第7話

「只今より、当主継承の儀ののち、依り代の儀を執り行う」


チガネは両手を左右反対側の袖口の中に入れ、その腕を前に突き出し、

腕の輪の中に頭を少し入れた。

そして暫くの間、奥の高座に座る当主母上に黙礼すると、顔を上げ、

ゆっくりと歩みを進める。

左右一列、縦に並ぶ使用人達は首を垂れながらも、チガネの姿をぎょろりとした視線で追う。


あの日からチガネは療養と並行し、新しいお目付け役となった【№十三】と名乗る少女との計画を練った。


「チガネ様のお強い意志は受け取れますが、正直-…無謀では?」

「……そんなことわかってる。

私は非力だよ。

何の力も持ってない只の子供で、それでもこの一族を根本的に潰したいと思ってるんだから」


チガネは眉間に皺を寄せると、膝に置いた拳を血が滲む程に強く握る。


「……何かお考えがあると?」


少女はそう言うと、チガネをじっと見つめる。


「母上様は私が今の状態から完璧に回復したら、貴女へ【依り代の儀】を執り行うと言ったのよね。

その状態を判断するのは母上様なのか、貴女が判断して母上様に報告するかによって話が違ってくる。

現に母上様は貴女を私のとして傍に置いたでしょう?

梢……前のお目付け役は私のことを逐一、母上様に報告していたようだったわ」

「チガネ様の見解は合っていますよ。

只、一点だけ相違があります」


少女はそう言うと、眉を寄せるチガネを横目に言葉を続けた。


「当主様は直接チガネ様には干渉はしない代わりに、ある人物が最終的な裁定を任せられています。

目付け役である私から、その者にチガネ様の現状を報告し、儀が間違いなく公平に執り行えるか。

裁定の判断によって、当主様が結果的に許可を下します」


チガネは驚いた様に目を見開く。


「儀を行うか否かを決めるかは母上様ではなく、その人物ってこと…?

それじゃあ、その者がこの屋敷の当主である母上様と同等の権限を持っているということになるじゃない!

そんな人物が居たなんてー…」

「権限が当主様と同様かは私には判りかねますが、信頼を置かれているのは間違いないでしょうね。

古くから一族と親交があるから、重要な役割を担うことになったのだろうとご本人は笑っておられましたけど」


少女はそう呟き、独笑した。


「…その人物とえらく親しいのね」

「まぁ、お目付け役になる以前から知っていた人物でしたからね。

彼…いや、彼女といえばいいのか分からないのですが、能面を常に付けていて素顔は私も見たことはないのです。

親に売られ、この屋敷に来た孤児達に自らの立場とこれからの事を当主様の代わりに説明して下さった方だったので。

確か、チガネ様の婚礼の儀に参列もされたとか。

聞いてもないのに一方的に私に話して来た記憶はあったもので、もうチガネ様もご存じだと思っていました」


能面を被った人物なんて居ただろうか、とチガネは自身の記憶を辿る。

身重な白無垢に上手く身動きも取れず、綿帽子の隙から唯一隣に座る男を見ることができたのだ。

周りの参列者等、確認する隙など無いも等しかった。


「あ…」


チガネは小さく声を洩らす。

参列者の多くが、高砂に居るチガネに対して祝いの言葉を述べに手酌片手に来訪した。

同じ様な祝いの言葉にうんざりしていた時、今まで聞き覚えのない男性かも女性かも判断しにくい声音がし、驚いたと同時に一度だけ顔をあげた。

翁の面を付けた物腰の柔らかそうな人物だったとそのときまで忘れていた記憶の断片を思い出した。


「翁の面をした人物なら、顔を合わせたかもしれない…」

「あぁ、その人の可能性が高いかもしれません。

翁の面をしているところも見たことがあります。

狐面や時には小面の面をしていることもあるので、性別がわからんのです」


少女は困ったように肩を竦めた。


「その、翁の面をした者が母上様と私のお目付け役である貴女の仲介に入っている、ということね。

…直接交渉なんてしたら、貴女の立場が危うくなるでしょうね。

それに他の屋敷に居る依り代となってしまう可能性の子達も何をされるか判らない状況下で下手に目立った動きは出来ない、か」


口元に指の第二関節部分を触れさせ、少し考えるようにチガネは口を閉ざす。

そんなチガネを見て、少女は感心したような顔を浮かべた。


「チガネ様は年の割に、時々お考えが大人びているときがありますね。

流石、になられるお方ですね、学がそこら辺の童とまるで異なってらっしゃる!」

「…嫌味ぃ?」


チガネはふっと笑うと、少女の方を視線を向ける。


「一応は褒めています。

いつまでもべそべそと弱音を吐き続けられる様な方だったら、そんな方と一緒になんていう博打みたいなこと出来ませんから。

安心したんですよ、チガネ様とならやってのけてしまえるんじゃないかと」


チガネと少女は互いに顔を見合わせ笑った。


その後、少女経由で翁の面の人物に(チガネは体調面は回復は見込めたものの、知時折、精神面の不調が目立つ様に見受けられる)という偽りを少し含んだ旨を伝えた。

それが功を奏したのかは分からないが、当主継承の儀含め、依り代の儀に一年もの猶予期間が設けられた。

その期間、依り代が必要となる様な事象が起こらないように他者との接触はもちろん、チガネに接触出来るものは目付け役である少女のみとし、自室から極力出ないことを徹底した。

そのことについて当主である母親も異議を唱えることもなく、順調にその日に向け、チガネは少女と計画を練ることが出来た。

屋敷の詳細な構造、依り代として捕らえられている孤児達の牢の場所。

逃げ道。

本来、当主になってから知りえることが出来たであろう一族の歴史や罪と罰。

それが記されている資料については入手が難しいと思っていたが、少女が難なくチガネにその資料を開示することができていたということは、翁の面の人物が上手い具合にチガネの母親や従者、使用人に誤魔化してくれていたのかもしれない。


「てっきり、翁の面の人は母上様側だと思ってたけれど、意外と私たちに協力的なのかな…?」

「んー…どうでしょう。

チガネ様と私が目論んでいる計画を知らないですよ、あの方は。

只、チガネ様がご当主になられるからか勤勉なんです、と少しチガネ様の現状報告の際に、言葉を仄めかしてみたのです。

そうしたら、自由に閲覧していいですよって、資料を持たせて頂ける様になったんです」


チガネは和綴じされている本のページを捲りながら、少女の言葉に耳を傾ける。

何故、翁の面の人物がチガネ達に協力的なのか、と考えに至ったのか。

畳に積まれている本のすべてが、当主しか入れないと思われていた部屋にあったものなのだろう。

仮に翁の面は鍵を少女に渡したとしても、ずっしりと重い錠が掛かっている扉を開くことは容易ではないと判断し、わざわざ少女に手渡している。ということだ。


「正直、あの方が何を考えているのかは私でも分かりません。

でも、この屋敷の中でチガネ様の次に信用はしてます」


少女はチガネの浮かない顔をしていたのを察してなのか、そう口にする。


「此処に連れて来られ、目付け役としてチガネ様に出会うまで、親身に世話を焼いてくれている唯一の方なので。

大体の此処に居る孤児の親代わりみたいな存在に近いかもしれませんね。

まぁ、私はという存在にいい思い出を持ち合わせてないので、容易に親代わりなんて思えませんがね。

そうですね…に近しいかもしれません」

「…一度しか会ったことはないけれど、貴女の話を聞いていると信頼できる人なのね。

その翁の面の方って」

「依り代になったら死んでしまう可能性がある存在なんだよって、驚愕する様な事を子供相手に躊躇なく言う方ですけどね。

でも…その分優しい言葉や恐怖や不安を訴える子供に寄り添って話も聞いてくれる方なので、私や他の子供達は慕ってるんです」


目を細め、少女は顔をほころばせる。


それがのちに、その人物の為なら命を捧げるのも厭わないというようなに近い出来事がチガネの身に起きるが、そのときのチガネには予測などできるはずもなかった。


月日が流れ、チガネ達二人が構築した計画を遂行する日が決まった。

屋敷内は当主継承の儀に向けて、慌ただしく使用人達が駆け回っている。

チガネは自室の姿鏡の前で、当主継承の儀に着用する着物に袖を通していた。


「チガネ様、眉間に皺を寄ってますよ?

そんな怒った顔してたら、気づかれちゃいます」


少女は帯の結び目を整えながら、チガネに小言を呟く。


「貴女が帯をきつく締めるから、苦しくて皺を寄せてるの!

もう少し、優しくしてよ。

これで腰が折れたら、貴女のせいにするからね」

「ふ、言う様になりましたね」


少女は最後の仕上げと言わんばかりに、結び目を手で軽く叩く。


「…綺麗ですよ。とっても」


鏡の中でチガネと少女の視線が交わる。

チガネは頬を少し赤くすると、視線を外す。


「どうせ、戯れでしょう…?」

「さぁ? …いよいよ決行ですね。

怖気づいてませんか?」


チガネはぐっと拳を握る。


「ねぇ、もし此処を出れたらさ…私のお願い聞いてくれる?」


絞り出すように声を出すチガネに、少女はゆっくりと頷いた。


「…いつか言おうと思ってたのよ。

でも、機会がなくて貴女に言えなかったけど…」

「はい」


チガネは一息つくと、意を決したように少女の方に振り向く。


「敬語じゃなくて、もっと砕けた話し方して欲しい。

様とかじゃなくて、チガネとかチガネちゃん…とか」


少女は息を吹き出すと、肩を震わせながら笑う。


「ふふっ、思い詰めた様な顔をするからどんな深刻な話かと思ったら…ふっ、くく…」

「もう…!そんなに笑わないでよー」


チガネは頬を膨らませて、腹を抱えて笑う少女の背中を叩いた。


「ふふっ、ごめんごめん。

というか、もう敬語じゃないや。

…チガネ、私もお願いある」


少女はチガネの両手を握ると、微笑む。


「私にをつけて。

椿みたいな素敵な名前、考えといて」

「…椿は自分でそう名乗ったんだよ?」

「じゃあ、きっとチガネにそう呼んで欲しかったんだろうね。

私はこれからチガネに呼んでもらえる名前が欲しいんだよ、もし死んだとき名前があってそれを呼んでくれたら嬉しいから…」


チガネは目を丸くし、「…わかった。考えとくね」と、少しだけ恥ずかしように笑みを浮かべた。


着物を着たのち、化粧を施す為に鏡台の前に腰かけた。

髪を結い、白粉を塗り、眉墨で眉を描く。

最後に紅を唇に塗った。

紅を施した筆を鏡箱にしまうと、チガネは立ち上がり、当主継承の儀が行われる大広間に向かう為に、引手に手をかけた。


「…母上様が持っている当主しか持ち合わせていない歯車の呪具を奪う。

その為に母上様から当主を継承される必要があるわ。

継承の儀には屋敷の全使用人、関係者が必ず集まるから、そのタイミングで…

当主になって、


歯車の呪具は死者を葬礼である【送り火】を行う際、その形は変わるらしい。

普段は身に着けられるほどの小物の様になっている歯車は、大きさは自在に変えられるが、最大直径24メートル程の大きさになる。

大量の炎を纏った歯車は、その炎で死者を焼き尽くし、死者の世界デッド・オブザワールドへと誘う―……


呪われた一族の因果を断ち切る為に。

そして…


チガネは決意を胸に顔を上げ、真っ直ぐ前を見据えた。



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デッド・オブザワールド外伝 【ある少女たちの呪縛】 ShinA @shiina27

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