だが、麒麟様が久方ぶりに来訪され、さる許可を頂いた。それ故、皆に集まってもらった。これは、極秘中の極秘事項故、誰にも話をする事はなく、皇帝のみに伝えられてきた話だ。まさか、朕の代でこの話をする事になるとは、思いもしなかったが、麒麟様の命故、そなた達に話さなくてはならぬ。」

そう前置きした陛下は、500年前の大戦の話へと進む。


500年前、この地には二人の皇太子候補がいた。呂濠(リョゴウ)と呂湜(リョショウ)。呂濠(リョゴウ)が兄で呂湜(リョショウ)は弟であった。

二人の能力は武力、知力共に拮抗しており、両方に皇太子の名がふさわしいと思われた。

ただし、兄には野心があった。弟には慈悲が。野心は時に大切な事だが、兄の野心は大きすぎた。

この国のみならず、周りの国をも掌握したいと言う考えを持ってはいたが、それを人前で話したりはせず、己の心のみに留めおくだけの知略があった。それ故、誰もその野心には気がつくことはなく、品行方正に見えていた。

その一方で、役人達は、己に有利なのはどちらか、皇太子の後ろ盾を得るためにはどうしたら良いか、水面下で己の指示する方を皇太子にしようと、策を巡らせ、人を懐柔し、金をばらまいた。それがこの国に災いをもたらした。

当時から5神の存在はあったが、まだ人に影響をもたらす事はなく、この地を守るだけの存在であった。

五神の下には霊獣と呼ばれる使いが多くいたのだが、ある日、その中の1霊獣が悪霊化してしまった。その名は窮奇(キュウキ)。

元々は、善と悪を均等に保つため、善意と悪意を喰らう霊獣であったが、人間の欲という悪意を吸い込みすぎて、悪霊へと変貌を遂げた。霊獣は本来、人の魂との繋がりがなければ、半分の力しか発揮出来ない。

窮奇(キュウキ)は力を発揮するため、兄の呂濠(リョゴウ)の魂を野心と共に取り込み、争いを他国まで広げ、悪意を食い尽くし、力を増すだけでなく、この国自体を飲み込もうとした。そこには、皇帝の後継者争いという、恰好の争いの種もあった。

事態を重く受け止めた五神と鳳凰を含む霊獣は、窮奇(キュウキ)との戦いに挑んだ。しかし、力をため込んだ窮奇(キュウキ)との戦いは激化し、五神の力がこの国の気候にまで変化を与えた。そしてそれは国の民にも影響を及ぼし始めた。干ばつや川の氾濫で土地は荒れ、飢えと渇きが地に満ちる。すると悪意がなかった者にまで悪意が芽生え、それを窮奇(キュウキ)が喰らい、状況は不利になっていく。そこで戦いをこれ以上、長引かせる事は出来ないと悟った五神達は、窮奇(キュウキ)の悪意が薄れるまで、封印する道を選んだ。だが、膨大な悪意をため込んだ窮奇(キュウキ)を、五神の力だけでは封じ込める事は、もはや出来なかった。そこで、隣国の神々の協力を仰いだ。お互いに、不可侵と言うのが本来の神のあり方だが、自国にも窮奇(キュウキ)の影響が及ぶことを懸念して、協力する事を承諾した。西からは象頭神、北からは幻獣、犬狼が、東からは白蛇神が、南からは精霊、翠兎が、その戦いに加勢した。その力を借りてしても、1年という時間がかかった。死闘の末、何とか封印できた物の、神々の傷を代わりに受けた鳳凰は、羽1枚を残し、眠りに付いた。皇太子候補であった呂濠(リョゴウ)は窮奇(キュウキ)と共に封印されたため、その後の皇帝には呂湜(リョショウ)が選ばれた。

封印後、悪意の根源となった、後継者争いを再度招く事を避けるべく、呂湜(リョショウ)と五神は封印の門を4カ所築き、そこに領主をそれぞれの神が選んだ者を置き、封印の上に皇居を構え、麒麟神が呂湜(リョショウ)の血筋から皇帝の選別を行うようになった。

また五神が選んだ者に加護を与えることにより、その封印の門を守らせると共に、その力に畏怖を抱かせ、人々が悪行に手を染める事に躊躇するようにさせるためでもある。それが今の体制の黄仁の始まりだった。

鳳凰に関しては、五神の許可なく口外する事を禁止された。鳳凰が眠っている以上、加護のない鳳家を守る為である。

鳳凰も神獣ではなく、霊獣のため、全力を発揮するには巫女の力が必要不可欠で、その巫女は、鳳凰がこの世に存在した時から、受け継がれた血筋の者と共にあった。しかし、鳳凰が力をなくし、鳳凰の加護をなくした鳳家は、徐々にその子孫を減らしてしまう。

そこで、少しでも多くの血筋を残すため、巫女ではない女子の嫁入りをさせた、それが琳家であった。その嫁入りを見届けた後、鳳家はある場所へと移動し、鳳家の秘密を守るために潜んで暮らしている。

どういった経緯の元、そういう事態になったかは定かではないが、その後、運悪く、巫女の血を継いだ者が子をなす前になくなってしまい、琳家に嫁いだ女子が産んだ子供に、その血筋が受け継がれてしまう。

それを知った鳳家は、その子を保護すべく動いたが、何者かの邪魔に遇い、その子は琳家の没落と共に、命を落とす。

その後、鳳家の子孫にも鳳凰の巫女の印が現れず、未だ途方に暮れている状態だった。

そこに現れたのが、桜綾(オウリン)の存在だ。確かに朱雀神の言うように、鳳家の血をひいているとしても、麒麟神の許可なく話も出来ず、また、本当に巫女の血を継いでいるのか、確認しようもなかったが、華羅の存在が知らされ、やっと麒麟神からの許可が下りたのだ。

「では、鳳家はまだ存在するのですか。」

「うむ。私しかその場所は知らぬが、確かに存在している。」

「一体どこに!」

「落ち着け。」

相手は陛下であるのに、つい理性を失って、宇航(ユーハン)は食いついてしまった。

「鳳家はここにいる。」

机の上の地図のある場所に、指を置いた。

それは玄有と蒼有の間、黄有から東北の山だった。

「ここにいることだけは、分かっているが、正確な場所までは、特定できていない。ここは近くの村人からも、禁忌の山として立ち入ることを恐れられる場所である。」

「確かに、ここは私共も入ることはありません。入った者は帰ってこないからです。行方不明が続いて、調査に赴いた者の消息も不明でございます。それ故、禁忌の山と恐れられ、近寄る者は皆無かと・・・」

蒼領主が陛下の言葉に注釈を加える。

確かに、禁忌と言われる場所ならば、身も隠しやすいだろう。

「何故そうまでして鳳家は身を隠しているのですか?そんな地にいては、今のように不測の事態にも対応出来ないのでは?事実、鳳家の血を継いでいる蘭花の嫁入り先すら、把握出来ていなかった。もし把握していれば桜綾(オウリン)の存在も気がついていたはず。」

白領主がもっともなことを言う。なぜ琳家から嫁いだ蘭花の情報が鳳家に伝わらなかったのか・・・

「それについては、鳳家に直接聞くしかない。朕にも分からぬ。麒麟神はこうも告げられた。鳳凰の復活も近いと。しかし、それは新たな戦いの始まりだとも。得体の知れない何かが国にうごめいていると・・・」

「どう言う意味ですかな?もしや、何かよからぬ事が起こると言うことですか?」

玄領主が陛下に尋ねるが、

「朕にも分からぬ。それ以上の話はされなかった。朕も麒麟様にお尋ねしたが、今は時ではないと、おっしゃるだけであった。」

つまり、鳳凰の復活は近いが、何かしら不穏な動きもあると言うことか。それに、何かが存在していると。そうとなれば、陛下が皆をここに呼んだのも納得だ。その新たな戦いが何を意味するのかは分からないが、麒麟神がそう話したのなら、小さな諍いではないだろう。

「それを防げという事なのか、戦えと言うことなのかすら、分からないのでしょうか?」

宇航(ユーハン)がそう聞くと、

「全ての鍵は桜綾(オウリン)、そして鳳凰の復活にかかっているという事だけは、確かだ。鳳凰が復活すれば、全ては明らかになるであろう。しかし、朕にも鳳凰の力については、把握仕切れていない。謎も多いままだ。そこで宇航(ユーハン)よ。桜綾(オウリン)を連れて、かの者達が隠れている場所へ赴いてはもらえぬか。桜綾(オウリン)が本当に鳳凰の巫女であれば、山の中で危険な目に遭うこともなかろう。」

「しかし、朱領主まで行方不明になれば、それこそ国の一大事。ここは慎重を期すべきかと。」

白領主はそう言って宇航(ユーハン)が行く事を止める。

「そうは言っても、鳳凰の謎が解けねば、巫女として力が発揮出来なければ、何か起こったとしても対処のしようもなかろう。それに、危険だと思えば、朱雀神の力をお借りすることも可能であろう。桜綾(オウリン)とて、我らより朱領主の方が、信頼できようて。」

玄領主が反論する。

「皆さん、落ち着いて。判断は宇航(ユーハン)様がされること。私共がもめても、仕方ないではありませんか。」

蒼領主が間に割って入る。そして視線全てが宇航(ユーハン)に注がれた。

「朱雀神から桜綾(オウリン)を託された以上、彼女を守るのは私の役目と心得ております。しかし、桜綾(オウリン)は自分が鳳凰の巫女だということは知りません。話して、桜綾(オウリン)がどう出るのかは私にも分かりかねます。まずは、朱有に戻り、桜綾(オウリン)に事実を話すことが先決かと。覚悟を決めるにも、時間が必要でしょう。勿論、説得は致します。桜綾(オウリン)自身が行くと決めたなら、私が同行いたします。」

宇航(ユーハン)は鳳家に行く事よりも、桜綾(オウリン)に事実を話すことに戸惑っていた。

(桜綾(オウリン)が秘密を私に打ち明けたときも、こんな気持ちだったのだろうか・・・)

真実を話さねば、困るのは桜綾(オウリン)だろう。何も分からないまま、能力が覚醒すればどうなるか分からない。宇航(ユーハン)も対処しようがない。

真実を隠しておくのは、ここまでが限界のようだ。

「では、この件は宇航(ユーハン)に任せる。しかし、そう時間はないことだけは理解しておいてくれ。鳳家へ出向く際は必ず朕に知らせよ。」

「承知いたしました。では蒼領主、申し訳ないのですが、その山の詳しい道順や出来事を教えていただけますか?」

そこからは、蒼領主が主体で話を進める。

かの山は逢浪山(ほうろうざん)と呼ばれ、昔は神山としてあがめられていた。

山には神が住み、その周りの村を守っていると信じられていたからだ。地元信仰とでも言うような類いのものだ。

しかしいつの頃からか、山に入山した者が、次々と行方不明になり始めた。

地元の人間は山の神が邪神になり、人を喰っているのではないかと、噂し始めた。

山に入った者は誰一人、戻ることはなく、近隣の村から蒼領主に捜索の願書が出された為、何人かの調査隊を送ったのだが、未だに戻ってきてはいない。生死すら不明だ。

蒼領主自身も調査へ向かおうとしたが、部下達に止められ、詳細が判明するまで、立ち入りを禁じた。

蒼有から北、蒼湖の先にその山はあり、唯一山へ入る道に山守が配置され、入山を規制している。

それでも、行方不明者は後を絶たない。逢浪山(ほうろうざん)には貴重な薬草が手に入る場所だからだ。

道ではない場所からの侵入までは防ぎようがない。

そのせいで正確な人数までは分からないが、現在まで分かっているだけで52人が行方不明だ。

それも訴えが出てからの人数なので、もっと多いはずだ。

だが蒼領主からの許可さえあれば、入山も可能だ。闇雲に探したところで、すぐに見つかるとは限らない。

道があるのなら、そこから侵入するのが一番良いだろう。

「山の入り口までは、私が責任を持ってお送り致しましょう。」

「助かります。では、一度朱有に戻り、桜綾(オウリン)と話した後に、こちらの出発日をご連絡いたします。」

どれぐらいの人を連れて行くべきか、食料はどれくらい必要か、山は気候も変わりやすい。

隠れている場所の目印でもあれば良いのだが・・・

「鳳家が隠れている場所の大まかな目印でもあれば良いのですが・・・」

「確かに、山と言っても広いですからね・・・」

宇航(ユーハン)と蒼領主がそのことで頭を抱えていると、

「華羅を同行させよ。もし、鳳凰と同じ特徴を持つ者が桜綾(オウリン)の側にいることが必然だとすれば、何かしらの役には立つはずだ。」

陛下がそう提案した。

つまり、現地へ行って見る以外、方法はなさそうだ。

「承知しました。では、他に話がなければ、ここで失礼させていただきます。一刻も早く、朱有へ帰り、話をしなくてはなりませんので。」

「うむ。良かろう。報告を待っておるぞ。」

陛下がそういうと、皆が一斉に立ち上がり、宇航(ユーハン)を見送った。

扉の外へ出ると宦官の一人が、廊下の隅で提灯を持って立っていた。

そこまで歩いて行くと、王座の間まで案内をしてくれた。

そこで待っていた夏月(カゲツ)と合流すると、来た道を戻り、屋敷へと向かう。

そこからは休む暇なく、朱有への道を急いだ。


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黄仁の花灯り 鳥崎 蒼生 @aoitorisaki

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