第10話 一日だけ、心霊旅館で働きませんか①
そんなわけで、依子は百鬼と共にキャンパスに通う事になった。
あれから、まだ霜山書店を訪れていないので、その後の圭佑の様子は分からない。
だが、良樹と幼馴染の和美は、この間の恐怖体験で、すっかり震え上がってしまい、心霊スポットに行く事を辞めてしまったようだ。
圭佑は吊り橋効果を狙って、二人の距離が縮まる事を考えたが、車内はお通夜状態。好きな子に、いい格好を見せられなかった事で、親しくなれるタイミングを逃してしまう。
そのせいなのか、なんとなく依子と、距離を置いているようにも思えた。
それとは正反対に、圭佑が依子に言い寄って来なくなった事で、百鬼は毎日ご機嫌である。
「いやぁ、ここが今時の大學なんですか。なんだか昔より朗らかで、明るい感じでございますね。私も、依子さんと一緒に、学生さんになった気持ちで『きゃんぱすらいふ』なるものを送りたいです!」
「百鬼は、学校に行っていなかったものね」
百鬼は、キャンパス内を行き交う学生達や、テニスサークルの練習風景を観察するように、依子の周りでくるくると動き回っていた。思えば、こういった大きな学び舎も、近代になってようやく出来たものである。
「ええ、ええ。依子さんとの生活は驚きの連続です。あ、浮遊霊みっけ。んーー、これは香ばしいお味ですね。
依子の後ろを歩いていた百鬼は、すれ違いざまに、ふわふわと女子大生の後ろをついて回っていた、中年の背広男の霊の、首根っこを掴むと大きな口を開けて食べた。
男性の霊は悲鳴を上げながら吸い込まれていき、依子は驚いて立ち止まる。
「百鬼、悪い霊じゃないのならあまりなんでもかんでも、食べちゃだめよ?」
「いえいえ、依子さん。さっきのは
百鬼は、フンと胸を張りながら鼻息を荒くさせている。魂の欠片を食されて、その人が一体どうなってしまうのか。
結果を知っているだけに、依子は想像しないようにした。
そんな二人の様子を青褪め、恐怖に怯えながら、建物の影で見守る人物がいた。
❖❖❖
依子は、百鬼の存在を気にして一番後ろの席で、民俗史料講義を受けていた。
見たところ自分の周りには人はおらず、三段前の席で、眠そうにしている男子生徒のみだ。
ふと教授の目を盗み、おずおずと姿勢を低くした女性が、隣に座ってくる。依子はちらりと遅れて来た学生の様子を伺った。
ジャンパーに、白いミニスカート。
セミロングのカールは、三人組の女性アイドルを、意識しているように見える。
(遅刻かしら。でも、講義で見た事がない子だわ)
遅刻した彼女は、鉛筆をくるくると回して、教授の様子を見ていたが、不意に依子の方を向く。
隣の女性を見ていた事に気付かれてしまい、恥ずかしくなって、依子は授業に集中しようとした。
不意に隣からメモが手渡され、驚いて彼女を見たが、その時にはすでに席を立っており、教室から出ようとしていた。
「ちょっ……!」
「どうなさいました、依子さん」
「え? さっき隣にいた女の子が、私にメモを渡してきたのよ」
百鬼が依子の異変に気付いて、覗き込んでくる。見ず知らずの子にメモを渡された依子は、動揺しつつそれを開けた。
『貴方とお話ししたい事があるので、授業が終わったら、一階のラウンジに来てくれませんか。待っています。
渡されたメモからは、どんな要件なのか見当がつかなかった。もしかして、友達の友達なんだろうかと、考えを巡らせても思い当たる人物はいない。
「掬川里子さん……か。とりあえず、私に話があるみたいだわ」
「ふむ。依子さんはとっっっても素敵ですので、見ず知らずの方が、依子さんとお友達になりたくなる気持ちも、よーく分かります」
百鬼は、なぜか自慢げにうんうんと頷いて納得し、嬉しそうにしている。
「どうかしら、そんな感じじゃなかったけど。とりあえず、授業が終わったら、ラウンジへ行きましょう」
依子達は授業が終わると、ラウンジへと向かった。大学には、各施設に休憩スペースがあるが、一階のラウンジは窓から木漏れ日が入り、植えられた木々が四季折々の姿を見せ、学生達から人気の高い場所だった。
依子も読書をするのに、ここを利用している。
窓際の席で、果肉入りのオレンジジュースの缶を飲んでいた掬川里子が、退屈そうに、足をブラブラさせていた。
「掬川……さん、でいいかしら」
「あ! あたしの手紙捨てずに読んでくれたのね。急に呼び出してごめんなさい」
里子は、依子に気付いて席を立つと、居心地が悪そうに不自然に笑った。
その顔は百鬼の言っていた、友達になりたいというような、和やかな雰囲気ではなく、どこか青褪めていて、しきりに依子の背後へ、チラチラと視線を向けていた。
「と、とりあえず座って。何がいいか分からなかったから、コーヒーでもどうぞ」
そう言って、里子は梨子に缶コーヒーを渡す。
「ありがとう。私は美座依子よ」
「あたし、美座さんの名前は知ってんのよ。貴方、美人だから目立つもの」
依子が椅子に座ると、緊張した様子で里子は視線を逸らす。というより、ガタガタと震えて、顔を上げられないようだった。
もしかして彼女には、見えない存在が視えているのだろうか、と依子は考えてしまった。
「それで、掬川さん。私に何かお話しがあるってメモには書いていたけれど、どういう事なのかしら」
依子がそう切り出すと、里子はゴクリと喉を鳴らす。
「――――ねぇ。美座さん、あたし回りくどいのはやだから、単刀直入に言うけど。貴方、凄いのが憑いてるわよ。気付いてる?」
依子は、ああやっぱりと心の中で呟いた。里子には百鬼の姿が視えているのだろう。
確かに、目元に呪符をベタベタとつけ、ハロウィンに飾る、あのカボチャのジャック・オー・ランタンのように口が裂けているのだから、見た目はかなり強烈なはずである。
「うん、知ってるわ。見た目は怖いけど、彼は私の事を一応守ってくれているの」
「見た目は怖いだなんて酷い! いじけてしまいますよぅ。私はあのポイ捨て男よりも、二枚目だと思っておりますっ!」
百鬼は、しゅんと悲しそうにしながら、どこから出してきたのかハンカチをギリギリと噛んで、ヒンヒンと泣く。その様子に依子は乾いた笑いが出た。
「禍々しいけど、悪いやつじゃないのね」
里子は青褪めてはいたが、依子を守ってくれていると聞いて、少し肩の力を抜き、話を続ける。
「それ、人の言葉が通じるのね。会話しているように見えたから。……意思疎通が出来るんだなんて信じらんない。あたしには、大きな真っ黒な体で、口の裂けた異形に視えるの。禍々しいお札なんて貼っちゃってさ。貴方の頭上で、四つん這いになってるの。大きなコウモリ傘みたいになって、一緒に移動してんのよ。なんだか、美座さんの手首にある数珠と、繋がっているみたいなんだけど」
「え、ええ? そんなに怖く視えているの」
その言葉を聞くと、今度は依子の顔が青褪めた。もしかして他人から見える、百鬼の姿は恐ろしい異形なんだろうか。
話を聞く限り、里子から視える百鬼は、かなり化け物じみた姿形をしている。
百鬼は、無邪気に依子へ笑顔を向けてくるが、彼は悪霊も妖怪も、人さえも喰らう、恐ろしい呪物だと言う事を忘れてはいけない。
「んふふふ。依子さん、ご安心を! 怖い面さえ被っていれば、雑魚は恐ろしくて、依子さんに寄って来ないでしょう? 私はこう見えて長く生きておりますので、色々と知恵があります」
依子が、あれこれ無闇やたらに食べるなと言ったせいだろうか。それでも彼女が知らぬうちに、魑魅魍魎や悪霊を、食べているようだが。
「……本当かしら? まぁ、私は百鬼を信じるしかないけれど」
どうやら、里子には百鬼の声は聞こえないらしく、チラチラと上を見ながら、様子を伺っている。
「あたし、美座さんに憑いているものが、霊を食べたのを目撃したの。だから、お願い……うちの実家の旅館に来て欲しいのよ!」
そう言うと、里子は依子の手を握った。
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