第四十六話 魔術オタクは暴露する

タルムーグ魔法学院の応接室は、異様な雰囲気に包まれていた。その場で平静な表情を保っているのは、ソファから立ち上がったサキとその横に座るルリアのみ。レヴィやサーラ、マリア、アザドらは青褪めた顔でサキを呆然と見つめ、ただ一人エステルのみが険しい表情で自らの孫に厳しい視線を送っていた。


大人達からの畏怖や警戒の籠もった視線を浴びながら、サキは至極落ち着いた様子で語り始める。


「まず昨日の事についてご説明致します。私とルリアは午後の実習を終えた後、呪文実験室で精霊を喚起エヴォケーションする実験を行いました。しかし儀式の途中で私が気を失ってしまい、喚起した精霊が暴走。呪文実験室が破壊される仕儀となってしまいました。誠に申し訳ありません」


淡々と言葉を紡ぐサキに対し黙ってそれを聞いていた大人達だったが、サキが言葉を切ると一斉に質問を投げ掛け始めた。この会合が始まった当初は周囲を抑える側だったアザドも、今は興奮の面持ちで声を荒げている。


「やれやれあんた達、これじゃサキの話が進まないだろ?と言っても、みんな気になって話どころじゃないって顔だね。しょうがない、途中途中で一人だけ質問していいことにしようか。サキ、どうだい?」


婆ちゃんが溜息混じりに、俺を見てそう言った。俺はそれに頷くと、父に向けて手を差し出し促す。父さんは一つ咳払いをして息を落ち着けてから、改めて俺に質問を投げかけた。


「先程からサキが言っている”喚起”とは、具体的にどういった事を指すんだい?おおよその意味は分かるんだが、聞き慣れない言葉だからね」


「”喚起”は精霊などの異界の存在を呼び出す技のことですね。呼び出した”モノ”は何処からともなく術者の前に現れ、その多くは術者に協力したり、命令に従ったりします」


「第三階梯の<見えざる従者アンシーン・サーヴァント>みたいなものだね。喚起の呪文は第五階梯からだから、あんたももうすぐ理解できるようになるよ」


俺の説明に、婆ちゃんが魔法使いとしての立場から補足をしてくれる。おお、高位の呪文には”喚起”を扱うものもあるのか。そういやさっき、<喚起・火の精霊エヴォケーション・ファイア・エレメンタル>とか言ってたな。……喚起儀式を行わずに、身振り一つ詠唱一つで精霊呼び出せんの?それヤバくね?強くね?あ、だから第五階梯とかいう、婆ちゃんしか使えない高レベル呪文なのか。


「話を続けます。私が今回呼び出したのは”地の大精霊アース・エレメンタル・ルーラー”だったのですが、儀式の終盤で私の魔力が尽きて大精霊の制御を喪失してしまいました」


「ちょっとお待ちよ!今何て言ったんだい?!」


ありゃ、今度は婆ちゃんが血相変えて俺に食って掛かってきた。ついさっき自分が言ったルールを、自分で破ってるじゃねえか。今の俺の台詞に、そんなに引っ掛かるところあったっけ?


「私の魔力が底を突いて気を失ってしまい――」


「その前!」


「ええと、”地の大精霊”を呼び出す儀式を――」


俺がそう言った途端、婆ちゃんは顔を両手で覆うと、がっくりと項垂れた。そのまま身じろぎ一つせず、黙したままの婆ちゃんを息を呑んで見つめる大人達。ややあって、恐る恐るといった様子でアザド教授が声を掛ける。


「し、師匠?師匠!どうされました?」


「………」


婆ちゃんはそれでもしばらく何の反応もしなかったが、ややあって俯いたまま、絞り出すような低い声でこう言った。


「<喚起・大精霊エヴォケーション・エレメンタル・ルーラー>は、第七階梯の呪文だよ……」


「「「「第七ぁ?!!」」」」


期せずして、婆ちゃん以外の大人達が綺麗にハモった。こういうの何て言うんだっけ、混声四部合唱か。ソプラノ(サーラ母さん)・アルト(マリア母さん)・テノール(父さん)・バス(アザド教授)と、見事に揃ってるな。うーむ。皆の反応がちょっと予想外で、思考が変な方向に逸れている気がする。


婆ちゃんは未だ顔を伏せたままだし、他の四人は何か恐ろしいものでも見るような顔でこっちを見てるしで、応接室が完全に静まり返ってしまった。仕方ないんで、手を挙げて恐る恐る俺から切り出してみる。


「あの、話を続けてもいいでしょうか?」


父さん達はおろおろとお互い顔を見合わせ、次いでまだ俯いたままの婆ちゃんの方を見やる。婆ちゃんはようやく顔を上げると、げっそりした表情と疲れた声で俺に告げた。


「……はあ、分かったよもう。続きをお話しよ」


その姿は普段の矍鑠かくしゃくとして力に満ちた様子と違って、何だか酷く弱々しく見えた。こんなに弱った婆ちゃんは初めて……あいや、魔力鍛錬の方法を教えた時もこんな感じだったっけ。先程俺が言った言葉が、そんなに衝撃的だったのか?


いや、婆ちゃんは「大精霊の喚起は第七階梯呪文」って言ってたよな。第七は今年になってようやく婆ちゃんが登ることが出来た、魔法使いの極点。何十年もの研鑽の果てに、とうとう辿り着いた至上の境地だ。そのほんの一部とは言え、よわい七歳の子供がそこに並びかけた訳だ。そりゃあショックだわな。ごめんよ婆ちゃん。


「とは申しましても、もうあまりお話しすることも残っていません。ルリアの話では私が気を失った後、地の大精霊が僅かな時間暴れて呪文実験室を破壊したそうですが、直ぐにその姿を消してしまったそうです。恐らくですが私からの魔力の供給が完全に遮断されたため、この世界での実体を維持できなくなったのでしょう。それからしばらくして、アザド教授達が来られたと聞いています」


あくまでルリアから聞いた話ということで、俺が気絶した直後の出来事を語る。実際に暴れる”山の王”を<形成界イエィツラー>に送り返したのは、今もルリアの肩に腰掛けてるイシスが放った退去パニッシュメントの呪文なんだがな。


ま、イシスの存在はまだまだ明かす訳にはいかねえ。ルリアが魔法の女神の<現し身アヴァター>を使い魔にしているなんて話が漏れたら、どんな面倒が舞い込んでくるか分かったもんじゃ無いからな。ここまであからさまな地雷原を踏み抜きに行く程、俺は愚かでも鈍感でも無いつもりだ。


……何か、自分で言ってて説得力が無い気がしてきた。正直この後も、ちょっと普通じゃ無い話を幾つかする予定だしなあ。また、どん引きされる覚悟はしておいた方が良いのかも知れん。


そんなことを俺が考えている間、大人達は小さな輪になってボソボソと何か話し合っている。やがて話がついたのか、皆最初の配置に戻って父さんが挙手しながら俺を見た。


「どうぞ、父上」


「サキは秘伝の巻物を見て精霊の喚起が出来るようになったのだと思うけど、巻物には大精霊を喚起する方法も記してあったのかい?」


「いえ、そちらは別の物を見て知りました。この本なんですが」


俺はそう言って、肌身離さず持ち歩いている”精霊の書リベル・スピリトゥム”を取り出す。すると皆は途端に目の色を変え、俺に詰め寄って来て口々に話し始めた。


「何よこの本、全く読めないわよ」


「随分古い本だね、これは。どうやって手に入れたんだい?」


「学院の大図書館です。『誰も入ったことがない部屋』という場所に保管されていました」


「何じゃと?!確かにその様な部屋があるという噂は聞いておったが、あれは図書館の司書どもが言っていた戯言ではなかったというのか?」


「あたしも聞いたことがあるよ。それで図書館中を探し回ったことがあったんだけど、見つからなかったねえ」


「お義母様まで……随分古い噂話だったのですね」


「サーラ、あたしが年寄りだって言いたいのかい?」


「済みませんお義母様、失言でした」


「認めたね?サーラあんた、本当に図太くなって……マリア、あんたのせいだよ!どう責任を取ってくれるんだい?」


「何で私に飛び火するんですか!!」


「はいそこまで」


収拾がつかなくなってきたので、俺はそう言って立ち上がると両手を広げて大人達を黙らせる。皆は一斉に動きを止め口をつぐむと、それぞれ最初に座っていた席に戻って行った。最初から全く喋らずに座っているルリアが、いつもの半眼に何だかキラキラした光を宿して俺を見ている。その肩に乗っているイシスも、小さく拍手していた。


大人達はきまり悪そうに咳払いなどしていたが、やがてサーラ母さんが小さく挙手をする。俺が頷いて促すと、遠慮がちに尋ねてきた。


「ええと、サキはどうやってその『誰も入ったことがない部屋』を見つけたの?」


「大図書館で学院長にお会いしまして、その時にその部屋のことを教えてもらったんです。それで探してみたら、一階の端に魔力の粒が大量に湧き出している本棚がありまして。それを押したら、中に入れました」


俺の答えに、大人達は一斉に溜息を漏らす。父さんが肩をすくめながら、やれやれといった調子で口を開いた。


「サキにしか見えないという、空中を漂う魔力のことだね。それでは、誰も今まで見つけられなかったのも納得だよ」


「学院長がわざわざ出張ってきて、サキに隠し部屋のことを教えたというのも怪しいね。あの爺さん、何か隠しているに違いないよ」


「教授の儂が言うのも何ですが、この学院には謎が多いですからな。何十年も前からここの学院長をしておられるあの御仁ならば、そういった秘密に通暁しておられても不思議ではありますまい」


父さん、婆ちゃん、教授が揃って腕を組んで「ふうむ」と唸って考え出す。そこでマリア母さんが、ぴょこりと手を挙げた。俺が「どうぞ」と促すと、ソファに座った足を組み替えながら俺に質問してくる。ああもう、よそ行きの態度を完全に投げ捨ててるじゃねえか。婆ちゃんや教授がこめかみピキらせてるぞ。いや、この人達もさっきまで大概な振る舞いだったけどさ。


「話を最初に戻すようで悪いんだけど、サキの話に出てくる『儀式』って何かしら?魔法に儀式が関係あるの?」


「儀式はそのままの意味です。王宮や神殿で行われている儀礼や祭式と同じですね。私は巻物やこの本から『精霊を呼び出すための儀式』を学び、それを実践して今回のような仕儀と相成りました。完全に精霊を御する事が出来ず、皆様には申し訳ないことになってしまいましたが」


「つまるところサキよ、お主が今回精霊を呼び出したのは、魔法によってではないということか?」


教授の質問に、俺は深く頷く。そして一拍溜めてから、俺はこの世界で忘れ去られていた事実を宣言した。


「その通りです。これこそが私が魔法の女神様から授かった真の知識、古代魔法王国で使用されていた神秘のわざ、『魔術』です」




事情聴取が始まってから、大体一時間ほど経過しただろうか。俺は迎賓館の厨房から届いたお茶を口にしながら、一息ついていた。ルリアは一緒に運ばれて来た茶菓子を無心に頬張っている。


それ以外の大人達はと言うと、皆揃って頭を抱えたり、項垂うなだれたり、ソファの肘掛けに突っ伏したりと、思い思いのポーズで消沈していた。どうやら俺が最後に投げつけた爆弾に、殊の外大きなショックを受けたらしい。先程から誰一人として喋らず、無言を貫いている。


その時、ルリアから分け与えられた菓子の欠片かけらを齧っていたイシスがこちらに飛んで来た。そして俺の耳元で、小さく囁く。


(ちょっとー。あたしと言うかマギサは、サキきゅんに直接魔術を教えたりはしてないはずだよー?)


あーまあ、そうだな。イシスには今回”山の王”を呼び出すためのアドバイスは貰ったが、喚起儀式を教わったわけじゃないしな。基本的な魔術の知識は俺が前世から持ってきたもんで、まるで女神イシスに教わって初めて魔術を身につけたようなさっきの言い方は、語弊がある。


でもまあ、俺は自分がいわゆる転生者、この世界で言うところの”異人アウトサイダー”であることを明かすつもりはまだない。そして俺が知る様々な知識はイシスからのお告げによるものだという設定がある以上、魔術もそうであるとした方が説明がし易い。女神様クライアントからクレームが来ない間は、この説明で通させて貰う予定だ。


そうイシスに伝えたかったが、今この応接室はやたら静かなので、囁き声でも目立ってしまう。だから俺はそれに答えず、黙って再び茶を口に運んだ。なお、イシスの声は彼女の姿同様、ルリアと俺以外には聞こえないらしい。流石は魔法の女神の<現し身アヴァター>である。


とその時、大人達の間に動きがあった。父さんが髪をかき上げながら顔を上げ、眼の前のローテーブルに置かれていた茶を一気にあおる。そしてパンパンと手を打ち鳴らしながら、大きな声で言い放った。


「さあ、何時迄もこうしていたって埒が明かない。一先ず、今回の始末をどうつけるかだけでも決めてしまいましょう」


その声に婆ちゃんも伏せていた顔を上げ、懐から長煙管を取り出しながら続ける。


「そうさね。考えても仕方ないことを、延々考えても不毛なだけさ。レヴィの言う通り区切りだけは付けて、先のことはそれから考えることにしようか」


婆ちゃんの発言が決定打になったか、他の三人も口々に文句を言いながらも身を起こす。そして大人達による、「呪文実験室破壊事件」をどう処理するかという話し合いが始まった。


「サキ本人には厳重注意ということで――――」


「言っても聞きやしないだろ――――」


「学院としては原状回復さえ――――」


「本人に何のお咎めも無しというのは――――」


「放り出す方がよっぽど――――」


「野放しは危険――――」


さっきまで完全沈黙で打ちひしがれていた人達とは思えないほど、活発に意見が交換される。というかオイ、いくつか聞き捨てならない言葉が聞こえてんぞ。いくら身内だって、もう少しオブラートに包む程度の気遣いはしてもらってもいいんじゃねえか?


そしてあれよあれよという間に話はまとまり、「では、そういうことで」と結論が下される。大人達は揃って俺とルリアの方に向き直り、全員を代表して父さんが決定を告げた。


「まず今回呪文実験室が壊れた件については、既に学院の教授の多くや一部の学生達がその目で見ており、無かったことには出来ない。そしてこれはサキ自身が行ったことではないにしろ、サキの行動がこの事態を引き起こす主な原因になったのは間違いない。故に責任はサキに、そしてアルカライ家にあることとなる。ここまではいいね?」


俺は神妙な表情を作って「はい」と頷く。


「学院の公平性を保つためにも、事の詳細を伏せておくわけにはいかない。よってアルカライ家は公式に学院に謝罪し、実験室の修理費用を負担することになる。勿論、実験室を壊したのはサキだということも公表される。流石に、どうやって壊したかまでは表に出さないけどね」


ふんふん、妥当なところだろう。俺はまだ子どもで学生だし、保護者である両親の責任が問われるのは自然なことだ。本当に申し訳ない限りだが、借りだと思って今後返していくしかねえな。


「サキ自身については、特に変わることはない。これまで通り学院で学ぶことを許可する。学生としての評価や、卒業に影響が出るということもないことは、ここに明言しておく。ただ、今後は学院内でその、”魔術”とやらの実験は控えてくれんか。流石に二度は許されんからな?」


おおう、アザド教授にやけに引きつった顔でそう言われてしまった。まあな、今回みたいな騒ぎを何回も起こされちゃ、学院としてはたまったもんじゃないからな。


しかし、これでいいのか?最初想像していたような、勘当とか放校といった厳罰は無いようなので一安心だが、何の処分も無いとは流石に収まりが悪い気がする。そう思っていたら、教授の話には続きがあった。


「しかしそれでも、何のお咎めも無しでは示しがつかん。サキ、そしてルリアは本日より三日間の謹慎処分とし、授業への参加を禁ずる。そして」


教授はそこで話を切り、父さんの方に顔を向ける。父さんはそれに頷くと、話を引き取って続けた。


「今回呪文実験室を修理するための費用の請求は、サキ個人に帰するものとする。アルカライ家うちでその費用は立て替えておくから、学院を卒業してから何らかの形で家にその額を返済するように。分かったかな?」


おおー、最後に大きいのが来たな。でもこれは俺の想定通りだし、むしろきちんと額を定めて「これだけ働いて返せば帳消し」としてくれている分、温情あふれる措置とも言える。俺は頭を下げながら、その場の全員に向かって返答した。


「はい、分かりました。皆様の寛大なお取り計らい、誠に感謝に堪えません。これからは身を慎み、学業に専念いたします」


そうして顔を上げると、全員揃って微妙な表情をしている大人達と目が合った。うーん、全く信用できねえという顔ですねコレは。まあ今までが今までだし、自分でも言い訳できないような気もするが、そこはスルーしとこう。氣にしても仕方ねえし。


「それと分かっちゃいると思うけど、精霊の喚起や”魔術”については一切他言無用だよ。正直もうどうしたらいいか途方に暮れるような話だけど、どう扱うかある程度方針が決まるまでは全員心に秘めて、この顔触れ以外には漏らさないこと。サキ、あんたもその”実験”とやらは禁止だよ。いいね?」


最後に婆ちゃんから、真に迫った表情できつく言い含められてしまった。普段通りの口調だったけど、俺を見つめるその視線に尋常じゃない凄みを感じて正直身が震えた。次何かあったら孫と言えども容赦しない、そんな意志が伝わってくる。俺は返事も出来ず、こくこくと頷くしかなかった。むしろビビって固まらなかった事を褒めてほしい。


そうして長いようで短かった事情聴取は、お開きとなった。皆は残ってまだ話し合うことがあるらしく、俺とルリアは半ば追い出されるように応接室を後にする。


「ああ、サキ様にルリア様。話し合いは終わりましたか?」


迎賓館のロビーでは、来た時同様ナタンさんがソファに腰掛け待っていた。立ち上がってこちらに挨拶してくる彼に、俺も言葉を返す。


「私達の処分については一通り。他の方々は子ども抜きで、難しい話をされるそうです」


少々おどけた調子でそう言うと、ナタンさんは考え込むような仕草で俺に尋ねた。


「サキ様の理解が及ばない話など、そうそう無いようにも思いますが……それにしても、処分とは?」


あ、ナタンさんには今回両親が学院に来ることになった理由について話してないのか。まあ近い内に公表される話だし、俺が教えてしまっても構わんだろう。


「実は呪文実験室を壊してしまいまして。三日の授業出席停止と、出世払いで修理費用の負担を命じられました」


「は?……え……実験室を、壊したのですか?あれを?」


俺の返事を聞いたナタンさんは表情が抜け落ちた顔で呟くと、そのまま<金縛りホールド>の呪文を掛けられたかのようにフリーズしてしまった。俺が背伸びして目の前(と言っても、身長差で胸元までしか届かないが)で手を振ってみても、何の反応も返さない。


しばらく待ってみたが再起動する気配がないので、「失礼します、またお会いしましょう」と暇乞いとまごいしてその場を立ち去った。そのままルリアを連れて迎賓館の外に出るが、時刻はまだ午前の中程といったところだ。授業が行われている学院内は外を出歩く人影もなく、しんと静まり返っている。


そういや俺達、これから三日間授業に出るなと言われてるんだよな。俺は左手にしがみついているルリアを見て、一つ提案をする。


「寮に帰ってもすることが無いし、図書館にでも行こうか」


「ん」


多分俺にしか分からない微妙な変化で、無表情の中に満足気な色を滲ませる幼馴染(と、その使い魔)を連れ、俺はこの謹慎期間を有意義なものにすべく学院の大図書館へと歩き出した。




後日、呪文実験室の修理にかかる費用はおよそ金貨五百枚だと知らされる。しかし俺は聞かされた時点では、金貨五百枚がどれくらいの価値なのか皆目見当がつかなかったのだった。

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