スーパーにある安い缶ジュースを飲んだ話

※2023年ごろに書いた過去作です。



牛乳が切れた。


昨日の夜にグラタンを作るのに使ったせいで予想を上回って早くなくなってしまった。このままでは風呂上がりの後のコーヒー牛乳を飲むことができない。それは非常に困る。私は風呂上がりのさっぱりした状態で牛乳9割コーヒー1割のコーヒー牛乳を飲むことを生きがいとしているのだ。幸いまだ晩御飯を食べ終わったばかりで風呂に入るまでは時間がある。少し面倒だと思いつつも食後の運動がてら近所にある業務スーパーへと足を運んだ。


日はすでに沈んでいるというのに8月のじめじめとした熱気が体にへばりつく。昼間に雨が降っていたせいか湿ったコンクリートの匂いが鼻をつく。ただでさえ気が滅入るような環境なのに、仕事のこと思い出しさらに気が滅入る。せっかくの日曜日だというのに最悪だ。


正直言って、今の仕事はうまくいっていない。商談が成功したことどころかまともに利益を挙げたことがほとんどない。どうにか現状を打破しようとあの手この手を考えているのだが一向に成功する気配はない。賃金を払っている会社に申し訳ないくらいだ。


もちろん利益を出していないのだから給料が高いわけもない。報酬には見合った対価を払うのがビジネスの基本だ。そう考えるとむしろ私は報酬を貰い過ぎているのだろう。賃金が少ないと文句をいうのはあまりにもお門違いというものだ。金がなくて苦しんでいるのは会社の方なのだから。どうにかして利益をあげねばならなかった。


下を向いて歩いているとクラクションを鳴らされる。ごめんなさいという声が出ず、少しお辞儀をしてそそくさと道路を渡る。思考の中まで怒られた気分になりまた落ち込む。もうすぐスーパーにつく。一旦仕事のことは忘れよう。


近所にあるスーパーは業務スーパーのなかでもかなり大きい部類で食品売り場に加えて日用品売り場、服売り場、アウトドアグッズ売り場まで存在している。自動ドアをくぐると快適な冷気が体に当たるがいったい全体を冷やすのにどれほどのエアコン代がかかるのか。


入ってすぐ見えるのは青果コーナー、牛乳のある乳製品売り場は入口から対角線上にあるためずいぶん歩かなくてはいけない。ついでに豚バラ肉も買って帰ろう。


ブドウ1パック498円、ピーマン大袋298円、もやし一袋38円


でかでかと価格を書いたポップが目に入る。野菜の値段も1年前に比べて高騰したように思える。もやしは前まで20円台ではなかったか。今の自分では野菜1種、肉一種に米の献立、1食350円がボーダーラインである。果物などもってのほかである。栄養と価格が釣り合ってない。食べたいが、買えるわけもない。


サバの切り身2切れ322円 豆腐1パック98円 鶏肉100g65円


昨日は大学時代の友人たちとの飲み会だった。全国に散ってしまった事もあって会はリモートで行われたが、久しぶりに元気そうな顔が見れて嬉しかった。顔も性格も変わっていない友人たちになんだか安心した。大学時代の話に花を咲かせている間は仕事の事も忘れて楽しむことができた。


焼き肉のたれ198円 冷凍フライドポテト480円 カップアイス98円


だが、全員が社会で生きている以上当然仕事の話は話題に出る。最初に話を振られたのは私だった。私は仕事内容については詳しく話したが、それがうまくいってないことは少しだけぼかしてしまった。私の話が終われば彼らの番だ。ひとりひとりに話が降られ現在の仕事の話をする。

分かってはいたが彼らはキチンと仕事をし、それに見合った給料を貰っていた。それもそうだ。彼らが就職活動中どれほど努力していたかは私もよく知っている。欲にかまけて大した努力もしなかった私とは違うのだ。不動産事業で10億の商談を行っているやつもいる。忙しくも充実した仕事、努力に見合った給与。客観的に見ても彼らの人生は成功に向かっていると分かる。


国産和牛切り落とし100g498円 ハーブソーセージ398円 チェダーチーズ428円


私はそのことに少なからず嫉妬している私を恥じずにはいられなかった。羨む権利すら無いくせに理性の奥から感情が染みだしてくることが腹立たしかった。


牛乳 178円


目当ての品の前にたどり着く。豚バラ肉を忘れたが取りに戻る気も起きなかった。


このスーパーは牛乳の品ぞろえがいい。300円近い高級なものから最も安い178円の牛乳まで様々だ。白を基調として赤や青で彩られたパッケージに今は目が痛くなる。


私は一番安い178円の牛乳を手にとってすぐレジの方向へ向かった。あのべたべたと纏わりつく外の空気のなかに戻りたかった。エアコンが効きすぎているのか私には少し寒い。早足で棚の隙間を縫う。


缶ジュース1本35円


外へと急ぐ途中、なぜか道脇にあった缶ジュースが目に入った。業務スーパーでよく見るあまりにも安い缶ジュース。おそらくサイダーなのだろうがその中身がどんな味かはよく知らない。多分まずいんだろうな。


なんとなく私はそれを1缶拾って再びレジに向かった。


会計を済ませて外に出るとあの夏の空気がへばりつく。やはり、気分が悪い。


さっき買った缶ジュースを開ける。プシュッという炭酸の音。


「…………まず」


もう少し飲む。のどが焼けて少し痛い。


私は半分以上残ったジュースを、自販機横のゴミ箱に乱雑に捨て帰路についた。


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