おれは先輩・1
【23時32分】もうすぐ1日めが終わろうとしている。
■
A棟・屋上───
晴れ。少し肌寒い夜。
月のようなものが時々屋上を照らし、雲のようなものが時々光を遮っていた。
南東の方角には、大きな建造物がそびえ立っていた。夜の暗闇でも、その周辺だけは煌々とした光を放ち明るい。
「やっぱりあの塔みたいなのは気になるな……なんか神様が住んでそうだ」
雄大は柵にもたれかかり、しばらくその塔を眺めていた。それにも飽き、通信魔道具を取り出し画面を開いた。
「通信魔導具ってスマホとほぼ一緒だよな。ネットニュースまで見れるのかよ……」
呟きは、虚しく夜に紛れていく。
『ものまねゴッド決定戦、第27代王者は河島たいきに決定』という見出し。
その一文が雄大の目に飛び込んできてから、彼の心は乱れっぱなしだった。
(よりにもよってあいつが優勝かよ……)
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【蘇る、雄大の記憶……】
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雄大が所属する芸能事務所『メニイフェイス』に『河島たいき』が入ってきたのは、ちょうど5年前のことだ。
当時の雄大は33歳で、河島は21歳であった。
河島は、明るくコミュニケーション能力の高い男で、先輩・後輩・同期からも評判が良かった。
なにより彼は、入ってきて間もない頃から既にモノマネが上手かった。
「第六天魔王……貴様の命運もここまでだな」
これはアニメ『戦国バーサーカー』の明智の名台詞だ。
雄大が、初めてこのモノマネを見たとき衝撃が走った。
(声質、感情の入れ方、声の緩急、息遣い、間、どれを取っても、明知のCVを担当している沢森てつ雄さんそのものじゃないか……)
雄大は事務所に有望な後輩が入ってきて嬉しかった。しかしその反面、焦りも一緒に感じた。
河島は、芸歴1年目からレパートリーが多く、沢森てつ雄以外にもクオリティーの高い声優モノマネを披露していた。
(あいつは天才だ…)
雄大は戦っても居ないのに、度々彼に負けたような気分になることがあった。
そして1年も経たずに、河島は声優業界に見つかった。
河島は、アニメのイベントや、声優のラジオ、声優のSNSチャンネルに呼ばれるようになり、モノマネ番組に期待の新人として出演することも増えていった。
そんな光の中を歩いていた河島に、雄大はなぜか懐れていた。
「先輩、飲みに行きましょうよ!」
と、河島の方からよく誘っていたほどだ。
2人の行きつけは、高円寺にある『侘B寂B《わびさび》』というBARであった。
壁面にレコードがたくさん貼り付けてあるお洒落なBARで、ここはタンシチューも美味かった。
当時の雄大は、月に2回ある事務所ライブに出演するぐらいしか仕事が無かった。彼の生活はカツカツだったが、自分が先輩なのでなんとか河島には奢るようにしていた。
ときどき酔って間違えたフリをして河島が代金を支払ってくれることがあったが、彼の気持ちも考慮して、それには知らぬ存ぜぬを通した。
河島にお金を出させたときは落ちこんだ。自分に気を遣わせていることと申し訳なさでいっぱいになっていた。
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