亡者の歩く夜
「さ、フードさん。こちらをどうぞ」
「うん、美味い」
「でしょう?では、こちらなんかも」
「おぉ、これも美味いな」
そう言って次々と差し出される皿をちょいちょい摘まんでいく。
それを差し出すラライアの顔は分かりやすく嬉しそうなものなのだが……
うん、味がしない。
そう、あの練習から約5時間。
その時間で僕が行ったのはただひたすらに『無形の剣』の練習だった。
……いや、具体的に言えば剣に限らず、纏った魔力を扱う練習にはなるんだが、そこは重要ではないだろう。
今この場において重要なものは、僕がかろうじてあった自由時間をすべて舌の研究以外に回してしまったということだ。
そのせいで僕は今現在「旨そうにモノを食べるフリ」というこの世で最もむなしい行為を強要されているのだから。
……正直まだ感覚が残っている内に少しでも練習をしたかったのでこの判断が間違っているとはとても思えないんだが……この虚しさを味わうくらいならいつでもできる練習ぐらい後回しにしてもよかったのではと思わなくはない。
「こちらも私イチオシの料理なんです。
そしてよりにもよってなぜこいつは食レポ風に推してくるのだろうか。そのせいでただの肉でしかない舌がさっきから疼いて仕方ないのだ。
一体僕に何の恨みがあるというのだろう。
そう割と本気の恨みを向けながら温かい豆腐のような肉を齧っていると、ラライアは突然笑顔でこちらを向くと、こんなことを聞いてきた。
「さて、ここまで色々食べていただいたわけですが、フードさんはどの料理がお気に召しましたか?」
そうして手で示すのは円卓に並ぶいくつかの皿。お気に召すも何も味がしないんだって……
内心そうげんなりしながらも、僕は『とりあえずは』で考え始めた。
見た目で旨そうなのはいくつかあるが……まがりなりにも全皿一口は食べた身としては一つ放っておけない皿があったのだった。それが……
「……」
「……ほう、これですか?」
僕がゆっくりと指をさしたのはレタスのような野菜に包まれた白くて全体的に丸々とした何かだった。
正直言ってあまり見た目がいいわけではなかったが、あれは食感が特別よかったのだ。
まるでエビの様にぷりぷりとした身、加えて噛むとあふれるジューシーな肉汁。これを口にした時ほど味覚が無いことを後悔したものは他に無かった。
味覚さえあればさぞ記憶に残る味だったに違いない。
あぁ、こんなことならやはり練習の時間を多少削って……
「
……なんて?
そう朗らかな笑顔で言うラライアの表情とは反対に、僕の表情は瞬時に凍り付いた。
……ヒュージワーム?
……ヒュージ=大きい、ワーム=虫、もっと言うなら芋虫
「……………………オェッ」
改めて食卓に見えた白くぷりぷりとした体。
それを見た瞬間に胃をひっくり返した僕を一体だれが責められよう。
「……なぁ、この世界の人間は一般的に虫を食うのか?」
自分のかみ砕いただけの吐瀉物をシャルに取り込ませた後。(なぜか嫌がるようなそぶりを見せていた。そんな機能付けたか?)
僕はテーブルに肘をつき、げんなりしながらラライアにそう尋ねていた。
それにラライアは申し訳なさそうにすると、
「えーと、はい。こちらでは虫は一般的な食材になります。……逆にフードさんのところは食べないんですか?虫」
そんなことを訪ねてきた。
んまぁ、食べないことは無いが
「かなり少数派だな。昔からの風習として虫の幼虫が郷土料理になっているような場所は知っているが、基本的に虫はゲテモノとして扱われる。」
そういうと、ラライアは意外そうな顔をして、
「そうなんですね……こんなにおいしいのになんで……」
そう言いながらラライアはスプーンで白い肉を掬い、口に運んだ。
それに若干引きながらも納得した。
これは、あれだ。サイズの問題だ。あっちの虫は基本的に小さいのが多く、食べるにしても一口サイズがせいぜい。それに比べてこのサイズの虫が居るというのなら立派な食糧にもなりうるだろう。
味の方は……どうかは分からないものの、あっちのダンゴムシもエビの味がするという。こうして一般的に流通している以上やはりそう不味いというほどでもないのではないだろうか。
まぁ、その正体を知ってしまった以上味がどうあれもう食べたくはないのだが。
まぁ、それはそれとして
「そう言うお前達はどれが好きなんだ?人に聞くだけってのはズルいだろ」
僕は頬杖を付きながら、リスのようにもくもくと食べているミティスと、ワインらしきものを傾けていたラライアにそう尋ねた。
「私は……そうですね。ここの料理はどれも好きなのですが1番となると……この幼竜のステーキを上げますね」
そう言ってラライアの向けた視線の先には覚えのある品があった。案の定食感でしか語れないのだが、とても柔らかく、霜降りなのかと驚いたので記憶に残っている。
あれが幼いとは言え竜なのか……少し意外だ。
竜ってのは肉食のイメージもあるし、てっきり肉も硬いものかと思っていたのだが……
「そうですね。成長さえすれば竜の体はガッチリと引き締まり、とんでもなく固くなります。それでも食べる物好きもいるにはいるのですが、まぁ、それはそれとして。まだ幼いうちの竜と言う生物はこれから始まるとんでもない成長のために養分を溜め込むのです。この料理はそんな時期の竜を狩り、豪快に焼いたものですね。この店の特製ソースも美味しいのですが、個人的には塩を推したいです」
なるほど、これは面白い話を聞けた、が。
……何だ?さっきからのこのラライアのテンション。そんなにこの店が好きなのだろうか。或いは食事?どちらにせよ楽しそうで良かった。
その気分を崩させないためにももう少し演技を続けなければ……
そう決意を新たにしつつ、
「ミティスはどうだ?何か好きな料理はあるのか?」
僕はミティスに尋ねた。
ビクン!
それに案の定肩を跳ねさせるミティス。
その後、まん丸と見開いた目でこちらを見つめながらリスのような頬で咀嚼を繰り返して嚥下した後、
「私はこれ、ですかね」
そう言ってミティスが指差したのは生憎と僕の記憶には無い皿だった。
パッと見野菜炒めのようなごちゃまぜの皿。食感としても見た目通りというか何の違和感もなく喉を通ったので、やはりただの野菜炒めかと思っていたのだが……
「おやおや、ミティスは相変わらずですね。それがおいしいのは同意しますがデザートばかり食べていては大きくなりませんよ」
……ん?
ミティスに対してそう微笑まし気に笑うラライアに僕は首を傾げた。
デザート……甘い……甘いのか?それ。その見た目で?その食感で?
「え、えへへ、はーい」
そんなラライアの言葉になぜか嬉しそうに返事を返すミティス。
……とても信じがたいがどうやらこれが彼らにとっての常識らしい。
いやはやなんとも、改めて異世界に来たことを実感させられる。
閑話休題
「ところでフードさん。明日はどうしますか?どこかほかに行きたいところは……というか、ロクにガランダル通りも案内できていませんからね。明日もそこに……」
「いや、明日は他に行きたいところがあるんだ」
ある程度卓上の料理が減ってきたころ。
ラライアが明日の予定を話始めたところに僕はストップをかけた。
「明日はこの世界の宗教関連の場所が見たくてさ、何か良いところはないか……どうした?」
そのまま自分の要望を伝えようとして……そこで詰まった。
あたり一斉、とまではいかないものの、付近に居た客の視線がこちらに集まるのを感じたのだ。
何事かとラライアの方を見てみるが、そのラライアでさえ少し気まずそうな顔をしている始末。
「……なんかまずかったか?」
あたりの雰囲気に少し警戒しながら小声でラライアに尋ねると、ラライアは少し難しそうな顔でこういった。
「……そちらの世界でどうだったかは存じ上げませんが、こちらでその言葉を言ってはいけないのです。……いえ、いけないこともないのですが、」
バンッ
そんな音とともに、店のドアが蹴り飛ばされた。
そして、
「今しがた『宗教』という言葉を確認した。そんな言葉を発した愚か者は前へ。」
黒と紫を基調とした法衣のようなものを身に纏った集団。
その先頭でドアを蹴破ったリーダーらしき人間は高らかにそういうのだった。
どうやら僕をご所望らしいが……そうだな。分かり易くいこう。
「ラライア、あれは殺していいやつか?」
そう尋ねると、ラライアは一瞬驚いた様子を見せた後、
「はい、問題ありません。」
微笑んでそういった。
よかった。どうやら警備機関といったようなまっとうな集団ではないらしい。
そう判断しながら、僕は席を立った。
そして、そのまま男に近づく。
「……お前が我らが教団を愚弄する愚か者か。今なら貴様一人の命をその愚弄への対価としてやろう。さぁ、大人しくそこへ這いつくば」クン
むっちゃむっちゃ
血を滴らせ、肉を、骨を裂く音を響かせながら僕の右腕が動いていた。
その先には巨大化したシャルの顔。
偉そうに講釈を垂れる男に伸び、そのうるさい口ごと頭を嚙み切ったのだ。
「キ、キャァァァァァァァァ!!!!」
その光景に悲鳴を上げる女性客。
その悲鳴を皮切りに背後に居た法衣どもが襲い掛かってきた。
最初の敵は左から。僕の武器がシャルしかないと踏んだ故の行動なのかはわからないが、
バキ、ごりゅ
そう音を立て、刃状になった古遺物が敵の脳髄を貫いた。
「
その遺体から左腕をを抜こうとしていると右腕からそんな声が飛ぶが、
「が、あああああああああああああああああああああ!!!」
……まぁ、右に行けば当然そうなるだろう。
やれやれと右に移した視線には肩を食いちぎられ、叫び声をあげる法衣が居た。
僕が視認しなければ動かないとでも思ったのだろうか。生憎とうちのシャルは優秀なのだ。
そう若干鼻を高くしながら遺体から左手を抜くと、
ドスッ
そんな音を立て、心臓のあたりに矢が立った。
「や、やったぞ!ざまァみろ!!」
その言葉に顔を上げてみれば、法衣たちが蹴破った扉の付近。
僕を射ったのであろうクロスボウを片手に興奮した様子の男が居た。
文字通りに一矢報いたことがずいぶんと嬉しいのだろう。まるで鬼の首を取ったかのように勝ち誇り、嬉しそうに飛び跳ねている。
随分と微笑ましいことだ。……よし、そんな君にはこの言葉を送ろう。
「おめでとう」
そう微笑み(つもり)ながら矢を抜いた僕は胸から噴き出た血を固めて男へ。
「……」
その男は頭を失くしてゆっくりと倒れた。
多分この集団の中で一番幸せなのは彼だろう。
何が起こったか自覚する前に死ねたのだから。
……さて、そろそろ脅しも効果を持つ頃だろうか。
そんなことを考えながら僕は最初に声を上げた法衣の死体を右手で持ち上げた。
そしてそれをこれみよがしに掲げ、
「お前たちが誰かは知らんがまだ来るか?来るなら素材が増えて僕が潤うだ「そこまでだ!!」
圧を掛けていたところで、僕の声にかぶせてそんな声が響いた。
何事かと声の方に顔を遣れば、そこには女性客の喉元にナイフを近づける法衣の姿。
興奮状態にあるのか、汗をだらだらと流し、ここまで聞こえる程短く激しい呼気を漏らしながら下卑た笑みでこういった。
「コイツを殺されたくなければ……分かるよな?」
なるほど人質……この程度の悪党が思いつきそうな常套手段だ。くだらない。
「……私がやりますか?」
そんなことを考えていると、近場のラライアがワインを傾けながらそう尋ねてきた。
本場の無形の剣。それが人間相手に振るわれる光景には少し興味は湧くが……
「任せろ、というか見てろ。僕の練習の成果。」
そう言いながら、僕は両腕の武装を戻しながら両手を上げた。
それに法衣は目を広げると、狂気的な笑みを浮かべ、
「そうだ!それでいいんだ!い、いいか?動くなよ?下手に動けばこの女がぺっ」
まくし立てていた口が突然に閉じられた。
それに戸惑ったのは捕まっていた女性だろう。
なんせ自分をとらえていた腕が突然に離れ、まるで電気を流されたカエルの様に顔のあたりで暴れだしたのだ。
そしてその腕すらも直に動きが弱弱しくなり……
どちゃり
顎と喉の間から頭に穴をあけ、男は倒れた。
指から伸ばした魔力で脳天を貫いてやった結果だった。
上手くやれたようで何よりだ。
「シャル」
そう満足しながらも僕は右腕を落とし、シャルに後片付けを命じた。
随分減った魂もこれで多少は回収できそうだ。……まぁ、この程度の量じゃ焼け石に水にもほどがあるんだが。
そんなことを考えながら席に戻ると、
「流石ですねフードさん。まさかこの短時間でものにされるとは思ってもみませんでした。」
そこには満面の笑みを浮かべたラライアの姿があった。
どうやら僕の腕はラライアの目から見ても満足のいくものだったらしい。
それなら誇らしい限りなのだが……
「どこか問題点は無かったか?」
「問題点……あぁ、しいて言うのなら多少魔力を伸ばす速度が遅いかもしれません。」
「それは……自覚していた。だがこれ以上速度を上げるとなると魔力が漏れやすくてな」
「なるほどなるほど、そうなると慣れ、ですかね。大丈夫です。フードさんならこの程度すぐに上達しますよ」
……なんというか、アレだな。
ラライアとはいえあのレベルの巧者にその分野でほめられるというのはなかなかにむず痒いものがあるのだが……
そんなことを考えていると、
『全トライア市民に告ぐ!今宵は亡者が歩き出す夜だ!外出しているものは至急屋内へ!屋内に居るものはしっかり鍵をかけ、万全の警戒を敷くように!!繰り返す!今宵は……』
突然そんな声があたりに響き渡った。
亡者が歩く……これが僕が疑われたアレだろうか。だとするのなら、死体が動く原理を含めて一度見ておきたいとは思っていたのだが……
「なぁ、ラライア」
「……フフッ、それ以上言葉にする必要はありませんよ。貴方は行くのでしょう?」
そう微笑むラライアに僕は首肯で返した。
「ではお気をつけて。市民の皆様は私とミティスでお守りしますからこちらはお気になさらず」
……実はシャルを置いていこうか少し悩んでいたんだが……そういうことなら遠慮なくこっちに戦力を回させてもらおう。
もとよりラライアを心配する必要などなかったのかもしれないが。
「行くぞ、シャル。」
死体をむさぼり肉と血をため込んでいたシャルにそういうと、シャルは右腕になって帰ってきた。
その分の重みが腕にかかるが、そんな重みは今の僕にとって命綱の太さに他ならない。
その重みを体に取り込みながら僕は扉の取っ手を掴んでこういった。
「悪い、ちょっと行ってくる。」
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