第15話 結局、使えそうなのは……

「と言うわけで、焼き肉に行くぞぉ!」

「……いきなりね。

 意外と良い副業だったの?」


 夕方と言うにはまだ早い時刻。

 自宅のリビングを開けて、すぐに宣言する俺に呆れた顔の奥さん。

 主婦の傍ら、病院で医療事務のパートとして働く奥様である。


「ああ。

 なんだかんだで、2万くらいの現金収入になった」

「へぇ。

 良かったじゃない」


 実際はその百倍以上の稼ぎだが、そんな儲けを守秘義務を守った上で、まとめに説明も出来ないので、比較的に現実的な数値で申告する。


 ……半日仕事で、2万は稼ぎ過ぎかもしれないが、会社の後輩から紹介された仕事であるし、それくらいは詮索もされないだろう。

 加えて、その金を家族の贅沢へ回す形で先制する。

 誰だって自分の利益になることへは、注意が甘くなるのだ。

 決して、賄賂ではない。


「……けど、本当に怪しいアルバイトの類いじゃないでしょうね?

 妙に何かを隠している気がするのだけど?」


 ……しかし、長年連れ添ってきた伴侶には逆効果であったらしい。

 むしろ、疑いの視線を向けられる羽目になった。


「当然だろ?

 晴彦に紹介されての物だし。

 普通にハロワ経由の仕事だぞ?」

「ハローワークの前を通って闇バイト職場に行ったとかじゃないのよね?」


 そんな一昔前の消火器の騙し売りみたいな……。

 ……まあ、隠し事があるのは事実だが。


「そんな古い手を家族に使ってどうするよ。

 ハロワで適正検査を受けた上での登録だから、問題ない。

 それよりも、2人は?」

「唯は自分の部屋で遊んでいるはずよ。

 孝輔は友達と出掛けてるわ」


 呆れたような仕草で疑いすぎだと主張し、子供達の様子を訊ねる。

 そこまでして、やっと疑いが溶けたらしい。

 ……疑い深いったらないと言いたいが、実際逆の意味では、隠し事をしているので下手につつくわけにもいかない。


「なら、唯にも今晩は外食だと声を掛けておいて、孝輔が戻って来たら出掛けるか?」

「……そうね。

 あんまり早く行っても焼き肉屋はやってないでしょうし、わざわざ早く帰るように言う必要もないでしょ」


 出来るだけ、自然な状況になるように取り繕い、リビングを出る。


「唯ぃぃ!

 夕飯は食べに行くからぁ!」


 ドタドタ!


 階段下から声を張り上げると、慌てたように足音が響く。

 しっかりとこちらの声が聞こえたようで安堵である。

 騒音を背にリビングへ戻る。


「さて、後は孝輔だが……」

「私からLINK入れたわ」


 どうやら、恵の方で対応済と言うことらしい。

 何のかんの言いつつ、乗り気のようである。


「ところで……」

「うん?」

「私的には、お寿司が良いんだけど?」


 むしろ、外食のリクエストをしてくる。


「……寿司ね。

 それくらいなら、月一に行くじゃないか?」


 給料日の贅沢で行く、外食の内でもっとも高頻度なのが回転寿司だ。

 それよりも、焼き肉とかの方が……。


「焼き肉だと服に匂いが付くじゃない。

 洗濯する身になりなさいよ」


 ……まあ、それはあるかもしれないが。

 それなら、


「別に俺がやっても……」

「絶対に嫌!

 あなたの場合、適当に洗剤入れて回すだけじゃない!」

「それは……」


 唯を妊娠している時期に、あれこれと家事をやってはみたが、まともに及第点はもらえたことがない。

 しかし、それなりに叱られながらもある程度は出来るようになったつもりだが……。


「とにかく!

 私はお寿司派。

 後は、孝輔と唯次第だけど……。

 少なくとも、多数決だからね!」

「わかった」


 逆に、孝輔と唯を上手く誘導すれば、焼き肉でも良いわけだな。

 孝輔は育ち盛りの中学生。

 寿司よりも焼き肉になびく可能性は少なくない。

 となれば、唯をこちらに引き込めば……。


「回鮮館行くんでしょ!

 私、ヒールレインのセットが良い!」


 などと言う甘い思惑は、リビングにやってきた唯の一言で粉砕された。

 ヒールレイン。

 いわゆる女児向けアニメのヒロインの1人である。

 そして、彼女を含むヒロイン達が様々な疲れた物を救うために、何故か戦うアニメがプリンセスヒーラーズと言う今期のヒーラーズシリーズだ。

 そして、うちの家族が良く利用する回転寿司チェーン回鮮館ではそのコラボが行われていると……。


「……と言うことよ?」

「まだ、孝輔が残っている……」


 勝ち誇った顔の恵に、イラッとしつつ息子へ思いを託す。

 父親としては娘に嫌われたくないので、自分から反発はできん。

 ……妹に甘い孝輔が、矢面に立ってくれそうとも思えないが。

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