第2話
撃破し
鞘から引き抜く事で、自動的に振動する高振動刃の切先を地面に向け、雷哉は竜を見下ろす。
竜という破壊の化身と高度感。
二つの意味での死を目の当たりにした事で、生存本能が危険を告げる。
脚と心が素直にすくむ。
戦って死ぬ覚悟はすでに出来ていると豪語したところで、実際の死に彩られた景色に直面すれば現実はこんなものだ。
だが、それ以上の恐怖が二つ、雷哉の心中にあるのも事実だった。ここであの竜を仕留めなければ、仲間たちの死が無駄になることが一つ。
「美鈴……」
もう一つの理由を雷哉は呟く。
臆病風に吹かれて取り逃せばやがて、自分の命よりも大切な人の命をあの竜は奪うかもしれない。
現時点において最大の恐怖が、雷哉の心胆を寒からしめる。それが自分のせいとなれば尚更である。絶望しか見出だせない未来など言うまでもなく却下だ。
深呼吸を挟むと雷哉は、断崖絶壁から竜の急所目掛けて跳んだ。
あっ、と言う間に竜の背中が迫る。
「逆噴射ぁぁぁぁぁぁぁっ」
戦士が発した魂からの叫びを、背中の空中機動装置の音声認識機能が感知した。逆噴射機構が瞬時に作動する。
死と隣合わせの状況が極限まで高めた集中力。落下の勢いを殺さない事と無事に着竜する事の、相反する二つをほぼ完璧に両立させる。
竜がようやく敵の接近を察知した瞬間、鋼と同程度かそれ以上の硬さの鱗を、その下にある急所ごと刃が貫く。
「ゴアァァァァァァッ!」
竜の絶叫と黒い血の噴出は同時だった。しかし、竜の命を刺し貫くには至らない。
「ずれたか!?」
雷哉は刃を引き抜く。
更に勢いよく、粘り気と光沢のある黒血が間欠泉の如く噴き出す。毒竜でなければ竜の肉と血に毒性は無いとの事だが、そこは地球外生命体である。実際は何があるか分かったものではない。
竜の血による汚染を防ぐのは装備の防毒機能に任せ、次の一撃を繰り出そうとした時だった。
雷哉の胴体ほどある、強固な鱗に覆われた尻尾の薙ぎ払いが右側から迫る。
頭や胴体に直撃すれば、落命の危険性は非常に高い。運が良くて瀕死の重傷だ。その状態で竜の追撃から逃れるのは絶対に不可能だ。
だが、今いるのは仲間が命懸けで作ってくれた、竜の背中の上という勝機である。
安易に退く訳にはいかない。
「フッ!」
雷哉が強く息を吐き出した刹那。左脚を前に踏み出し、自分から見て尾の左側を上から下に斬り下ろした。すかさず右側を下から上に斬り上げる。
科学という人類の叡智に加え、子供の頃から振るい続けた達人の剣技を前に、竜の尻尾が三つに分かたれた。
「グオォォォォォォォォォッ……」
新たな痛みに悶える竜の叫びは、滝の音を一瞬だけ凌駕する。
「ハアッ!」
左の肉塊は遠心力で左に飛んで行くも、真ん中の肉塊は間違い無く激突する。雷哉はそれを、叫びながらの渾身の峰打ちで叩き落とした。
自身の尾が武器にならなくなった事を悟ってか、竜の尾は力なく地面に倒れた。
これでもう余計な邪魔は入らない。
首長の竜では無いので、火の吐息はここまで届きはしない。
最後の力で飛び上がり、空中で敵を振り落とそうとしたところで、その前にとどめを刺せる。
雷哉は止めの刃を竜の背中に突き立てようとした瞬間、小さいながらも赤い電気の様な物が、竜の全身から発せられている事に気づく。
「しまった!」
本能と直感で危機を察した雷哉は、再び刃を竜の背中に深く突き刺した。更に前後に押し引きする。同時に一瞬だけ、雷哉の背丈ほどに迸る赤雷が、牢獄のように周囲を取り囲む。
火竜と思っていたのは、希少種の赤雷竜だった。
よくよく見てみれば、火竜よりも鱗の赤色は僅かに濃い。赤雷竜の特徴である。
今にして思えば、この竜は一度も火の息を吐いては来なかった。
吐かないのではなく、元より吐けなかったのだ。
赤雷という奥の手を、最後の最後までこの竜は隠していた。
火竜とほとんど姿形が同じである上に、赤雷竜は出現率が極端に低い。
違いに気がつけなかったとしても仕方が無いという慰めは、命懸けでは無い、安全な場所にいるからこそ口に出来る言葉だ。
戦場でそれを口走ったところで、息で岩を吹き飛ばそうとするようなもの。
微塵も現実は変わらない。
雷哉は己の迂闊さを、自らを呪うかの様に悔いた。
「がっ……」
熱を帯びた雷撃が全身を突き抜けて行った。言葉にならない声を上げて雷哉は、竜の背中にうつ伏せで倒れた。
同時に土砂災害の様な地響きを立てて、赤雷竜の体が崩れ落ちる。
強い衝撃が体を上下に揺さぶる。
反動で地面に仰向けで落下するも、その衝撃と痛みを含め、起きている事態をほとんど雷哉は認識出来なかった。
自分の物でなくなったかの様に、体がまるで言う事を聞かない。
「み、す……ず……」
恋人の名を、途切れ途切れに呟くので精一杯だった。
勝つには勝ったが瀕死の重傷を負った。その状況の把握すらままならない。
大の字になって横たわる。
幸運だったのは、落ちた先が水中でなかった事だ。
這って動く事すら出来ない今、三十センチほどの水深でも命取りとなりかねない。
生と死の岐路にいる雷哉に太陽は、何をするでもなく真上から照らしていた。
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