第2話 幻のデート

いつも、何をしようとしても、同じ疑問が頭をよぎってしまっていた。そう、感じ続けていた


人生に意味はあるのだろうか?


この問いは、僕を駄目にした一番の要因かもしれない。これの答えを出してしまったから、僕は世界を純粋に見れなくなった


「お母さんは、どうしてここまでがんばれたの?」


いつしか、お母さんにそんなことを聞いてみたことがあった。そして、お母さんは僕を優しく包むこんでくれた


「んーと…正直に言うと、お母さんはこの世界が嫌いだったんです。周りの人からの重圧から、ずっと逃げたいと思ってました」


言葉を紡ぐ母の声は優しい。けど、どこか苦しさも感じる声だった


「中学時代のお母さんは、世界が暗くて寒くて、自分を傷つけることもしばしば…」


そう言いながら、お母さんは手首の辺りを擦っていた


「でもね。そこで、お父さんと出会ったのです。あの時のお父さんは、まるで白馬の王子さまのように思えました、彼なら私を解放してくれるかもしれない、と」


そこからはお母さんの声から苦しみは消えて、楽しそうに過去のことを話してくれた。けど、会社経営とかの話は、まったく理解できなかった


「とにかく。唯一もいつかは幸せになれます。その日のために、今を頑張る。それが、私の答えです」


それを聞き取った段階で、当時の僕はお母さんの膝枕で眠ってしまった



誰もがいつかは幸せになれる…

それは…本当にそうなのだろうか? 


それを信じて頑張り続け、それで得られた幸せを、僕が幸せだと感じられなかったとしたら?


幸せの価値なんて、人によって変わってしまう。その幸せのために、苦しまなければならないのなら…


幸せなんて…いらない

幸せのために…苦しみたく…ない…


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唯一とイマの2人(正確には1人)の目の前に、ちょっと暗い海と光が照らされていない砂浜が広がっていた


「おー、海だー!」


「今、一応冬だからね」


季節は冬終盤。春休みを前に、受かれながらも学校や会社に行く人が溢れる中。僕達は贖罪のデートの日を迎えていた


もうすぐ春と言えどまだまだ寒いので、黒のモコモコのコートを着てきた。それに合わせて、今日のコーデは黒をメインに着飾ってみた


イマも僕と同じコーデをしているが、何故か色だけ反対色になっていて、白が基調とされたコーデであった


「ほら、速く行こう」


「うん! わかった!」

そう言って、イマは平然と腕を絡めてきた


一応、今日は贖罪のデートなので、これぐらいのことには付き合ってあげよう


しかし、イマは幻のため、僕には感覚が伝わってこない。そのせいで、歩く速度加減が分からず、定期的にイマの方に目を向けて歩幅を合わせなければならない


それで、何度もイマと目が合っては笑顔を向けてきてくれた


普通に可愛い、流石は僕の幻だ


「あっ! 見えてきたよ!」


そう言って、イマが指を向けた先には、今回のデートの目的地である「江ノ島水族館」が見えていた


イマは僕から腕を離して、無邪気で楽しそうに江ノ島水族館へと駆け出して、僕も少し駆け足で彼女のことを追った。病み上がりには少し辛かった



実は贖罪デートは、実行に移されるまでにそれなりの時間が流れてしまっていた


「やっとこれたよね。遅くなっちゃってごめん」


「花粉のせいだし、仕方ないよ!」


「花粉じゃないから…まあ、それもあるけど…」


結局あの後、家族と話し合って、学校はしばらく休むこととなった。両親曰くそうした方が良いらしい


それで、この数日間は記憶を失った状態で、どれだけ問題が解けるかを試していた。家にあった参考書を片っ端から解いて


結果、気づいた。僕は相当に頭が良い


僕は1年生だが、3年生の問題も割と解くことができた。記憶を失う前の僕は、かなり勉強に力を入れていたのだろう


それに、勉強に対してのストレスや、疲労感、つまらなさは、特に感じなかった。これなら、記憶を失う前の僕に恥じない成績を残せるだろう


「唯一、勉強の事を考えてるでしょ~。駄目だよ、今日はデートなんだから」


「わかっているよ。記憶を失ってから初めてのお出かけだし、めいいっぱい楽しむ」


何だかんだで、僕も今回のデートを楽しみにしていた


そういえば、これって僕の初デートにカウントしてよいのだろうか?


相手は幻だし、他の人からの見たら1人だけなのだから、デートにはカウントされないのではないか?


…いや、そもそも幻とデートって何?

イマのリアリティーのせいで、彼女のことを無意識に人間だと錯覚してしまっていた


冷静になろう。これはデートではない

これをデートとしてしまえば、僕はただの痛い奴じゃないか


「むぅ~~…」


イマが頬を膨らませている

そう言えば、イマって僕の考えが読めるんだっけ


「これデートだもん! 2人で仲良く出掛けたら、それはデートだもん!」


「うーん…まあ、イマがそう思うならそうなのかな」


疑問に思っただけで、答えを求めている訳ではない

わざわざ解く必要のない問題の答えを、確認する必要はないだろう


だが、何だかんだ言ってイマと一緒にいる時間は好きだ。だから、これは僕の初デートってことにしても良いだろう


「へへっ、ありがとう!」


イマは満面の笑みで、そう言ってくれた

本心からデートだと認めたことが、そんなに嬉しいものなのだろうか?


…今の僕には、それが分からなかった


僕はチケット売り場で1人分の入場券を買う。忘れがちなのだが、イマは幻なのでチケットは必要ないのだ


「やっぱ、水族館って少し高い…」


「なら、その分楽しめばいいだけだよ! ほら、早く早く!」


そう言って、イマは普通に入場口に突撃して、誰にも止められることなく中へと入った

それを見て、本当に彼女が幻なのだと、再実感した


その後…


「うおぉー!!! 魚いっぱいだぁー!!!」


「うるさいよ。回りに聞こえないからってもう」


元が取れるぐらい、水族館を楽しんだ…


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薄暗い場所は状況によって感じかたが変わってくる

お化け屋敷で恐怖したり、星空を見て感動したり…


そして、小窓の中のクラゲを見て心が落ち着いたり…


私の隣に居てくれる白髪の少女も、今は何も考えずに、ただボーッとクラゲを眺めている


さっきまでは魚を見て興奮していたのに、クラゲの魔法にかかって、良い意味で冷めてしまった


「…」

「…」


そっと小さなガラスに触れてみる。しかし、唯一が触ってないので、その感覚は感じられない

だけど分かる、このガラスはきっと冷たい


私は、ガラスの向こうで漂うクラゲを、生きているとは思えない


ベニクラゲというクラゲには寿命が無く、若返ることで永遠に生きることができるらしい。だけど、いったいその命には何の価値があるのだろう…


「…イマ?」


ふと、隣から私を呼ぶ声が聞こえてきた。私を認識できるのなんて、ただ1人だけ

隣を向くと、唯一が私のことを横目て見ていて目が合った。の私は、いったいどんな目をしているのだろう


暗闇のせいで、唯一の顔がよく見えない…

ガラスに私の顔は映っていない…


やめよう、こんなことを考えていても魔法が溶けてしまうだけだ。それとも、クラゲの魔法にかけられてしまっているのかもしれない


私は今、とても素直になれている


この空間は危険だ、深い事に考え耽ってしまう

もし、唯一があの結論を出してしまえば、この関係も終わってしまう。それは…嫌だ


「唯一、次のエリアに行こ!」


この後はイルカショーだ。唯一には早めに行って、最前列の席を確保してもらわなければ


冬終盤に浴びる、イルカの跳ねた水しぶき…とても寒そうでスリリングだ。絶対に浴びたい


私は駆け足で次のエリアへの道へ進み、唯一のことを待つ。唯一は余裕綽々にゆっくりと歩いてきた


「はいはい。今行くから」



無事イルカショーは最前列で見ることができ、見事に水しぶきをぶっかけられた


唯一は本気でビビっていたけど、何だかんだで楽しんでくれた。ありがとう、イルカさんたち


そして、最後に売店に寄って、今回のデートは幕を下ろした…


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夕暮れ時の帰り道。夕日に照らされる海を見ながら唯一はあることを考えていた…


今日はちゃんとデートできていたのだろうか?


本来、デートとは恋人などの恋愛感情を持つ者同士が2人きりで出掛けるものだ


だが、僕はイマに対して恋愛感情なんてものを一切感じていない。なんなら、友人にすら至っていない


…後ろを歩くイマから、物凄い視線が送られてきているが、その事は気にしない


どうせ隠し事ができないのであれば、そういうものと割り切ってしまえばいい


話を戻そう

僕とイマは出会ってまだ半月ほどしか経っていない。それに加えて、僕は記憶喪失で恋愛どころじゃなかった。というか、そもそも恋愛感情がよく分からない


そんな僕が『デート』を『デート』と思ってできていた訳がない…


「いいよ、そんな深く考えなくて」


背後を歩くイマから、そんな声がかけられた


「私は楽しかったし。唯一も楽しめたんでしょ、なら私は大満足だよ!」


…イマはやっぱり、とても眩しい


けど、僕は見てしまった

クラゲを見ていた時の、イマの顔を…


死を懇願するかのような、哀愁を漂わせていた顔を…

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