第9話 本殿

「今晩…?…!…いや…あの…帰りますけど…」


「茶屋は閉まった」


 ちゃ…


「あのぉ……出来ればぁ…裏門からぁ出たいんですけどぉ…」


「門は閉じている」


「すみませんが…開けて貰う事って…」


「明日の朝まで開かない」


 えー!?


 開けてくれないのっ!?

 なんでよーっ!?

 ケチかよっ!!


「けちではない」


 ぅえっ!!?




 しまった…

 心の声がまた出てしまった…


 ミラクル狐面の、じとり具合が僅かに増した。


「鍵守に頼め」


「?…?…?……柿森さん…今…どちらに…」


「何処かに居る」




 冷てーーー…

 手も冷たきゃ心も冷てーってか…




 かりっがたがたっがりがたん…



 戸を開けようとしているけれど、なかなか開けられないという様な音が響き渡った。


 狐面が、ちょいちょいとほじくる様な動きで、戸を開けようとしている。


 かりかりかりかり…


 まさかとは思いつつ、かりかりやっている本殿の戸の端を掴んでみると、すうっと軽やかに開いて、ミラクル狐面は、まるで自動ドアが開いたかの様に普通に入って行く。


 ありがとうとかっ!!そういうの無しっ!!


 すると、直ぐに本殿の中から玉葱が放られて、その玉葱を猿が追いかけて行くのが見えた。


 いつの間に来ていたのか、既に少しずつ猿が集まっている。

 慌てて本殿に入って戸を閉めると、勢いよく閉まり過ぎて、大きな音が響き過ぎた。


 後方から、じとりと声がする。


「猿は中に入れない」


 勢いよく閉めた戸の、上半分網目になったところから見ると、猿達は本殿に対して一定の距離を置いている様に見えた。


 必死になって押さえていた手を、緊張と共に戸から放す。


 猿達は脇を掻いたりして寛いで居たけれど、しばらくすると何かに気付いた様で、急に入口の門の方へ引き返して行った。


 目で追うと、門の前で一斉に動く猿の渦の中に、ふわりと白い物が見えた。




 シロ吉…

 

 赤い首輪が見えて、前足が少し赤くなっていたのを思い出す。


 このままではシロ吉が危ない!!


 助けに行かなくては!!


「しろ吉は大丈夫」




 え!?


 じとり声の方へ振り向くと、ミラクル狐面は居なかった。


 大丈夫と言われても、心配で仕方がない。

 不安な気持ちで再び門の方を見ると、シロ吉も猿達も居なくなっていた。


 え?


 え?




 え…


 あんなに沢山居たのに…


 一匹残らず…


 何処へ行ったのか…


 新しい建物の裏へ行ったのか…


 授与所の後ろの方にいるのだろうか…


 木の上などに目を凝らしても、猿の姿は一匹も見えなかった。


 シロ吉は大丈夫だろうか…


 上手く逃げられただろうか…


 噛まれていないだろうか…




 不安が広がる視界には、動く物が何一つ無く、まるで絵を見ている様な、奇妙な感覚が広がっていく。


 静止画みたいな景色と異様な静けさに、なんだか心細くなって、本殿の中に視線を廻らせた。


 けれどもミラクル狐面の気配は無かった。


 あの人…


 どこへ行ったんだろう…


 この裏に…


 隠し部屋があったりして…


 目の前の、厳かに祀られた立派な祭壇を見る。




 え…


 え?


 えー!?


 ぱちくり




 絵…

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