第2話 彼女と自分の距離

 「へえ、こんなギャルっぽい子が、科学コンテスト?」


 受賞したという高校生は、髪を明るく染めており、はっきりした顔立ちとあいまって、街中でも目立ちそうな容姿だった。

 高校生が目覚ましい研究成果をあげた、という類のニュースはたまに目にするが、男子も女子も、真面目で「ザ・科学オタク」な子が多いイメージだったから、意外すぎて驚く。


「こんな子が研究なんてするのか?」

と、思わず偏見の目を向けてしまう。


 実のところかつては奏多自身が、ザ・オタクな男子高校生だった。

 といっても、この少女のように華々しい賞をもらったことはなく、ロボットや宇宙船に憧れ、新技術の発明を夢見るただの少年だった。


 大学で化学を専攻に選んだのは、魔法のように様々なを変化を生み出す化学が面白くて、それに成績もよかったからだ。

 大学院の修士課程で本格的な研究に触れたときは、それこそ夢中になって、博士課程に進学するか本気で迷った。最終的には、企業の方が世の中の役に立つ研究ができるだろうと考えて、就職する道を選んだのだが――。


 そういった憧れや熱中は、時が経つとともに薄れていくことになる。


『夏休みを利用して取り組んでいた研究が、実を結んだ。西崎さんは、あるキノコが持つ酵素と太陽光を利用することで、食品廃棄物からエチレン等の有用な炭化水素が簡単に生成することを発見したのだ』


「キノコねえ……。面白いけど、ま、どうせ高校生の研究なんて、実用からはほど遠いんだろうな」


 奏多は負け惜しみのように肩をすくめ、最後まで記事を読むことなくブラウザを閉じた。面白いだけの発見では、とうてい現実的な技術にはならない。

 

 だが、心の中はざわついていた。少女のまぶしい笑顔が頭から離れない。

 きっと彼女は、研究が楽しくてたまらないのだろう。

 かつての自分がそうだったように。


 企業の研究職として働きはじめて一年、嫌でも「実用」や「ビジネス」が優先される現実を知る。理想や好奇心にまかせた研究では、結局ほとんど役に立たない。

 元々は自分も、新聞の中の彼女のように、環境問題の解決に資するような研究を熱望していたが、ほど遠いところにいる自覚があった。

 

 奏多は口元に苦い笑みを浮かべる。


「夢ばかり追ってても仕方ないからな」

 

 奏多はスマートフォンを置くと、ニュースのことは忘れ、夕食の準備をしようとキッチンに向かった。


 *


 企業研究者たるもの、特許になり、よりよい製品につながる技術を開発してこそ、意味があるのだ――。

 

 当時の奏多は、そう自分に言い聞かせて、上から示された研究テーマに黙々と取り組んでいた。

 自分が本当に興味のあるテーマではなかったが、やっていくうちに、面白くなるだろうと期待を抱いて。


 だが、一年、二年と時間が経つにつれて、だんだんと疲弊していく自分に、嫌でも気づかざるを得なかった。

 中堅メーカーでは、新技術の開発に取り組むだけの体力もなく、既存技術の改良と拡張ばかり、やりたい研究テーマを提案しても、「すぐには事業につながらない」という理由で採用されることはなかった。

 利益につながりそうな研究は、心からおもしろいと思えず、といって、自分がおもしろいと思う研究では、なかなか会社の事業に役立つような成果が得られない。


「勉強熱心でも、成果が出ないとねえ」


 上司にはそう嫌味を言われた。

 小さな研究所では、ちゃんとやっていないと、周りの視線も厳しい。


 入社してしばらくは、コツコツと勉強もしていたが、忙しくなるにつれ、結局は周りの人間と同じように、積読の文献が増えていく。

 仕事をこなすことが優先され、楽しいと感じることが減っていく。


 自分の心が少しずつ枯れて、色褪せていくような感覚。


「俺は、こうやって一生を過ごすのか」


 そう思った時。

 ある朝突然、ベッドから起き上がれなくなった。

 

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