第41話『異世界転生』

「……私が隠してること、ってなにかな?」


 メノウの表情が微笑みになる。

 しかし、目の奥は笑っていない。

 幼馴染の俺にはよくわかるが、これは「それ以上踏み込んでくるな」ということだ。


 しかし、踏み込むしかないが……。

 いきなり俺が思っていることの答えから言っても、否定されるのがオチだろう。


 俺がメノウを疑うに至った、根拠から話していこう。


「まず最初に怪しいと思ったのは、さっき電話して、ネットでの情報収集を頼んだ時だ。あの時、お前と話したあと、刻印が縮んでた」

「……それは、何かの偶然じゃないの?」

「今実験してそれ言うか? まあ、偶然でもいいよ。一旦な」


 そして、俺は一息ついて、次に用意していた証拠を話す。


「ウエディングドレスの女は、ただ異世界の連中を追い返せと言ってたわけじゃない。その後に何か、展望がある口振りだった。追い返すのは、目的じゃなくて手段ってことだ。この刻印は、その目的を俺に果たさせるための手段。てことは、これがお前に関係している以上、お前に何かをしなくちゃいけないってことになるはずだろ」


 メノウは黙って俺を見つめていた。

 感情が消えているわけではないのは、俺の左腕で徐々に伸びている刻印から察しがつく。


「……私には、覚えがないけど?」

「なら、これはどうだ? 


 俺の言葉に、メノウの肩が跳ねる。


「お前とデートでハニービーに行った時。あそこで出てたのは、異世界の料理だった。なのにお前は、俺らにとって本来未知であるはすのスパイスの名前を言ったな?」

「……聞き間違いじゃない?」

「いいや。だとしたら、正確に俺が発音できるわけがない。俺はそんなスパイス知らないんだからな。ネムに聞いたが、あっちだと魔物が好んで食べるスパイスだそうだ」


 先ほどネムに聞いたのは、それだ。

 ハニービーの中に、メグフェポンという材料を使ってる料理はあるのか、と。


 そしてそれは、コレットスープという、スパイスで肉を煮込む料理に欠かせないものだと言っていた。


「つまり、お前はレンが現れる前から、異世界の文化に詳しかったことになる。……これはなんでだ?」


 これらすべてを偶然では片付けられない。

 もしそれが可能なら、俺はこの事件の解決を神から諦めろと言われていると受け取るだろう。


 黙ってメノウを見つめ、俺はやつの言葉を待った。

 まるで好きでもない味の飴が、なかなか口からなくならないような、やたら居心地の悪い時間が流れる。


 そして、雨がぽつりと一滴落ちるように、メノウは一言。


「すごいね、花ちゃん」


 と、悲しげに笑った。


「じゃあ、やっぱお前。あの女に関係あるのか」

「『お前がウエディングドレスの女だろ』って、言わないんだ?」

「俺は、一度信じたやつを無闇やたらに疑ったりしない。よくわかってんだろ? お前がこんなことするようには思ってねえ」


 真っ黒に染まった左腕を叩き、メノウに微笑んだ。

 すると、肩まで伸びていた刻印が二の腕ほどまで縮む。


 諦めたような、力の無い笑みで、メノウは頷いた。


「私も、ウエディングドレスの女の正体は、さっきまでわかってなかった。でも、花ちゃんの話を聞いて、察しがついたよ。……多分、ウエディングドレスの女は、私のお母さん」

「お母さん、って。メノウのお母さん、あんな感じじゃなかったろ」


 メノウのお母さんは、俺も知っている。

 なんの仕事をしているかはよくわかってないが、外国に行っていて、たまに帰ってくるし。

 俺も可愛がってもらっている。


「お母さんって言っても、前世のお母さんなんだ。私、異世界転生してここにきたの」


 異世界転生……!?

 いや、転移があるなら、ありえるのか?


「私は昔、レンさんとネムさんがいた世界にいて、そこで死んじゃったの。


 お母さんが、多分ウエディングドレスの女って花ちゃん達が言ってる、エーリカ・ナアプテ・ステラ。

 お父さんが、ハマナス・フラーガ・フラデマリン。


 魔王の候補者と、フラーロウ王国の第二王子だったんだ」


 前世のメノウは、随分とハイブリットだったらしい。

 すごい血筋だ……。


「二人は戦場で出会って、そのまま意気投合。

 どっちも戦争を止めたいっていう気持ちがあったみたいで。


 お母さんは魔王に、お父さんは王家に、それぞれ戦争をやめようと直談判したけどダメだったみたい。

 まあ、その時点で随分長く戦争が続いてたみたいだし。

 今更やめられなかったんだろうね。


 王様と魔王の許しを得られなかった二人は、戦争をやめさせようと、今度は民衆を味方にしようとしたんだけど。


 それも失敗。

 旅の途中で私が生まれたんだけど……。

 結局、私はいろんなところを転々としたもんだから、流行り病にかかって、死んじゃったの」


 王族故の世間知らずというやつか。

 それとも、夢にかまけて子供に構うことができなかったのか。


 どちらにしても、メノウの話を聞いてると、二人の行いこそ立派だったが、地に足がついていないという感想になってしまう。


「まあ、二人とも、なんだかんだと、蝶よ花よと育てられてきたんだろうし。しかも、どっちも姉と兄がいて、自分は責任を一番には負わない立場だし」


 厳しい意見を言うメノウではあったが、しかしその表情は懐かしそうだった。


「……恨んでたりとかは、しないのか?」

「まあ、ね。最後、私が死にそうな時。お父さんとお母さん、泣いてたから」


 俺は親の愛というやつがよくわからないが、メノウが死ぬ時に泣いていたというのなら、きっと二人はメノウを愛していたのだろう。


 愛されずに死んだのなら、恨みもするだろうが。

 しかし、愛されて死んだのなら、その涙には、恨みがあろうと洗い流す力があるはずだ。


「お母さん、最後に言ったんだ。「もし次かあるのなら、今度は幸せになって。普通の親の元で、普通の友達に囲まれて、普通に生きて」って。多分、それが花ちゃんとした、約束なんだと思う」

「……だとして、俺はいつ、そんな約束を、ウエディングドレスの女――エーリカとしたんだ」

「私にもわからないけど。多分、私と花ちゃんが出会ってすぐくらいじゃないかな」

「俺とメノウが、出会ってすぐ……」


 思い出そうとしてみたのが、何故か記憶が出てこない。

 思い出せないのではなく、記憶にないと思えるほど、俺の記憶の奥底はまっさらだった。


 ……レンとの事も忘れていたし、その頃に何かあったのか?


「覚えてない? 私、小さい頃、体弱かったの。花ちゃんとは、病院で会ったんだよ。花ちゃんは、なんかの予防接種とか言ってたかな」


 全然ピンと来ない……。

 おかしい、おかしすぎる。

 ここまで言われたら、普通思い出すだろ?

 なんで、出てこないんだ?


 俺は、思い出さない頭を罰するように、頭を掻きむしる。


「まだ出てこないの……? 花ちゃん、私との出会い忘れた……?」


 悲しそうなメノウ。

 というか、絶対に悲しんでいる。

 何故なら、腕の刻印がジワジワ伸びているから。


「あぁぁ待って! マジで待って! 俺が悪いんだけど、お前が悲しんじゃうと呪いが進行するから!?」

「あっごめん。……でも、これは花ちゃんが悪くない?」

「そうなんだけど! でも、不自然なくらい思い出せないの!」

「うーん。なんでだろう。……私が勇者権能もらっちゃったのが、なにか関係してるのかな?」


 顎に指を添えて、首を傾げるメノウ。

 ……ちょっと待て。


 今なんて言った?


「お、俺が勇者権能を、お前に渡したのか!?」

「えっ。それも覚えてないの? ……私、身体能力強化を、花ちゃんからもらったんだよ。当時、手術しないと死んじゃうって言われてたんだけど、私にはその手術に耐える体力がなくて。だから、その体力の都合をつけるために、花ちゃんは勇者権能をくれたんだ」

「あっ」


 その時、エーリカの言葉に感じていた違和感の一つが、頭の中で弾けた。


 エーリカは言っていた。

『キミには、無限魔力と心造兵器があるじゃないか』と。


 あの時、ちょっとだけ違和感があった。

 勇者権能は、三つだ。

 俺がレンとネムに権能を渡したことを知らなかったのなら、そこに身体能力強化が並んていなくてはおかしい。


 ということは逆に。

 やつは、メノウに身体能力強化をあげたことを知っていることになる。


 ってことは……その頃から、やつは俺たちのそばにいたってことになるだろう。


「あ、思い出した?」


 しかし、メノウは俺の違和感が解けた反応を、思い出したのだと勘違いして、嬉しそうに笑う。


「いや、悪い。違うんだが。少なくとも、約束はその頃にしたのは、確信できた」


 身体能力強化に、もしかすると記憶に紐づく何かがあったのかもしれないな。

 記憶力とか、そういうのも、当時の俺は恩恵に預かっていたのかも。


 そう考えれば、俺が勇者権能のことも、自分が勇者の血筋ということも、忘れていてもおかしくはない。

 これはあくまで仮説の域を出ないが。


 だが、今の俺には、そんなことより気になることがある。


「……てかさ。俺、今から超デリカシーのないこと言っていい?」

「この状況で……? 私が言うのもなんだけど、すごい大事な場面じゃない?」

「だが、どうしても気になる。……勇者権能って、どうやって渡したの?」


 すると、メノウは顔を真っ赤にして俯いた。

 あぁぁぁやっぱり!!

 キスしたんだ! 俺、メノウともキスしたんだ!?

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