第19話 行き詰まる企業ヒアリング
「で、どうやって、この技術に興味を持つ企業を、見つければいいんだ……?」
奏多はパソコンの前で頭を抱えていた。
若き研究者・西崎陽の「食品廃棄物からエチレンを生成する」という技術。
社会課題であるフードロスの問題を解決しつつ、バイオマス由来のプラスチック原料を製造するという、現代社会でニーズが高い方向性なのは間違いない。
だが、その実用化となると――とても困難な道のりになるだろう。
効率、反応の安定性、量産化、コストと採算性……越えるべき魔の川の流れは速く、荒い。そこに「投資してもよい」と考える企業は、どうやったら見つかるのだろうか。
「手当たり次第に問い合わせたって、返事があるとも思えないし……」
営業などやったことのない奏多は、一歩目がなかなか踏み出せず、ネットを検索しての情報収集に時間を費やしていた。
調べていくと、食品廃棄物から有用な化合物を取り出そう、という研究をしている企業はちらほらと見られた。
エネルギーインフラ系の会社や大手化学メーカー、食品メーカーなどなど……。
「決して、誰も手を付けていないブルーオーシャンではないんだよな……」
奏多がブツブツとひとりごとを言っていると、
「永瀬くん、何をひとりでしゃべっているんだ?」
と後ろから声をかけられた。
振り返ると、打ち合わせ帰りなのか、パソコンを小脇に抱えた小野保孝が立っていた。背は高いが威圧的なところはなく、いつも穏やかな表情を浮かべていて、頼れる兄貴、といった雰囲気。
「あ、小野さん。声が出ていましたか」
「まあまあ、大きい声だったぞ」
「永瀬さん、さっきからずっと、ひとりごとを言ってましたよ」
隣の席の中橋が、くすくす笑いながらふたりの会話に口を挟んだ。
「あ、すみません、うるさくて……」
奏多は思わず顔を赤らめる。
昔からの癖で、仕事中もひとりごとを言ってしまうのだ。
「何か悩みでも?」
「いえ……市場性の調査で、どんな企業にどうやって問い合わせればいいのか、正直よくわかっていなくて」
「それは、出願前の調査か」
「はい」
小野は腕組みをして、「うん、わかるよ」とうなずいた。
「初めてだと悩むよな。俺も、最初の問い合わせをするときは、ビビって手が震えたもんな」
「小野さんでもそうなんですか?」
「俺はこう見えて、小心者でさ」
本気か冗談かわからないが、小野は笑いながらそう言った。
「真面目な話をすれば、その技術まわりのバリューチェーンを考えて、どの位置の企業がその技術を使いそうか、考えることだね」
「製造から消費までの流れを考える、ということですね」
「そう。永瀬くんがやっているのは、例のエチレンの案件か?」
「はい」
小野は裏紙を取り出して、ペンでさらさらと図を書きはじめた。
食品加工 →廃棄物の処理 →エチレン →バイオプラ →プラ製品
と、キーワードを矢印でつないでいく。
「こんな風に、ひとつの技術のまわりに、たくさんの企業が関わることになるだろう? その中で、どの段階の企業がこの技術に一番興味を持ちそうかな?」
「この技術は、食品廃棄物からエチレンを作る方法なので……処理をする会社か、エチレンを使う会社、ですかね」
奏多は悩みながら、そう答えた。
「そうだね。食品廃棄物に困っているのは食品工場だろうから、加工会社も興味は持つかもしれないね。こうやって整理をしたら、各フェーズの企業をリストアップして、あとは実際にヒアリングをするしかないね」
「その……実際にヒアリング、というのはどうすればできるんでしょうか?」
奏多がおそるおそる訊ねると、小野は眉をくいっと上げた。
「うちの連絡先リストになければ、ホームページのお問い合わせフォームか、代表電話にかけるか、だね」
「代表電話!? そんな古典的な方法なんですか」
楽な方法はないらしいと知って、奏多はがっくりと肩を落とした。
代表電話に電話をする……考えるだけで胃が痛くなりそうだった。
「電話、苦手なんですよね……」
「最近は、お問い合わせフォームでも、わりと返事をもらえるよ。大丈夫。じきに慣れるさ」
小野はポンと奏多の肩を叩くと、「がんばって」とにこやかに言って、自席に戻っていった。
「悩んでいても進まない……やるか」
奏多は、マグカップに残っていた冷めたコーヒーをぐいっと飲み干すと、気合を入れて電話の受話器を手に取った。
まずはニーズを探ろうということで、地元に食品加工工場を持っている「赤山食品」という会社に電話をかけた。
同じ地元同士、話を聞いてもらいやすいだろうと踏んだのだ。
何度かコール音が続いたあと、電話がつながって、男性の声が聞こえた。
「はい。赤山食品です」
「P大学の産学連携室の永瀬と申します。あの……ちょっと、ご相談したい技術がありまして……」
しゃべりながら、心臓がばくばくいって、手のひらがじっとりと汗ばむ。
「はあ……どういった技術でしょうか」
電話に出た男性は、怪訝そうな声で訊ねてくる。いきなり大学から電話がかかってきたら、警戒するのも当然だろう。
奏多がしどろもどりになりながらも、技術の目的や概要を説明すると、男性は「はあ、なるほど」と一応話を聞いてくれた。
「確かに、うちの工場でも加工時に出る端切れや、検品ではじかれたり、廃棄する食品はそれなりにありますね」
男性の答えに奏多は勇気づけられ、勢い込んで訊ねた。
「そうなんですね! それはどうされているんですか?」
「豚のエサにしたり、産廃として処理するものもあります」
「じゃあ……もし、その廃棄物からエチレンが作れたとしたら、興味はありますか?」
奏多が期待して訊ねると、男性は「そうですね……」と悩んでから、用心深く答えた。
「うちでその技術を扱えるかはわかりませんが……興味なくはないですね。やはり、食品ロスは社会的に問題とされていますし」
「そうですか、ありがとうございます!」
なんとか、「興味はある」という言葉を引きだせて、奏多はほっとするあまり、無駄に大きな声で礼を言ってしまった。それがおかしかったのか、電話の向こうで、男性が小さな笑いをもらした。
「もし、うちでロスした食品を実験に使いたいなどあれば、ご提供できますよ」
「本当ですか、研究者に聞いてみますね!」
奏多は改めて礼を言って、電話を切った。
「よし、悪くないぞ……」
さらに、バイオプラスチックを扱っている化学メーカーやら、微生物を使った廃棄物処理をしている会社など、何社かに問い合わせフォームから連絡をする。
すると翌日には、数社のうちの一社から、返信があった。
「おっ、化学メーカーから返事があった。興味がある、といってるぞ」
なんでも、バイオエチレンが入手できるなら、ぜひ使いたいと思っている、ということだった。
「なんだ、結構簡単じゃないか」
思ったよりもトントン拍子で企業から見解をもらえて、奏多は喜んだ。
企業の担当者と話すうちに、この技術は確かに、社会に必要とされている技術なんだという感覚が強まってきた。
食品ロスの問題には、多くの食品会社や外食産業が頭を悩ませている。
一方で、バイオプラスチックや石油を使用しない再生可能資源のニーズは、年々高まってきている。
これなら、学内会議でも出願の承認をもらえるのではないか。
とてもよい技術を担当させてもらったと、奏多はこの仕事について初めて、ふつふつと湧き出るやる気と熱量を感じ始めていた。
奏多は意気揚々と、翌週の定例ミーティングで報告をした。
「二社から、興味があるというコメントをもらったので、この技術は特許出願をしたいと思っています」
「へえ、永瀬くん、がんばってるじゃないか」
先週相談したこともあってか、まずは小野が好意的なコメントをくれた。
だが――次の真方の一言で、場の空気が一気に緊張感を増した。
「興味がある、というのは悪くないけど……調査が甘いわね」
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