3.3


 俺の問いに、ちびっ子の目はパッと輝いた。


「簡単なもので良かったら、教えてやる」

「……かえるがケロケロいうやつがいい」


 カエルの歌か?

 俺はド鍵盤を押し、ポォーンと音を出した。


「カエルの歌は、ドから始まる。いいか? ここからスタートだ」


 ちびっ子にカエルの歌を教えているうちに、徐々にゆっくりと弾けるようになってきていた。とはいえ、お前のお母さんの戻り遅くないか?




「ねぇ、向井くん……だよね?」


 突然、女性の声で話しかけられた俺は、飛び上がるくらい驚いた。

 振り向くと、女子高生が二人いて、ストレートな長髪で、同じ五十鈴附属高校の制服を着ているほうに、なんか見覚えがある。


「俺の名前……何で知ってんの?」

 女子高生二人が急に怪しく見えてきて、俺は眉をひそめた。


「わたし、橘桜冬。こちら私の友人の冴子。向井くんのことを知っているのは……向井くんが自分で思っているよりも有名人だっただけよ、ね」


 橘桜冬と名乗ったストレートな長髪のほうが妙に焦って、答えた。確かに、あの高校では、ちょっとした有名人かもしれない。

 ピアノの椅子に腰かけていたちびっ子が、足元に駆け寄ってきたので、反射で俺はちびっ子の頭を軽くぽんぽんする。


「もしかして、その男の子、迷子なの?」


 冴子と呼ばれていた女子高生が、俺に訊いてきた。


「あぁ――」

「ぼく、ままのこと、このおにいちゃんといっしょに、まっているんだ」


 ちびっ子は俺にしがみついたまま、冴子の言葉を否定するように『待っている』に語気を強めた。桜冬も冴子も、この小さな強気の子供を見下ろし、肩をすくめている。


「あぁ、そうだ!」

 明るい調子で冴子が指をパチンと鳴らし、皆の注目が集まった。


「桜冬、私、駅の人に頼ってくるよ」


 冴子は、さも名案だと言わんばかりに桜冬の両肩を掴み、口元を桜冬の耳に近づけて一言添えた。


「だから、桜冬……がんばるのよ!」


 そう言って、何の目的で桜冬にウインクをしたのか、何をがんばるのか、俺にはわからないけど、冴子は駅員を探しに行ってくれたようだ。ちびっ子を置いていくこともできなかった俺には渡りに船と言ったところか。


「まぁ、突っ立っててもしょうがないし、どうする? お前も何か弾くか?」


 本音のところは、ピアノの音を聞くと頭に響いてクラクラするから、少し距離を置きたい気分だった。


 桜冬は、眉尻を下げ、力なくハハハっと笑った。

「それが、私って、歌う専門で。楽器は全くダメなの」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

恋に落ちる音がした 霜月れお @reoshimotsuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ