シアンチェ
22時過ぎ。リュドスは、城下町で最も繁華なメイルンストリートに着いた。
この通りには警察や病院、郵便局、役所など、ありとあらゆる機関やお店が立ち並んでいる。
大通りから小路に曲がり、飲み屋街に入っていく。煌々と光る店の看板が、顔を照らした。すでに泥酔状態で地面に座り込む者、痴話喧嘩をする者まで居た。
通りにいる何人かは「リュドスさん」と気軽に声をかけてくれる。
肉を焼いた匂いが、煙とともに鼻先に届いた。さすがにお腹が減っているので店に急いだ。
歩いていると頭上をチラチラと影が横切り、道を一瞬暗くしていく。見上げると、十数名ほどの飛行警備隊が夜空を飛んでいた。
(今日は一段と多いな)
飛行警備隊は、魔導警備隊に属している1部隊だ。魔法で空を飛び回り、毎日パトロールをしてくれている。
最近スパイも多く、町の治安も悪くなっているので、年々国は飛行警備隊に人員を割いているという話だ。
そうこうしている間に、彼はBAR『シアンチェ』に着いた。
『シアンチェ』とは、エドラド語で『ようこそ』という意味だ。
🧙
ドアを開けると、ベルの音が店内に鳴り響いた。
「いらっしゃい、リュドスさん」
カウンター内のバーテンが微笑んだ。
数人の常連からも次々に「こんばんは、リュドスさん」と挨拶され、みんなに会釈した。
ふとカウンター席の端を見ると、座っているケイギと目が合った。
(うわっ……)
すぐに踵を返し、シアンチェを出ようとしたが、「待て」と呼び止められた。
ケイギが訴えかけるような目線で見てくる。
「何も帰ることはないだろう。同期なんだ。たまには一緒に酒を飲もうじゃないか」
リュドスは、彼に気圧され顎をかいた。
「分かったよ……たまにはな」
渋々とケイギの隣に腰を下ろす。
バーテンがメニューを出す前に「とりあえずルブで」と、軽く手をあげた。
「アッハッハッハ!」
聞き慣れたバカ笑いが、とつぜん耳に届いた。
どうやら奥のダーツスペースでは、スムルたちキマイラの悪ガキ連中が居るらしい。
(ったく、あいつら、また飲んでんのか……)
「今日は調子悪いんだよ!」と仲間に吐き捨てながら、奥からスムルが出てきた。
こちらに気づき「よお、リュドスさん。いま仕事帰り?」と声をかけてくる。
「ああ、仕事終わりに1杯やらないと1日が終わらなくてな。てかお前ら、あんまり飲みすぎるなよ」
リュドスはスムルに釘を刺す。
「分かってるよ」とスムルは舌を出し、トイレの方に歩いていった。
リュドスは、ケイギの今日の身なりに目を移した。白いローブは清潔でシワ1つなく、頭髪の乱れもない。
(この男の周りには、いつも緊張感が漂っている……)
ケイギとあんまり一緒に居たくない理由の1つだ。
暫しの沈黙があり、ケイギが口を開く。
「何と言うか、君は皆から人気だな」
「嫌味か?」
「違うよ、ただの私の感想だよ──それでだ。また今日も異世界者の顔を覚えてきたから、こんな時間になったのか?」
ケイギは眼鏡の奥の目を光らせ、当然のようにリュドスを問い詰めた。
(こういうところが苦手なんだよな……)
「そうだよ」
「やはり君はあの時のことを悔いているのか? あれは君のせいではない」
「その話を続けるなら、俺は帰るぞ」
本気のトーンでケイギに伝えた。
「すまない……この話は止めておこう」
バーテンがそのタイミングで、ルブをリュドスの目の前に置いた。
ルブは濃い赤褐色の果実酒で、ふわりと芳醇な香りがする。
彼はルブの入ったグラスを持ち、半分くらいを一気に喉に流し込んだ。果実の酸味とほろ苦さが、心地よく舌に残った。
(美味い…仕事終わりにはこの味だな)
リュドスの疲れが、しゅわしゅわと溶けていくようだった。
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