第39話『魔王権能』
「ま、魔王って。ネムじゃないの?」
俺は混乱する頭をなんとか整理しつつ、一番聞きたいことをなんとか言葉にできた。
「そう、魔王は私。……勇者に勇者権能があるように、魔王にも魔王権能があってね」
「それってどんな力なんだ?」
「簡単に言うと、魔物への優先命令権。魔物の血に作用して言うことを聞かせるのと、防御障壁。勇者の攻撃以外の攻撃が、通りにくくなるって感じかしら」
「へえー。勇者の攻撃以外、ってことは」
「ええ。お姫様のターコイズ以外、私を傷つけることは難しいわ」
「……え、今なんでその話を?」
確か、ウエディングドレスの女が魔王かも、って話だったよな。
その魔王権能なんて、あの女使ってたっけ?
「あの女、勇者の心造兵器を持ってるお姫様を警戒していたわ。勇者の心造兵器は魔王以外には強い武器以上の意味がないから、あれを警戒する以上、魔王の可能性が高まるってこと」
「自分を万が一にも殺せるかもしれない武器持ちだから、警戒してたってことか?」
「ええ。おそらく、本来であれば私達を相手にしても、負けないと思ったんでしょうけど。今死ぬわけには行かなくて、私達の全力を前に逃げたんでしょう。無限の魔力を注ぎ込んだんですもの。躱すなんて博打をせず、逃げると思っていたわ」
「でも、それだけだと根拠弱くねーか?」
「もちろん、根拠はそれだけじゃないわよ。あの女、ブーギーを催眠にかけたでしょ? 催眠の魔法はそもそも難しいのよ。私だって簡単にできるもんじゃないわ。だっていうのに、あの女。いとも簡単にやったらしいって、ブーギーは言ってたわ。おそらく、魔王の優先命令権を使ったんだと思う」
また、小さくエンジン音が鳴った。
おそらく、そうだそうだ、というような意味だろう。
「そんな簡単に催眠魔法がかけられるわけがない。あれは場を整えて、準備して、なお成功するかっていうレベルのものだから」
理路整然としたネムの話に、俺は大分、あのウエディングドレスの女に魔王としての力があるのだと納得していた。
「でも、魔王だとして。今、向こうの世界でも魔王目指して強い魔物が群雄割拠なんだろ? それと同じように、目覚めた魔物だったりしないか」
「魔王権能が目覚める魔物は、血縁者に目覚めるのが多いのよ。勇者権能と同じ。だから、本来私以外に、魔王の資格を持つ魔物はいないはずよ。いま向こうの世界で争ってる魔物たちは、私の下につきたくないってだけで、資格はないの」
「じゃあ、なおのこと、やつが魔王である可能性低くないか?」
「でも、魔王じゃないと、説明がつかないことばかりよ」
そのようだけども……。
なんだか認めるのが怖くなったが、とりあえず、ネムがそう言うなら信じよう。
いまのところ、否定する理由もないし。
「“ヘイヴン”中毒者達、退治完了しました!」
と、話の切れ目に、レンが戻ってきた。
背後を見れば“ヘイヴン”中毒者達が、駐車場のど真ん中で簀巻きにされて重ねられている。
……売り物の野菜のようでもあるな。
「ありがとう、レン。さすがに、ジャンキー程度、なんてことないな」
「もちろん! 私、これてもフラーロウ第一騎士団団長なので!」
よほどそのことが誇りなのか、何回も言う。
正確に凄さはイメージはできないが、どんなところでも“長”とついている立場になるのは大変だろうからな。
誇るのも仕方のない話だ。
「それで、何の話をしていたんです?」
「あぁ。それは……」
俺は、先程ネムと話していた、ウエディングドレスの女が魔王であるという疑惑をレンにも共有する。
「なるほど。あの人から感じる魔力量、確かに魔王というのなら、納得です。魔王になら、私の剣も、まあ躱せるでしょう」
何故か、ホッとしたような様子のレン。
もしかして、前に剣躱されて、俺がレンって思ったより弱いのでは? と言ったことを気にしているのかもしれない。
それにしても、念押しすぎな気がするが。
「それに、改めて見ると、なんだかネムノキさんに似てましたし」
「あ、それ俺も思った」
「……そうかしら?」
俺とレンは「あの切れ長の目が似てるよな」とか「顎のラインなんかも似てますよ」と、ウエディングドレスの女がネムに似てるという話をしていた。
しかし、ネムだけは納得していないように唇を尖らせる。
「私の方が美人だし、腰の形もいいわよ、お兄様」
「腰の形になんのアピールポイントがあるんだ!?」
「掴みやすいでしょう?」
「お前の腰を掴むことはねーよ!」
「はっ、花丸様。私もウエストには自信があります!」
「いいって! ウエストのことは!! 今他に気になること山程あるから!」
いまアピールタイムじゃないのよ!
「あら、お兄様も気になることがあるの?」
「……あぁ。あいつ、異世界の連中を追い返すのを、ついでって言ってたんだよ。もしかして、追い返すってのは目的じゃなくて、その先にある何かの方が目的なんじゃないか?」
異世界の連中を追い返すのには、私怨が混じっていると言っていた。
それはつまり、異世界に何か恨みがある、ということだ。
俺がそんなことに協力するとはとてもじゃないが思えない。
いや、そもそも、それ以外の約束もあの女とした覚えはないが……。
「そういえば、なんですが。私と花丸様があの女と会った時。言ってましたよね? 「異世界の連中を追い払ってもらって、私との約束を守ってもらいたい」って」
レンの言葉に、俺の推理が補強される。
……確かに、その言い回しは、明らかにその後の展望がやつのなかにあるということだ。
なんであの時気づかなかったんだろ……?
いろんなことが起こりすぎて、気が動転していたか。
俺は考えを巡らせたく、左手を唇に添えた。
そして、それを見たネムが「あら?」と、俺の左手を覗き込んだ。
「あら、お兄様。……朝見た時より、呪いの刻印が小さくなってないかしら?」
「ん、あれ……ほんとですね? その刻印は、約束を守らない限り、進行を続けるはずですが」
レンとネムが、俺の手を二人して覗き込んてくる。
かれこれ数日間二人と一緒にいるが、やっぱツラのいい女二人に見られるのは、ちょっと恥ずかしい。
「お兄様、誰かを異世界に帰したりしたわけ?」
「いやいや、俺にそんなことできるわけねえだろ」
「では、やっぱりこの刻印は、それそのものが目的ではないということですかね……」
異世界の連中を帰すのが目的ではない。
そして、この刻印が縮まった時、俺は何をしていたんだ?
そこまで考えて、俺の頭に散らばっていたピースが、集まって、一枚の絵が完成した。
そこに描かれていた絵は、確実性もないし、そもそも俺にしてみれば信じたくないことだ。
だが、そう予想ができたのなら。
俺はそれが真実だと考えて行動するしかできない。
「なあ、ネム。聞きたいことがあんだけど……」
頭の中の絵を完成させる最後のピースをネムに尋ねると、予想通りの答えが返ってきた。
やはり、俺は話を聞かなきゃいけないやつが、一人いるみたいだ。
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