第40話 魔王 ルイン
魔王ルイン
そいつが名を口にした時、世界は破滅する。
「滅べ、『
パリンッ!
何かが砕ける音がし、魔王ルインが無数のガラス片に映る。もちろん僕らとルインの間にガラスなどない。直ぐにそれが何かを知る。一瞬で空気が――、空間が破壊されたのだ。ルインだけではない。視界の全てが割れて不揃いな欠片となった。
「させないっ! 治って! 『くいっくれすたーれーしょん』っ!」
咄嗟にサクラが世界を癒す魔法を展開する。細かく砕けた空間が、パズルのように繋ぎ合わさりながら即座に修復されていく。その時の歪みだろうか、室内なのに暴風が吹き荒れた。
「シェイブ! あとはお願いっ!」
「任せろっ! こ、――のっ! 『
サクラからシェイブへ、その破滅を回避するためのバトンが受け渡され、両手でホールドするように魔法で空気を抑え込む。ガチーンという音こそ聞こえないものの、暴風が静まり無事に静寂が訪れた。
「まあ、これくらい耐えるか。これで世界ごと滅んでくれれば楽だったものを」
「イヤよ。私は、お兄ちゃんと私の世界と共に歩くと決めたの。またあんな所にずっといるなんてイヤ」
「……サクラ?」
ルインとサクラ、ふたりはまるでこの世界とは違う世界の話をしているようで、ルインがただの魔王ではない気がした。
「えっと、たぶんお兄ちゃんの想像通りだと思う。オティヌスと同じ感じがする」
「ならあの時のように――」
「そうなのよね! 女神としてサクラちゃんがこの世界からポイしちゃえばいいのよね!」
「うん。――だから、『ふぇあとらいぶんぐ』っ! この世界から出てってー!」
女神でもあるサクラがいうのだ。ルインはオティヌスと同種、そうとわかれば対処法がある。神を追放したように魔王をこの世界から追放する。その一心で、サクラから放たれた桜色の光が魔王ルインを貫いた。
「やったか!?」
「ヘージ、それフラグって言うのよね」
「ちょっと待って! サクラちゃんが女神さまって本当?! かーさん聞いてないんだけど!」
勝利を確信し、定番のやりとりをしているとセリアかーさんも張り詰めた空気が消えたことに安心してか、サクラが女神とはどういうことか追及してきた。けれど、それに答えたのは――。
「そいつは間違いなく本物の女神だ。だからオレが生まれた。片っ端から世界を壊す魔王という存在として。――魂に刻まれた呪縛がお前を殺せと、そう訴えてきている」
「おま……何を、いや、なんで……」
「なんで? 面白いことを聞く。それはオレがこの世界の存在、ブローズの魂を取り込んで一体となっているからだろう。生き血を飲んで魂を汚し、馴染ませてきたのが功を奏したわけだ」
魔王ルインは何もなかったかのようにそこにいて、サクラを殺そうとする理由を語る。
「女神が職務放棄していいと思ってるのか? 天界に連れ帰る。そうすればオレもようやく自由になれる」
聞いていても支離滅裂な言い分だが、ルインはふざけているわけでも、気が狂ったわけでもないようだ。
「魔王を名乗ろうとそれは与えられたもの。オレも所詮は世界の歯車の一部だ。ならとっとこの役割を終わらせてやろう」
これまでとは打って変わって、感情を殺した言葉がルインから紡がれていく。それは僕が否定した社会の歯車としての生き方を強要されているようだった。
「そうだね。あなたが生まれたのは私のせい。だけど、必ず
自分ひとりで原因を背負うつもりのサクラの手を取る。確かにサクラがあの何もない管理神としての空間から抜け出したのが原因かもしれない。けれど、それを望んだのは僕だ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
(じゃあ、私の中の女神さまって一体……)
マリーは自身の中に女神残滓を感じていた。それは魔族の魂が入り込むずっと前、巫女として祈りを捧げている時から次第に大きくなっていったものだ。きっと自分が依り代になっているからだろう。そう思っていたのだが、女神という存在を、サクラを前にして信仰心が揺らぐ。
(あのルインという魔王とサクラちゃん、ふたりの関係から間違いなくサクラちゃんは女神だけど……この世界には別の女神がいるの? それとも私たちが女神だと思って信仰していたのは……)
考えがまとまらない。恐らく自分程度の存在では真実にたどり着けるわけもないのだろう。
「ヘージ! 神殿の武器をありったけ召喚するのよねっ!」
「わかった! 来てくれ――剣、斧、槍っ! 『召喚』っ!」
「愛の合体技っ! 『サモンフロートアサルト』なのよねっ!」
そうこうしていると激しい爆音が大聖堂に響きだす。ルインのいた祭壇には剣や槍が突き刺さり、前方の長椅子はルインの弾いた斧が真っ二つにカチ割っていた。
「先ほどの破滅も止められ、今は防戦一方。やはりまだ力が戻らぬか。低級魔族呼び寄せを喰らい完全復活するつもりだったが……それもなぜかやってこない」
斧を弾いた時にキレた腕の血を舐め、ルインは「ままならぬものだな」と溢す。バサッと羽を広げて空へと浮き上がる。ヘージたちは武器を再召喚して再び攻撃を仕掛けているが、さきほどの衝突により刃こぼれした剣などただの鉄の棒と言ったありさまでルインには傷が付けられないでいた。
「邪魔な結界はすでにない。この場は引くとするが覚えていろ……必ずお前を殺し自由になってやる」
横を見ればシェイブは必死にまだ世界が壊れないように空間を保持している。恐らくルインは再び破滅を用いて空間を壊して逃げていこうとしている。それがはたから見ている自分にはわかっているのに、マリーは何もできずにいた。
「――行かせないよ。『
このままルインが飛び去るのを見ていることしかできないと諦めかけていたその時、何千、何万もの誓約書が現れ、ルインに張り付いて縛り上げる。
「くっ! なんだこの力は!」
少なくとも個人が出せる威力の魔法ではない。ルインもブローズとして生活していたのだ。この世界の魔法というのは理解しているだろう。アリアのように物を利用していない以上、それは術者の持つ魔力に依存した威力にしかならないのだ。
「お前はこの国の民である修道士たちを、友であるブローズを手にかけた。故に、王として果たそう。──弔いの約束を」
ピオニー陛下の冷たい声が響き渡る。誰かのために生きてきた。人々を幸せにすることに万進してきた。自分さえよければという司祭を蹴落として就いた立場であれど、生きて幸せになってほしいと願っていた。そんな自己犠牲の塊のようなピオニー陛下だというのを皆が知っている。そんな誰も見捨てようとしない彼が――、ケジメを着けるために友人の命を奪おうとしている。
「消え去れっ! 『
空が光り教会の鐘が鳴る。鐘に叩きつけらた光が鳴らしたのだ。その大聖堂を閃光で覆い尽くす極光はステンドグラスから侵入し、邪悪なる魔族を、その最たる魔王のルインを焼き尽くす。
「ぐあぁぁああああっ!!! あぁぁああぁぁっ、あっ……ぁ……」
魔王の叫び声が響き渡る。翼は焼け焦げボロボロになり地を這いずる。伸ばした手は爛れ、声も次第にか細くなっていった。
「オレは自由が欲しい。それだけなのになぜ……」
それはルインの心からの願いだったように思う。きっと何度生まれなおしても、魔王としての力によって普通の生活は手に入らないだろう。利用し、利用され、祭り上げられる。
〝慈愛は循環し、新たな世界を作るであろう〟
ミル教の教えは自愛だが、それがもし恐怖だったら? きっと〝恐怖は蔓延し、幾度も同じ世界を作るだろう〟と、なるように思え、それが魔王の宿命のように感じた。
タッタッ 。タッタッ。
「ピオニー様、お客さん来たけどどうする? ってヘージもここにいたんだ」
そんなルインの最後を寂しい気持ちで見送っていると、背後から青色の髪の少女がやってきた。
「スノリェ! どうしてここに!」
その声に反応し、ヘージくんが慌てて駆け寄る。セリアさんと共にやってきた新たな巫女候補のスノリェちゃん。ヘージくんとサクラちゃんが孤児院育ちなら顔見知りなのは自然なことだった。
「新たな巫女かっ! それだけ幼ければ今のオレでも簡単に支配できるだろう――なっ!」
崩れ落ち始めたブローズの体から黒い塊が飛び出した。恐らくあれがルインの本体だ。その塊は一直線にスノリェちゃんへと向かう。
「なんだ。ルイン、こんな所にいたのか」
スノリェの後ろから聞こえた聞いたことのない男性の声。まるで子どもが友達を探していたような気軽さで魔王の名を口にした男はおもむろに
「ちゃんと人の形をとってくれよ。いや、魔王の形か? 『
指先からピカっと瞬間的な雷が迸った。口もなく言葉を発することができないが、撃ち落とされた
「っ!? 誰だ! オレの邪魔をするヤツは!」
ようやく会話ができると、そう満足げにルインの言葉を聞き流し、金色の甲冑をしたノルズリの王。
「この世界では
この大陸最強の男であるソアが現れた。
勇者でさえ歯車の一部なら。 たっきゅん @takkyun
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