海鐘島に竜が出現し、討伐目的で雷人らが出撃して三日が経過した。

　あれ以来、敵の襲撃は一度も発生しておらず、海鐘島人類圏はほぼ日常を取り戻していた。

　ごく少数の人間を除いて。

（金塊は金色の絵の具。黒いゴムは黒色の絵の具。私の魔力で二つの色を混ぜ合わせるイメージで）

　第一師団隷下部隊の一つ。第一魔導連隊に所属する金城美鈴伍長は、金塊とゴム。性質が全く異なる二つの物質を、融合魔法で一つの物質に合成する。錬金術を彷彿とさせる実験作業に取り組んでいた。

　軍が採用している、市街地迷彩服を美鈴は着用していた。

　背中の中ほどまである黒くて艷やかな髪は、軍の規定に従い一本の三つ編みにまとめてある。

　茶色の虹彩の目で二つの物質を見つめる美鈴だが、その心の内は非常に不安定であった。

　金塊とゴムを絵の具に見立てる想像は、画力はともかく、雷哉が絵を描く事を趣味にしている影響である。

　名誉の為にも、恋人の絵の実力は伏せて置くとして、雷哉が絵を描いているのを隣で眺めながら同じ時間を共有する。美鈴と雷哉は、二人きりの時間の多くをその様にして過ごして来た。

　想像しやすい上に、雷哉との繋がりも同時に感じられる。一石二鳥という事で、美鈴が融合魔法を駆使する際は、絵の具で想像する事がほとんどだ。

　この方法で美鈴は、魔法を高い精度で制御している。新たな魔法の開発や、性質が異なる物質を掛け合わせて、誰も見た事の無い新物質を作り出すなど。

　特に、融合魔法を用いた任務での美鈴の成功率は高く、常に九割以上を維持して来た。一魔連の中で群を抜いて高く、誰も追随出来ていない。三日前までは。

　二つの素材に魔力を込め始めてから三十秒もしない内に、ゴムの方から先に原型を留めなくなっていく。

（きっと無事だよね？雷哉。無事……何だよね？）

　続いて金塊も液状になったので美鈴は、空中に浮かせた二つをそのまま合体させ、融合を試みる。

　しかしそこで、受け入れ難い事実が発作の様にぶり返す。

　傍にいてくれるだけで安寧を覚える。そんな愛しい人が三日以上も消息不明。位置すら特定出来ていないという。

　隣に雷哉がいない。

　この三日間、その現実に打ちひしがれた美鈴の心は砂漠の様に乾いていた。事あるごとに流れる涙は視界を滲ませ、心を悲しみで満たす。

「美鈴！」

　自分の名前を呼ぶ女の声が響いた。

　すでに半ば制御を失っていた融合魔法の魔力と、合成させようとした二つの物質が銃声そのものの音を立てて爆ぜた。

「キャッ！」

　悲鳴を上げながら椅子に座っていた美鈴は、両腕で顔面をとっさに庇う。

　実戦空手を学んでいるだけあって動きは機敏だったが、金とゴムの飛沫をまともに浴びてしまった。