第26話 素泊まりオンリーな宿屋
アリアさんに案内されて宿屋に入ると、長身で肩幅の広く、ガタイのいい可愛いクマさんのエプロンを付けたスキンヘッドのおっさんが受付カウンターにいた。
「いらっしゃい! うちは素泊まりオンリーな快適、安全、安いをモットーにしている宿屋だ。何泊泊まっていくんだ?」
どうやら飛び込み客でも受け入れてくれるようで、見た目を裏切らずに大声で軽快な軽口を混ぜた話し方だがしっかりと帳簿を開いており、この人が受付の対応をしてくれるようだ。
「3人で2部屋、とりあえず1泊お願いできる?」
「子ども部屋と、2人部屋でいいかい?」
気の良さそうなおっさんなのでノリノリで答えても良かったが、あえて普通に答える。すると受付のおっさんもこちらのトーンにすぐに合わせて空き部屋があることを確認して応えてくれた。
「今夜はヘージを独り占めなのよねっ♪」
「え、それってどういう―――って! なんでそうなるんだよ!?」
アリアさんの反応を見てサクラが子ども部屋で、2人部屋で僕とアリアさんが同室って意味だとすぐに理解し声をあげたが、おっさんの表情が何いってんだコイツといったものに変わった。
「この組み合わせで2部屋なら男女分けだろ普通!」
「そっちの美人さんは―――、お前のコレっ、じゃないのか? せっかく気を利かせてやろうと思ったのに」
おっさんはカウンターから乗り出して、低音なイケボと共に小指をビシッと立ててくる。
「違います!」
「そうだよっ! アリアさんは叔母さんだよ!」
「私が悪かったのよね! だから叔母さん呼びはやめてなのよね!」
僕が全力で否定し、サクラも一緒になって叔母さんを強調して否定した。悪乗りが過ぎたとはいえ、人前で叔母さん呼びされたアリアさんに少しだけ同情した。
「この人は一緒に旅をする、えっと……、仲間です!」
「―――ヘージ、……ありがとなのよねっ!」
アリアさんは美人なので側から見たらそう思えるのだろう。しかし、セリアかーさんの面影も重なるせいか異性としての意識が薄く、出会って三日目なのに家族のように感じていた。けれど家族というのも違う気がして、少し恥ずかしかったけど仲間と答えた。
「ま、冗談はともかく仲間なら3人同じ部屋がいいだろ」
いいことを言った風に収めようとするこのおっさん、初対面の宿泊客に対して距離感が近すぎることを除けば凄くいい人な気がしてきた。
「そうだよね。昨日は3人で一緒に寝てくれたもんね」
「サクラちゃん、おとこのこだから色々あるのよね。ヘージも一人になりたい時があるのよね」
「おっさん、訂正だ。3人部屋を1つ頼む」
アリアさんの戯言をスルーし、すでに3人で寝た仲だよなと思いサクラも期待に応える。
「生憎とうちは大部屋はなくて2人部屋オンリーなんだ。子ども部屋だけは本当にあるんだがな」
「って、なんでだよっ!」
今のやりとりは何だったのか……、叫んでしまうのは仕方がないと思う。
「うちは素泊まりオンリーな快適、安全、安いがモットーなんでね」
おっさんから(察しろよ)と心の声が聞こえてきた気がした。素泊まりで快適、なるほど。……そういう宿屋なのかと理解した。
「……2人部屋を1つ頼む。さっきも言ったけどまずは1泊、気に入ったら3泊世話になろうと思うからよろしく」
最初の1泊分のお金を支払い、1部屋分の鍵を受け取った。
「2階の奥の角部屋だ。東に窓があって朝が気持ちいい一番部屋だぜ。それとここらは物騒じゃないが、もしもの時は命に代えてもお客さんは守ると誓うぜ!」
そのガタイが頼もしくキランした笑顔が眩しいが、昼間に草との戦闘を行ったためか疲れがそろそろ限界だった。
「3人だと狭いかもしれないけどいいかな?」
「うんっ! 今日も三人で一緒に寝ようねっ!」
さっきと一転して明るくなったサクラが答える。
「したくなったらいつでも言っていいのよね」
「何もないからねっ!?」
「相談にはいつでも乗るぜ? なんたって素泊まりオンリーな宿屋だからな」
「ああ、もういい! 行くよ!」
とんでもないことを言い出したアリアさんとおっさんをよそに先に部屋へと向かおうとし、階段を登る途中である事をふと思い出す。
「あ、そうだ。僕の名前はヘージ、もしかしたら3日も世話になるんだ。おっさんの名前を教えてくれ」
受付から出てきてスキンヘッドのおっさんは嬉しそうに自己紹介に応じてくれた。クマさんのエプロンがよく見えるようになった途端に可愛さ100倍だ。
「オレの名はシェイブだ。よろしくな、ヘージ」
「ああ。シェイブ、よろしく頼む」
「おうっ! ゆっくりしていってくれ、ベットはふかふかで寝心地は最高だからよ!」
シェイブに見送られながら階段を登り、鍵を渡された奥の角部屋へと入って唖然とした。
「ほんとさっきのやりとりは何だったんだよ……」
そこにはベットが2つ並んでおり、(2部屋とは言ったがベッドが二つとは言っていないぜ、HAHAHA)とシェイブの声が聞こえてきそうった。
「二人ともふかふかだよー。早く寝ようよー」
純粋なサクラがベットに飛び込んで呼んできたので、サクラがいいのならいいかと僕は悩むのをやめた。
「ベットに寝転ぶのはお風呂に入ってからな」
「あ、そうだね。ちょっとはしゃいじゃったかも」
おちょくられてるようで少々癪だがシェイブは意外と気が回りそうだ。シェイブのお節介に感謝をしつつ宿屋に備え付けられた共同風呂へと僕らは向かった。
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