第21話 展示会での出会い
特許出願を認めてもらうためには、技術の実用化に前向きな企業を見つけなければならない――。
奏多はもう一度、西崎陽の技術について、どんなプレイヤーがいそうか洗いなおすことにした。
「食品廃棄物、と思って食品加工会社や、バイオプラスチック関係の企業ばかりに注目していたが……もしかして、農産物や微生物を扱う会社でも、興味を持つかもしれないな」
奏多はオンラインで情報を検索しては、少しでもかすりそうな企業をリストアップしていく。
「ここはもう、ショットガン作戦だ」
ショットガンのように、狙い撃ちではなく大量の玉を飛ばして、当たるのを願う作戦だ。奏多は一気に、リストアップした十社ほどにメールをしたり、お問い合わせフォームから連絡をしてみた。これでまずは、返事待ちだ。
「ん……? これは環境系の技術の展示会か」
オンラインの情報を漁っていると、気になる展示会の情報が目に飛び込んできた。
「リサイクル&グリーンテック展か、これはもしかして、廃棄物活用にも関係しているんじゃないか? こういうのは大概、東京開催だけど……お! 地元じゃないか」
なんと、このP大学からもさほど遠くない、地元開催の展示会だった。
「開催期間は……今日が最終日か!」
奏多はばっと振り向いて、オフィスの壁にかかった時計を見やる。
時刻は午前十一時過ぎ。展示会はが閉会するのは今日の夕方五時だから、十分に間に合う!
この展示会に参加すれば、ネットでは得られない情報や会社に出会えるのでは、という直感が働いた。
奏多は素早く立ち上がって、リーダーの真方に声をかけた。
「あの……真方さん」
「うん、なあに?」
パソコンに向かって集中していた真方は、手を止めて奏多の方を見た。
「今からちょっと出てきてもいいですか。展示会に行こうと思いまして」
「何の展示会?」
「リサイクル&グリーンテック展です。例のエチレン案件の連携先を探りたく」
真方は素早くネットで展示会の名前を検索して、「ふーん、こんなのがあるのね」とつぶやいた。
「いい案だと思うわ。いってらっしゃい」
「ありがとうございます!」
すんなりオーケーが出て、奏多は思わず大きな声で礼を言って頭を下げた。
無表情だった真方が、くすりと笑みをもらした。
「永瀬くん、さっきはキツイことを言って悪かったわね。よく頑張っているのは、知っているのよ」
真正面からそんな風に言われて、奏多は思わず「え、あ、はい」と口ごもってしまった。まさか、このぴしっと厳しい真方から褒められるとは思っていなかったのだ。
奏多はリュックを背負うと、大股でオフィスから外に出た。
「この場所なら……電車よりも自転車で行ったほうが早いな」
オフィスの裏に回って、愛車のクロスバイクにまたがると、颯爽と走り出す。
十一月にしてはまだ暖かい日だった。よく晴れていて、高い空にはうろこ雲がのびやかに広がる。
自転車をこいでいると暑くなってきて、奏多はジャケットを脱いでシャツ一枚になった。身軽になって、さらにスピードを増し、海沿いの道をひた走る。青い海の向こうには、濃い緑色の島が、いつものようにゆったりと横たわっていた。
「風が気持ちいいなー」
思わず声が漏れた。仕事中でなければ、このままカフェのテラス席で一服したいところだが、そうもいかない。
やがて田園風景が終わって街へと入っていく。
展示会の会場は、海沿いにある地元の展示場だ。港の近くにあって、海には船や大型フェリーが停泊しているのが見える。
奏多は自転車を停めると、ジャケットを羽織って襟をなおし、背筋を伸ばして展示会の会場に足を踏み入れた。
「すごい、賑わってるな……」
天井の高い会場には、たくさんのブースが所狭しと並んでいた。
「リサイクル&グリーンテック展」と銘打っているだけあって、農林業や資源リサイクルのほか、エネルギー系や自治体のブースも目にとまる。
どのブースにも、ポスターや展示品が目立つように展示されていて、多くの人が情報交換をしたり、製品デモンストレーションに見入ったりしている。
奏多は少しでも関係しそうなブースを見つけては、声をかけて名刺交換し、「食品廃棄物からエチレン」を製造する技術に興味がないかを聞いて回った。
展示会という場もあってか、どの担当者もおおむね好意的に話を聞いてくれたが、なかなか「ドンピシャリ」の企業は見つからない。
逆に、向こうの技術の営業をされたりして、企業のパンフレットや促販グッズがたまっていった。
「しかし、おもしろい技術をもった企業が、こんなにいるんだな……」
名の知れた大企業のブースもあるが、地方の展示会だからか、奏多は名前も知らなかったような、中小企業のブースも散見される。中には、きらりと光る技術や事業を持っているところもあった。
そのとき、ひとつのブースが目についた。
ポスターのキャッチフレーズに「ゴミは不用品ではなく資源だ」とあり、「循環型社会の実現を技術で支える」という企業ビジョンが掲げられている。
「サーキュラーバイオ株式会社、か。環境系のベンチャー企業かな……?」
ブースにはまだ若い男性がひとり立って、小型装置の説明を来訪者にしていた。かっちりしたスーツではなく、デニムに白いTシャツにジャケット、というスタイルが、いかにもベンチャーの社員っぽい。
奏多は先客が立ち去るのを待って、ブースの男性に声をかけた。
「すみません。貴社の技術に興味があるのですが……これは、食品廃棄物を処理する装置なのですか?」
「はい、これは食品廃棄物を飼料化する装置です。独自技術を使って、従来よりも簡便で低コストな処理を実現しています」
男性はハキハキとしたしゃべり方で技術の説明をした。快活でまっすぐな人柄がう伺える話し方で、笑うと口元にえくぼができるのが、人懐っこさも感じさせる。どちらかというと小柄だが、おそらくスポーツをやっているのだろう、肩幅が広くてがっしりとしている。
「あ、申し遅れましたが、サーキュラーバイオの中村といいます」
名刺を見て、奏多は軽く目を見開いた。名前は「中村一真」とあり、その肩書は「代表取締役」となっていた。つまり、社長自らブースに立って、説明をしているということらしい。やはり、まだ小さなベンチャー企業のようだった。
「P大学の永瀬です」
名刺を交換すると、中村は「ああ、大学の方だったんですね」と眉を開いた。
「僕もP大学の出身なんですよ。永瀬さんは、研究者ですか?」
「いえ、私は産学連携の担当者です」
「ああ、なるほど。失礼かもしれませんが、大学職員が自ら展示会に足を運んで、情報収集をされるというのが、意外です」
中村の率直な言いように、奏多は苦笑した。
産学連携の担当者、といっても、どんな仕事をしているか想像もつかない人が大半だろう。
「実は、弊学の新しい技術があって、その連携先を探しているのですが……」
奏多はそう切り出して、西崎陽の技術について手短に紹介した。
「食品廃棄物からエチレンですか。それは、興味深いですね」
中村は真剣な顔で、矢継ぎ早にいくつも質問を繰り出してきた。
奏多は自分が知る限りを、できるだけ丁寧に回答していく。
「なるほど、なるほど」
中村は目を輝かせて、何度もうなずいている。
その目の光に、奏多は西崎陽と共通したものを感じた。これは、理念と熱意をもって、技術に向き合っている人間の顔だ。
「私たちも食品廃棄物のリサイクル事業をやっていますが、飼料化以外の活用法も検討していたところなんです。飼料の方もニーズはありますが、エチレンができるとなると、とても魅力的ですね」
「もしかしたら、エチレンを取り出した後の残渣を飼料化する……ということも可能かもしれません」
奏多がふと思いついてそう提案すると、中村は大きくうなずいた。
「それができれば、おもしろいですね。ぜひとも、研究者と直接お話ししたいものです」
奏多はごくりと唾を飲み込んで、もう一押し、問いを投げかけた。
「もしかして、将来的な実用化に向けた共同開発なども、可能そうでしょうか」
「ええ。もちろんハードルは色々あるでしょうが、ぜひ検討したいと思います」
「本当ですか、ありがとうございます」
奏多は冷静な顔で頭を下げたが……その実、胸の中ではガッツポーズを決めていた。ここが展示会場でなければ、「よっしゃー!」と叫んでいただろう。
サーキュラーバイオの中村とは、近いうちに、研究者も交えた打ち合わせをする約束を交わして別れた。
「よし、やったぞ。展示会に来ると決めて、正解だったな」
大きな戦果を得て、奏多は達成感を胸に、展示会場を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます