第8話 臭

 門の前に、フルフェイスのお面を着けたミラクル狐面が立っている。

 じとっとした雰囲気を漂わせて、こちらを見たまま袂から何かを出すと、ノールックで猿達に撒いた。


 臭い…


 猿達は手を伸ばして掴み取り、夢中になって皮を剥いている。

 その横を通って、ミラクル狐面が近寄って来た。


「何故まだ居る」


 やっぱり、じとっとしている。


 じと目のミラクル狐面が、じとっと本殿の方へ進んでいくと、何故か自分も釣られて歩き出し、引っ張られる様な不思議な感覚で後をついて行くが…


 臭い…


 思わず鼻を塞ぐと、ミラクル狐面から何かがころりと落ちた。




 らっきょう…


 すかさず、大きな猿が飛んで来て、らっきょうの皮をどんどん剥いていく。

 もうこれ以上は剥けない、という所まで小さくなると、ぽいっとほかって、まだ落ちていないかと探している。


 さるっと、こちらへ近付き、足首を掴んできた大きな猿と完全に目が合った。

 ふぁあっと口を開いて凄い歯を見せてくる。


「ひぃっ!!ミラグルざーーーんっ!!!」




 ゆっくりと振り向いたミラクル狐面が、相変わらずじとっとしたまま、ボールの様な物を少し離れた所へ放った。




 たまねぎ…


 ごところころころと、転がる玉葱を追いかけて行く猿を見て思い出す。


 猿が、らっきょうと玉葱の皮をどんどん剥いていく話…


『もし!サルがいたらラッキョとタマネギあげたってムダだよー!どんどんむいて最後はキーッと怒るだよー!有名な話だよー!猿にはやっぱり米だわな!ワーハハハ…』

 と言う友達の笑顔…


 そうか…


 幼い頃、友達に教えて貰った…


 あの子は誰だっけ…


 魂の抜けた様な顔で、脳内タイムスリップしていると、突然、腕を引っ張られる。


「冷た臭っ!!」


 異常な冷たさに思わず手を引いた。




 冷え性…


 じと目で固まったミラクル狐面が、ゆっくりと自分の手の臭いを嗅いでいる。


「あっっ…すみませんっ…ミラクルさんっ…あのっ…猿っ…助かりましたっ…ありがとうございますっ!」


「みら…く…る…」




 しまった…


 心の中で呼んでいた、ニックネームが出てしまった。

 慌てて視線を逸らし、口笛を吹いたけれど音は鳴らない。


 ふっと猿を見たミラクル狐面が、向きを変えて歩き出し、釣られて自分もついて行く。


 長い参道の坂道を、あっという間に抜けて、本殿まで来るとミラクル狐面は言った。


「今晩は此処で過ごすといい」






 ……はい?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る