第21話
翌日、レイさんと朝ご飯を食べてからお見送りして、ルカさんの授業に。
ざっと説明されて、昨夜予習した分と合わせて、取りあえず基本文字の学習は2時間ほどで終わってしまった。
「すごいね、優秀だ」
「ありがと、ございます……えへへ」
自分でもこんなに早く覚えられるなんて意外だった。
拡張文字はちょっとまだ覚えきれない。すごく良く使うものを中心に少しだけ覚えて、続きはまた明日。
「じゃ、ちょっと早いけどこれでお終い! お昼ご飯も外で食べちゃおうか」
「はい!」
部屋に戻って支度をする。買ってもらった、ポケットがたくさんついた服だ。中は白いシャツを着て、ポケットたくさんのズボンをはいて、上着はやっぱりポケットの多いベスト。ポケットの中にはハンカチなんかをちょこっと入れた。
なんだか、嬉しい。好きを身につけるって、気持ちがすごく明るくなる。
その時、ベッドの上のぬいぐるみが目に入った。昨夜寝る前にレイさんが部屋にやってきて、「貸してやる」って渡してくれたぬいぐるみだ。すごく大きくて、1メートルはあるだろうか。ぽってりとした大きなお腹の、大鼠のぬいぐるみだった。目は大きな黒いボタンで、耳はちょこんと小さくて、愛嬌たっぷりな顔立ちをしている。
どうして? って尋ねたら、抱きしめて寝ると落ち着く、って。
俺のだから、しばらく貸してやる、あとルカスには言うな、って。
抱きしめなくても多分眠れるって思ったんだけど、「ん」って押し出されたそれを思わず受け取ってしまって、レイさんはそのまま階段を下りていってしまったから、部屋に持って入った。ベッドの上に置いて、……眠る時、ぎゅって抱きしめたら、なんだか頭からうわっと色んなものがあふれ出しそうになって、ねずみのお腹に顔を埋めた。
多分、きっと、実は、割と限界だったんだ。
いろんなことが1度にあった。混乱してた。それでも前を向かなくちゃって、気を張ってた。助けてくれる人がいて、道をちゃんと示してくれて、説明してくれて、もう戻れないって分かって、一応は納得して、帰れないなりの準備を開始、して――でも、心は全然、追いつけていなかった、んだ。
「ん、ぐぅ……」
涙が溢れて鼠のお腹に小さなシミを作っていった。喉の奥がびくびくと震えて止まらない。苦しい。……寂しい。寂しいよぉ、母さん。会いたいよぉ、会いたいよ……!!!
ひぐひぐ変な音を立てて、――声を殺して、泣いた。
ルカさんにもレイさんにも良くしてもらってる。……心配させたら、申し訳ない、もの。
帰らない方が母さんには良いかもしれない、とか、母さんなら私なんかいなくたって大丈夫だ、とか、良い人も居るんだし、とか、全部全部、確かにそうだけど! ……そうなんだけど! でも、だとしても、やっぱり帰りたいよ! ……帰りたいよ……! こんな突然会えなくなっちゃうなんて嫌だよ、母さん!
どれくらいそうしてたろうか。
目の周りが熱くて痛くて、喉の奥もひりひりして、胸の奥はぐちゃぐちゃで、でも、頭の中はほんの少しだけ、スッキリしたような気がした。
ぬいぐるみ、貸してもらえて良かった。ああでも、ちょっと汚してしまった……そう思って服の袖で涙を拭ってぬいぐるみのお腹を見たら、……古い小さなシミがたくさんあった。多分洗って綺麗にしているのだろう。ぬいぐるみからは洗剤? の良い匂いがした。それでも消えないうっすらとした小さなシミが、いくつもいくつも。
ぎゅ、とぬいぐるみを抱きしめて顔をうずめた。温かくて柔らかくて、また涙が溢れてきた。……少しだけレイさんのにおいがした。
どれくらいそうしていただろう。泣きつかれてちょっとだけぼんやりしていたら、小さく戸が叩かれた。「はい」と出たら、レイさんがいた。
とっさに、ちょっとだけ下を向いた。真っ赤な目を見られるのが、恥ずかしかった。
「まだ起きてたか」
「えと……ちょっとだけ、眠れなくて」
「入っていいか?」
「あ、はい。……ぬいぐるみ、ありがと、ございました。ちょっと、汚しちゃって……ごめんなさい」
「別にいい。元々結構汚れてた」
レイさんは手に2つ、カップを持っていた。中からは甘い匂いがした。
「コフェの実を煎じた茶に糖蜜を入れたヤツだ。温まる」
「ありがと、ござ――」
「そんな丁寧じゃなくていい。……これから家族になるんだし」
「……はい。じゃ、その……あり、がと」
満足そうに頷かれてしまった。
並んで座れるのはベッドしかなかったから、取りあえず2人でそこに座った。
カップを受け取ると、レイさんは空いた手で私の目元をちょっとつついた。腫れぼったかった目元が、たったそれだけですっきりした。ま、魔法……!?
「ちゃんと泣けたな」
「う……はい……」
当然のようにバレてた。
コフェのお茶は、ちょっとコーヒーに似た匂いがして、温かくて甘かった。ほっとする味だった。
「突然知らないとこにつれて来られて、帰れないなんて言われて、キツくないヤツなんていない」
「え……と、でも……」
「泣きたい時にはちゃんと泣け。後になるほど泣けなくなって、辛くなる」
言い方はぶっきらぼうだけど、声は優しい響きだった。大きな手がそっと頭を撫でた。大丈夫だって言う見たいに。
「ルカス……父さんも流石に言ってるとは思うけど、うちには母さんはいない。死んだんだ。俺が二十の頃に」
「二十……」
こちらで言うなら、十歳くらい? いやでも、えっと、レイさんは魔力が多いから、……計算すると、七歳くらいだろうか。それは――寂しかったろうなぁ。
レイさんのお母さんの名前はアリスフィアさん。略してアリスさん。迷宮局の局員で、新人さんを魔物から守って亡くなった、のだそうだ。
とても強い人で、レイさんの憧れで、お母さんみたいに強くて人を守れる人になりたくて、レイさんは迷宮局員になったんだそうだ。
すごいな、夢を叶えたんだ。
「そいつは俺が小さい頃、眠れない夜の相棒だった」
ぬいぐるみを指さしてレイさんが少しだけ怒ったように言った。怒ってるんじゃなくて、これは多分、照れている。だって目はとっても優しい。優しくて、寂しい目だ。
「昨日眠れてないだろ」
「そ、んなことも、なくて……一応、ちゃんと寝た、っていうか」
「気を失った、だろ」
知っているんだ。でも気絶した、イコール、寝た、じゃないんだろうか?
……違うんだそうだ。
そっか。眠れてもなかったんだ。食欲はあったし、普通に食べれてたから大丈夫だと思ってたけど――え? あんなんじゃ少なすぎる? 食欲もなさそうだと思われていた? いやいや、食欲は普通でした。
「お前、
……あ、そっか。この国の人にとっての15歳って、ほんっとうに、まだまだちっさな子供、なんだ。私くらいの見た目なら、もっと年取ってるのが普通なんだもんな。
魔力値50を1としてここの人の平均値の100なんだから1/2、150なら1/3の速度で老いていく……だし? だから、魔力値が高いレイさんも1/3だから、45歳のレイさんは約15歳で…………――の割には、レイさんは、見た目はもっと大人だな? あれ? なんでだろう?
んー……なんだかすごく、眠くなってきた。お腹が温かくなったからだろうか。甘いコフェのお茶はコーヒーみたいって思ったけど、覚醒っていうより、弛緩っていうか?
寄りかかってもいいぞ、って、レイさんの声が聞こえる。低くてとても良い声で、聞いてるだけで吸い込まれてしまいそうで、安心出来る、不思議な声だ。
グラグラ揺れる首が、レイさんの腕にぶつかって、呆れた用に小さく笑う声が頭上から降ってきて、そっと頭を撫でる手を感じて、意識がゆっくり落ちていく。
何か考えていたような気がするけど、なんだっけ? なんか、忘れちゃった、……かも……? 頭を撫でてくれる手があんまり気持ち良くて、不安やイヤな気持ちが溶けて消えてしまうみたいだ。胸の中がぽかぽか、温かい。
なんだろう、すごく、満たされる……?
ルカさんも悪い人じゃなくて親切にしてもらって感謝してるけど、こんな風に寄りかかったりは、し
そして目覚めた時は、私はしっかりぬいぐるみを抱きしめて、おふとんの中で眠っていたのだった。
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