2.2


 自分が起こしたこととは言え、心臓が一拍跳ぶような出来事に桜冬おとは、音楽室の扉に背をむけ、脱力して座り込んだ。


 あぁぁ……急に現れるからびっくりした。


 ストリートピアノの彼の姿が見えなくなるのを確認してから、迷路のような廊下を抜け、桜冬おとは、なんとか自分の教室に戻ることができた。


 教室には、新学期で落ち着かない女子、春休みの武勇伝を語り合っている数人の男子、ともあれば、黙々と楽譜を読む男子もいて、十人十色といったところだった。


 編入したての桜冬おとは、少々居心地が悪いものの、ひとり席について周囲の会話に耳を澄ませていた。


「ねぇ、ピアノ専攻の向井くん。普通科に移ったそうよ」

「えっ!? あの向井春一?」

「コンクールの上位常連なのに、なんで?」


「向井、普通科の教室入っていったぞ?」

「あいつ、年明けからピアノ弾いてないらしい」

「なんか、冬のコンクールを1つ飛ばしたらしいぜ」


 教室の噂話は『向井春一』で持ち切りだった。


 そんなに話題に上る『向井春一』という人が気になって、桜冬おとは隣の席に座っている男子に声をかける。


「初めまして、たちばな桜冬おとというの。ねぇ、向井春一ってどんな人か教えてくれますか?」


 隣の男子は、一重の瞳をニコリと笑って、口元からは八重歯をチラリと覗かせた。



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