一件落着
淡い光の灯った洞窟を歩いていると、入った時と同じように、唐突に視界が開けた。景色の切り替わりと共に目眩に襲われるのも最早慣れたもので、あかりはぱちぱちと瞬きをして、白樂の姿を探した。
泉の中央に浮かびとぐろを巻く白樂と、その前に控えるように平伏した小葵、そしてその後ろには小葵の眷属達。そして小葵と距離を置いて隣には青鈍が腰を落として座り、すぐ後ろに従う白銀と、その更に後ろには十数頭の狼が身を低くしており、頭上には何羽かの鴉が木の枝に止まりじっと泉を見つめていた。
「あかり様」
「遅いぜ、全く」
蘇芳と橡の姿が見えない、思ったところで後ろから二人の声がした。
「あかり様、さ、こちらへ。童達も共に来やれ」
蘇芳に案内された場所は白樂が居る泉の横で、なんとなく居心地の悪さを感じながらあかりはその場所に立って視線を両者に走らせた。
白樂は穏やかな表情を浮かべ、小葵は目を伏せ顔を下げているため表情を窺うことは出来ない。真神達はと見てみれば、青鈍は耳をピンと立ててまっすぐ白樂に視線を注いでいた。
「我が名は
白樂の声が謡うように朗々と夜の中に響く。
「大口真神、青鈍殿」
金色の目が真神へ向かい、
「我の力不足故に荒れた山を、これまでよくぞ守り慈しんでくださった。この霧館全ての命に代わり、礼を申す」
そう言って深々と頭を下げる。それを受けた青鈍は同じように頭を深く垂れ、
「我ら真神、為すべき事を為したまでのこと。礼には及びませぬ」
青鈍に続き真神達も同じように頭を下げた。
「蛇神、小葵」
「は」
「水を清め水に住まうものを我に代わりずっと守ってくださったこと、同じく感謝を申しあげる」
「勿体なきお言葉にございます……!」
感極まった涙声と共に、小葵は既に深く下げられていた頭を、更に地に着かんばかりに低く下げてみせた。
「さて、今後のこの山の事であるが」
「白樂様、我ら真神、霧館の真なる主を退けこの地を簒奪いたす様な心づもりは毛頭ございませぬ。なれど恐れ多きことながら、白樂様はお力が戻りきってはおらぬご様子。せめて白樂様がお力を完全に取り戻すまでの間、この山を如何為すかは一度お伺いを立てるべきと我ら真神は存じまするが」
「貴様ら白樂様になんて事を! 口を慎めこの……!」
「口を慎むのはそなたぞ小葵。この場をなんと心得るか」
呆れた声音で小葵を窘めた白樂は、
「青鈍殿の申すとおり、我の力はけして十全ではない。しかしこの霧館は清い水脈の通らぬ山故、水を淵へ留めそして巡らす事の出来る我が任されたという経緯がある。お伺いを立て他の神に任せるにしても、その差配は難航するであろう。さて、如何したものか……」
白樂がそう言い、ちらりとあかりに視線を向けた。あかりは無言で頷き、その場から一歩前に出る。
「確かに白樂は山を治めきるだけの力は戻っていません。けれど同時に水脈の無いこの山を潤すことが出来るのも、白樂だけです」
「他の水を呼べる水神を招けば良いのではないか?」
「招いたって、治めんのは難しいだろうよ」
真神の一頭が発した言葉に応えたのは橡だった。
「水脈が無い土地に水を行き渡らせるのは簡単な事じゃねぇ。それこそ長年この地を治め潤してきた白樂様くらいのノウハウが無ぇと」
「ノウハウ?」
「あー、経験と知識の積み重ね?」
橡の言葉に真神は納得したように黙った。次に口を開いたのは小葵の後ろに控える稚児で、
「白樂様の御力が満たされていないのは吾等とて分かりまするが、その足りぬ所は小葵様と我らでお支えいたすのでよろしゅうございませぬか。小葵様より伺いし事に依れば、白樂様は小葵様にとってかけがえのないお方であるとのこと。そんな方を追いやるのは吾等としても望みませぬ」
小葵が不愉快そうに目元を歪めた。彼ら小葵の眷属は知らぬ事だろうが、小葵は白樂によってはっきりと『力不足』と言い切られている。プライドの高い小葵がそれをもう一度、しかも自身の眷属に告げるというのは不愉快極まりない事なのだろう。小葵が口を僅か開いたが、小葵が言葉を発する前に、
「吾等の領分はあくまで水である」
蘇芳が鋭い語調で稚児に言い放った。
「小葵様は地の領分を真神に奪われて久しく、お力添え出来るのは水の領分についてのみぞ。しかし力を失ったとはいえ、長くこの地を治める尊き水神の白樂様に、水の領分でお助けせねばならぬ事がどれだけあるというのだ」
「……ならば如何せよと言うのだ!」
反論の言葉を無くした稚児が目元を吊り上げ声を荒げる。
「はてさて、どうしたものかの……」
言いながら蘇芳がちらと視線をあかりに向けた。
「なんじゃ、その小娘が何ぞ出来るとでも言うのか。人間贔屓も大概にせい」
「あかり様は灯子様のお孫様で調停役を継げるほどのお力を持つお方ぞ。あかり様をそう軽んじるべきでは無かろう」
「は、蘇芳、貴様――」
蘇芳に言い返そうとした稚児を、くるりと首を回した小葵が睨み付けて制した。
「……我は白樂様のお言葉に従うまでぞ。白樂様がこの場にあかりを呼び、言葉を促したのであれば、あかりの言葉をしかと聞くべきじゃ」
「申し訳ありませぬ。出過ぎた真似を致しました」
稚児が下がり、小葵、真神、白樂三者の視線があかりに向けられた。あかりは一つ深呼吸をし、
「白樂の力が戻るまで、この地を三柱で並び立ち共に守る、というのはどうですか? 白樂が目覚める前まで、水の領分は小葵、地の領分は真神、として守っていた所に白樂を加えて、争わず協力して霧館を守っていく、という」
「名案じゃ。我はそれに依存は無い」
朗らかに言う白樂に対し、真神と小葵の眷属達がざわついた。
「しかし、それはあまりに異例では。一つの山に三柱が並び立つなど」
困惑した声で口を開いたのは白銀である。後ろの真神も同調するように頷いているが、青鈍だけは何か考え込む様に目線を下げていた。
「異例ですが、複数の神が一つの山に集っている例は遡ればいくつかあります」
「燈火の記録を得たあかり殿が言うのであれば事実なのでありましょうが、しかし……」
「……俺も、それが良いように思う」
「青鈍、それは本当ですか⁉」
ゆっくりと視線を上げた青鈍は、
「俺は黒金の後を継ぎこの山を任されたが、山一つ治めることは初めて故、未だ己の未熟さを恥じるばかりの身。小葵と対立していたがために水の領分の事も分からぬ。ならばこの機会に霧館を長く守った白樂様の胸を借り、共に霧館を守り治めるのは俺の為にも良いことだ」
青鈍が琥珀色の目をあかりに向けた。
「三柱並び立ち、共に治めるべしと、確かにそう申したな」
「はい、そうです」
「ならば異存は無い。白銀、他の者も、良いか」
「――はい、青鈍。この群れの長である貴方がそうお決めになったのならば」
白銀はどこか嬉しそうな柔らかい声音で言い、耳を伏せて静かに目を閉じた。
「小葵、そなたはどうじゃ」
「白樂様が賛同なさるのであれば、我に異存などありませぬ。ただ御心に従うまででございます」
言いながらも小葵はちろりと横目で青鈍を睨み、青鈍もそれを受け鼻に皺を寄せたが、
「これこれ、仲良うやろうではないか」
という白樂の声に目線をお互い逸らして頷いた。
「それでは約束を交わし盟約を結ぼう。証人はここな燈火の残し火たるあかりが務めてくれようぞ」
「は、はい!」
急に名前を呼ばれたあかりは、声を裏返させながら慌てて返事をする。
「――では白樂様、いや、白樂。我ら大口真神その筆頭青鈍、水神と蛇神と共に手を取り合いこの霧館を守る事を約束しよう」
「うむ。よしなに頼む」
「白樂様。不肖小葵、心血注ぎ白樂様をお助け申しこの霧館をお守りすることを約束申し上げます」
「これ小葵、三柱並び立ちの意が分からぬそなたでは無かろう。これでは我がそなたを小葵様と呼ぶことになるぞ」
「そんな、あまりにも恐れ多うございます! どうかお止めください!」
白樂に言われた小葵は悲鳴のような声を上げ、忌々しげに一度真神を睨み付けると、諦めたように頭を垂れた。
「我、蛇神小葵、大口真神と水神と共に手を取り合い霧館を守る事を約束申し上げる。――白樂様、敬称だけはどうかご勘弁くださいませ。白樂様をお呼び捨て申し上げるなど我にはとても出来ませぬ」
「ほほ、まったく仕方のない子じゃ」
白樂は困ったような顔で、しかし愛おしげに小葵を見つめ、
「それではこの水神
白樂の言葉が終わった瞬間、ピシ、と場の空気が鋭い緊張を孕んだ。ここに並ぶ三柱の間で約束の文言を取り交わし、盟約が結ばれた証だ。こちらの世界に於ける『約束』の意味は人間の意味するそれよりずっと重い、というのは覗いた記録から分かったことである。
「ええと」
張り詰め、静まりかえった空気の中口を開くのは恐ろしく緊張するが、仮にもあかりはこの場の証人である。約束が交わされたのを見届けた、ということをきちんと明言しなくてはならない。
「三柱の間で約束が交わされ、盟約が結ばれました」
「まこと、目出度きことじゃ。ほほ、至らぬ水神で申し訳が立たぬが、よろしゅうなあ」
「ああ。何卒、よろしく頼む」
「また白樂様と共に在れること、何よりも嬉しゅうございます」
三者――小葵と真神は渋々、という様子であったが――が視線を交わし、頷き合う。
「それじゃあ、今回の騒動これにて落着、ということで、……大丈夫ですか?」
「よいよい。まこと、よき計らいであった」
「あかり殿、先刻までの無礼な行い、切にお詫び申しあげる。此度の見事な差配感謝する」
「……人にしてはようやったの。灯子の血を引くだけある」
「これ、小葵」
「…………礼を、申すぞ。あかり」
青鈍と小葵はあかりに一言ずつ声をかけると、それぞれ泉を離れ、森の中へと帰って行った。月明かりに照らされた泉に、あかりと朽葉、檜皮、白樂だけが残される。
「はぁ~……」
どっと全身の力が抜けてあかりはその場に座り込んだ。
「あかり、あかり、なぁ、なんかめっちゃ凄かったぞ! 神様の調停するの、オレ初めて見た!」
朽葉が興奮した様子であかりの胸元に飛びついた。
「もうめちゃくちゃ緊張した……。なんとなくどうすればいいかとか何言えばいいかは分かってたけど、それでも調停なんて妖怪云々以前に人生で初めてだったしさぁ」
「でもなんであかりさんが調停する必要があったんですか? 白樂様はかなり高位の神様ですよね。あかりさんが調停しなくても白樂様が直接言えば……」
「そんなことしたら真神の面子が丸つぶれだろ。それじゃマズいのよ」
羽音と共に降ってきた声が檜皮の声を遮った。
「え、橡? さっき青鈍達と一緒に帰ってた筈じゃ」
あかりが目を丸くして問えば、
「着いてこんでいいって追っ払われた。酷い話だろ?」
「おや、お主もか」
今度は蘇芳の声が背後からして、振り向けばふよふよと漂っていた蘇芳がにこりと微笑んだ。
「ありゃま、遂にハブにされたか。まあ今回お前好き勝手やってたしなぁ」
「吾の役割は小葵様に仕えることであって、いけ好かぬ同僚と連むことではないわ」
橡の言葉に言い返して、蘇芳は檜皮に視線を向ける。
「真神と白樂様、格としては比べるまでもなく白樂様の方が高位ではあるが、真神とて強い力を持つ神であることに代わりはない。あの青鈍は己を未熟と正直に申したが、本来水脈の問題さえなければ真神達は十分この山を治めるに足るだけの力を持っておる」
「でも高位の神たる白樂がこの状況下で直接真神に『助けてくれ』なんて言ったらそれは『自分に従い眷属となれ』とほぼ同義になっちゃったりするんだな」
「……なるほど。確かにそれは」
「マズいだろ?」
橡の言葉に檜皮が頷く。
「はいはい、わたしからも」
あかりは手を挙げて橡と蘇芳を見た。
「自分でやっといてなんだけど、小葵を同格の三柱に並べた理由は? ……いや、それが最適解だってのは感覚的には分かってたからそうしたんだけど、理屈が自分でも分からないんだよね。小葵は元々白樂様の眷属だったしそうした方が小葵にとっても良かったんじゃないかって」
「そうしてしまっては、真神達は同格以下の相手と同列に争っていたことになってしまうであろ」
後ろから白樂が首を伸ばし割って入った。てっきりとっくに地下に戻っているものだと思っていたあかりは驚いて肩を跳ねさせる。
「ま実際神格自体は真神のが上だが、小葵は年期と眷属の数が違うからな。力関係が拮抗するのは当然なんだが」
「公式に小葵様の方が格が低いと示されてしまえば、劣る相手を下せなかった真神の、特にその長である青鈍の面子は同じく丸潰れよの」
「面子……かぁ……」
そんなに面子って大事なのか? と半目になるあかりに、
「まあ多めに見てやんな。真神は群れを成す神だから群れの結束と上下関係が何より大事なのよ。この霧館の真神の面子が潰れるってのが真神全体という大きな群れそのものの面子にまで関わる可能性すらあるくらいだ」
「真神全体って……そんなに⁉」
「めんどくさいことに」
橡がイヤそうな声音で言う。
「それじゃ、今回調停したのは全部真神の面子のため、って事か⁉ なんか、それモヤモヤする」
朽葉が橡に向かって不服そうに言った。
「俺に言うなよな。俺だって面子だプライドだそーゆーの嫌いなんだよ」
「いや、そういう訳でもないのじゃ」
口を挟んだ白樂が朽葉に微笑み、
「前例があるとはいえやはり複数の神が一つの地に並び立つ、ということはそうあることではない。『お伺い』を立てれば間違いなく我は癒えるまで高天原へと昇ることとなり、この山は他の神に引き渡すことになろうぞ。なれど、先も言うたように清い水脈を持たぬこの山を治むるは難しい。我も任された当初は随分と難儀したの。長年この地に寄り添い、水を蓄え山全体を潤すこと叶ったが、それをまた一からとなると、それは後継となる神にもこの霧館に住まうものにとっても好ましくはないであろ」
「なるほど……」
「ついでに我も長年馴染んだこの霧館を離れとうはない。それに、我が去れば小葵は間違いなく荒れるぞ。あれは幼き頃から我を強く慕っておったが、長く逢えぬ間に少しばかり拗らせておるようだしのぅ」
我としてはもう独り立ちしても良いと思うのだが、ところころ笑う白樂に、あかりは調停の最中から気になっていた事をぶつけてみる。
「ところで青鈍も白樂様も『お伺い』って言ってましたけど、どこにお伺いたてるんですか? まさか神話の神様が本当に」
「内緒、じゃ。第一人の子に語っても分からぬ事ぞ」
ほほほ、と笑う白樂に眉を顰めて蘇芳と橡の方を向いてみるが、蘇芳は本気で知らない、という風情で首を捻り、橡は分かりやすく首をぐいと逸らすだけだった。
これはどう頼んでも教えてくれないやつだな、と理解したあかりは溜息をついて肩を落とした。ダメ元で朽葉と檜皮に視線を向けるが、二匹とも何も知らない、とぶんぶん首を横に振っていた。
「しかしあかり、そなた燈火を継いでおらぬと申しておったが、なかなかどうして、良き調停ではなかったか。記録も継ぎ、こうして我らの調停を成した。最早一人前の立派な燈火であろう」
「あ、いえ、わたし、本当に今回こんな事に巻き込まれるまでおばあちゃん、灯子が調停してたなんて事も知らなくて、記録も自分じゃ見れないし」
「なんじゃ、理屈は分からぬなりにこの見事な差配を行ったのは過去の似た事例を参照にしたからではないのか?」
「それはそうなんですけど、それは私が自分で探したとかじゃなくて、記録の方が私に見せてきたというか……」
そう、今回の調停を通してあかりは記録を幾つか垣間見る事が出来たが、それはどれもあかりの意思で呼び出したものではない。記録の方からあかりに差し出してきた、と言う方が感覚的には正しい。
「いいじゃねーか。高精度なフルオート検索機能付きと思えば。便利じゃん?」
「そうだとしてもそもそも検索窓が無いのが問題なんだって。……多分、記録の管理と閲覧はわたしじゃなくて記録の方が主導権握ってる状態なんだと思う。それに」
あかりは一度言葉を切って溜息をつく。
「表面上の記録をなぞるだけじゃなくてどういう意図があってこの調停になったのか、とかそういうのも分からないと駄目だって分かったけど……今のとこ、調停者の意図とか想いまで分かるのはおばあちゃんが担当したのだけっぽいんだもん。そもそもそれだって全部は見られなかったし」
やっぱり燈火が長年培ってきた記録を預けるに足る人物として認められていないんだろうな、とあかりは目を閉じてもう一度溜息をついた。脳内に記録の入った黒い箱をイメージしてみるが、箱が応える気配は微塵も無い。
「やっぱり、わたしじゃおばあちゃんの後は継げるような器は無いよ。今回のは偶然なんだと思う」
「悔しがる事はない。そなたは燈火を継ぐに足る者じゃ」
「悔しがるって」
そんな事は、と言いかけてあかりは口を噤んだ。そうか、記録に認められていないということ、おばあちゃんの後を継ぐだけの器が無いこと、そのことにこんなにモヤモヤするのは、悔しいからなのか。でも、それはつまりあかりは燈火を継ぎたいと思ってると、そういうことになる――のか?
「いやいやいや!」
大声を出しながらあかりは首を力強く横に振った。
「今回のは偶然巻き込まれて成り行きで調停役の真似事しただけで、私はこんな事にはもう……」
関わりたくない、という一言が何故かどうしても口から出なかった。訳の分からないまま巻き込まれたときはずっと早く帰りたいと思ってたし、怖い思いも散々したと言うのに。
「……ほほ」
白樂はあかりを見て意味深な笑いを零し、
「さて、今回のことで我はそなたに一つ借りが出来た。もし我の助けを求むることあらば、この泉にて我の名を呼び給え。我は必ず求めに応じ、そなたを助ける事をここに約束いたそう」
巻いていたとぐろを解き、ふわりと宙に浮かんだ白樂が朗々と宣言する。上空からの月明かりとそれを反射する泉からの光とで白樂の透き通った身体が照らされ、神々しく輝いた。
「今日はまこと良き日であった。そなたに逢えたこと、嬉しく思うぞ」
月の透けた金の瞳があかりを見つめ、柔らかく微笑んだ。
「ではな」
最後にそう短く言うと、白樂は身を躍らせ泉にその身を投じた。激しい水音がして、白樂の姿が消える。あかりはしばし呆然としながら白樂の消えた泉を見つめていた。
「あかり、お前すげーな」
沈黙を破ったのは橡で、
「白樂ほどの神に借り作って助けの約束取り付けたんだもんな。こりゃ一生もんの財産だよ」
「財産?」
「ちっと意味合いはずれるが、要は龍の加護だからな。すげぇぞ」
「それは確かに凄いのかも……」
気のない返事を返してあかりはゆっくりその場から立ち上がり、身体の土を払い落とした。そういえばずっとそれどころじゃなかったけどわたしずっとパジャマだったんだよな。しかも下のボタン二つ外れてるヤツ、ということに思い至り、もう落ちないだろうパジャマの汚れを指で擦りながら妙におかしい気分になった。
「――それじゃあ、これでもう全部解決したし、わたし、帰っても大丈夫なの?」
「勿論!」
「あかり、帰っちゃうの?」
「寂しいけどさ、あかりさんは明日灯子さんのお葬式なんでしょ? 帰れるなら早く帰らないと……」
「オレあかりともっと一緒に居たいよ……!」
「……わたしも。朽葉と檜皮と離れるのは寂しいなぁ」
あかりは二匹を抱きしめて頬ずりしながら言った。顔の横で朽葉と檜皮の照れたような笑い声がした。
「俺は?」
「馬鹿かおぬしは」
背後で聞こえるコントにふふっと笑いを漏らし、
「蘇芳さんはずっと優しかったし、橡も……うん、性格はアレだけどなんやかんやずっと助けてくれてたから名残惜しい、かな」
振り向いて言うと蘇芳は嬉しそうに笑って、吾も、と返してくれ、橡はというと一瞬固まった後テンパったように翼をバサバサと羽ばたかせた。
「それじゃあ、家まで案内お願い」
「「任せて!」」
綺麗にハモった朽葉と檜皮が足元に雲を出してあかりの前に浮かぶ。
「物の怪使って最短距離で行くからな!」
「はぐれないようにちゃんと案内するからね」
「ありがとう」
笑って、先導する二人の後に続いて歩みを進めた。蘇芳と橡は子供を見守るようにあかりの頭の上辺りを飛んでいる。
くらりと視界が揺れる刹那、あかりはその場で後ろを振り向いた。
木々の開けた中に、月明かりに美しい泉が照らされている。そのこの世のものとは思えぬ美しい景色に、ふと、あかりはもう人の世に、現実に帰らなくてはいけないんだなと、何故か胸が締め付けられるような気持ちに襲われた。
目眩と共に視界が暗転して切り替わり、泉が視界から消え、頭上の木の葉の隙間から僅かに月明かりの差し込む、暗く沈んだ山道が目の前に伸びる。
「あかりー! 逸れちゃ駄目だよ!」
「あかりさん、こっちこっち!」
「――うん、ごめん!」
聞こえた朽葉と檜皮の声に振り向いて、あかりはゆらゆら揺れる黄金色と焦げ茶色の太い尻尾達を追いかけた。
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