第8話 ダンジョンボス 「イナダ イクミ」

「ゲートが開く気配を、嗅ぎつけてきたか」


 キバガミさんが、ライフルを構える。


 ゲートをうかつに開けられない最大の原因が、これだ。


 こちらが開けたゲートの気配を、魔物は敏感に感じ取る。

 ゲートに人間が集まることを、魔物は知っているのだ。

 

 弱い魔物ばかりだが、それでも戦う力のない市民からすると脅威である。


「くそ。こんなところまで!」


 キバガミさんたちが住民を守りつつ、銃撃で魔物たちを追い払う。


「くそが! バケモノどもめ!」


 冒険者たちが、手当たり次第にライフルを乱射する。


 魔物にも当たっているが、逃げ惑う住民にも当たりそうになっていた。

 子どもに銃弾が当たりそうになるのを、母親が覆いかぶさって守っている。だが、銃撃が地面に跳ね返って、怯えていた。

 

「よせ、撃つな! 住民の避難を優先しろ!」


 隊員に、キバガミさんが指示を出す。


 興奮していても、隊員たちにはわかっている。だが、キバガミさんの指令どおりに動けない。どうしても、殲滅が優先される。やらないと、自分たちが殺されてしまうからだ。


「ぎゃああああ!」


 冒険者の一人が、魔物たちに囲まれて、食われてしまった。

 このままでは、防衛ラインを突破されてしまう。


 どうにかして、魔物を引き離さないと。

 

「ダンヌさん! 魔物だけに、ヘイトコントロールってできる?」


「おう、できるお。わかったお!」


 ボクは、【ヘイトコントロール】のスキルを発動した。

 隊員たちを刺激せずに、すべての魔物はボクに攻撃を集中させるはず。


「モンスターめ! こっちだ!」


 テントから離れて、モンスターを引き付ける。


 

「一人では危険だ、菜音ナオトくん!」


「すぐに追いつきます! いいから、キバガミさんは急いでください!」


「しかし!」


「このままじゃ、テントの避難民だって全滅しちゃうでしょうが!」

 

「くっ! 絶対に生きていてくれ!」 


 キバガミさんに先をいかせて、ボクは魔物の誘導を優先した。

 ボクは、ダンヌさんの力を継承している。足の速さも、人間を超えていた。



 

 稲田イナダ 育美イクミは、闘技場と化したイベント会場にて、クラスメイトとモンスターを戦わせていた。

 もちろん、魔物側による一方的な虐殺ショーだ。

 観客は、自分ひとり。

 ステージに用意した特等席の玉座で、イクミは制服姿で足を組んでいる。ときどき、おさげの髪を弄びながら。


 魔物から逃げている連中は、自分をいじめていた奴らである。


 ウルフが、デブメガネの頭を食べている。 

 いい気味だと、イクミは感じていた。このデブに、どれだけ殴られたか。さすがの受動技も、統率の取れた魔物の群れには無力だったらしい。


 デブが指を食いちぎられた時点で、イクミに勝敗は見えた。


「ひいいい! 稲田! 助けてくれ!」


 戦う力のない彼らは、魔物を前にして逃げ惑うだけだ。

 ウルフやオークが、いじめっ子共を食べている。


 いじめっ子ごときに、異世界転移・転生小説のような奇跡は起きない。


 その恩恵は、自分にこそ起きたのだから。


「なんの見返りもなしに、誰が助けてやるもんか。ワタシの個人情報を流したやつを白状すれば、助けてやると言っただろうが!」


「お前の個人情報なんて、お前んちのオヤジを通してダダ漏れなんだよ! オレたちじゃない! 時間の問題だった!」


 いじめっ子のリーダー格が、必死で訴えた。

 

 イクミの父親であるタスクは、暴露系YouTuberである。

 世話をしてやった芸能人が自分を無碍に扱ったので、その仕返しとしてタレントたちの情報を世間に流した。

 事実だけを公表したはずなのに、虚偽の情報があったと訴訟を起こされたのだ。

 そのせいで父は失脚した。


 娘であるイクミも、いじめの標的に。



 いじめの首謀者は、「情報漏洩は、父の不正を許さない正義マンのせいだ」と主張する。

 

 しかし、イクミは聞く耳を持たない。


「そうだぜ! 暴露系インフルエンサーの息子なんて、そんなもんだろうが! 個人情報流されてなんぼだろ!」


「キミたちいじめる側の個人情報は、流されていないのにか? それで、平等だと言えるのか?」


 イクミの一言で、いじめっ子たちは黙り込む。


「もういい。死ねよ」


 残ったいじめっ子たちを、スライムに閉じ込めた。ゆっくりと、溶かしてやる。


 スライムの内側から、いじめっ子共がもがいていた。

 しかし、苦悶の顔をしながら溺死していく。


「ワタシをバカにした連中は、ひとり残らず殺してやる。全部父親のせいなのに、ワタシをからかいやがって!」


 だからこそ父を殺し、【デヴァステーション・ファイブ】の座を奪った。

 今は、自分こそがこのダンジョンの支配者だ。


 あとは、いじめっ子のリーダーだけである。





 

 キバガミさんのいたキャンプの方角へ、振り返る。


 ようやく、住民たち全員はゲートの外へ避難できたようだ。


 しかし、緋依さんもついてきている。

 

「緋依さん、あなたはキバガミさんと行くんだ!」


「ダメよ。あなたを置いてなんて、いけないわ」


 緋依さんを引き離そうとしても、あちらの方が早い。

 ボクも結構、スピードが上がっているはずなんだけど。

 

「もっと離れられないかな? こんなに狭いと、戦えない」


「あそこを見て」

 

 駐車場だった場所を、緋依さんが指さした。


「いいね。ここで戦う!」


 ボクはヘイトコントロールを解除する。


 我に返ったモンスターが、こちらの戦力を分析して言うようだ。

 半数は逃げ帰り、強い個体を含んだ半数は残った。


「なんか、新技はないかな?」


 未だにボクは、自分のスキルを確認できていない。


 単体戦闘用のスキルは、ものすごい数が手に入っている。

 だけど、たくさんの魔物を相手にするようなスキルは見当たらなかった。


「めぼしいスキルは、まだなさそうだね」


「これだけの魔物を相手にするなら、【ウォークライ】ってのがあるお」


 低レベルの敵を震え上がらせる、精神攻撃系のスキルである。

 

「それだな! いくよ。【ウォークライ】! ガアアアア!」


 ボクは、マーモットのような叫び声を上げた。

 魔物たちが、足をすくませる。


 弱いモンスターを、叫びで怯ませるスキルだ。


 一瞬しか効果はないが、充分である。

 

 魔物たちが怯み状態から回復する頃には、緋依さんが首を跳ね飛ばしていた。

 緋依さんのスピードなら、弱い魔物たちなど敵ではない。



ほかは、割と強めな魔物だけが残った。


 まずは女の上半身にクモの下半身を持つ魔物、【アラクネ】を相手にする。

 アラクネが、ボクを踏みつけようとした。

 

「アラクネは素早いけど、糸を凍らされると弱いわ」

 

「よし。【アイスシールド】!」


 緋依さんからアドバイスをもらって、ボクは氷の盾を腕に喚び出す。鋭い足による踏みつけを、氷の盾で防ぐ。


 足が盾に着弾しただけで、アラクネが凍りついた。

 

 ダンヌさんの力だけを、頼ってもいいだろう。しかし、できるだけ自分でモンスターを倒す力を養わないと。


 腕が丸太になっている木の巨人が、ボクを叩き潰そうとする。


「トレントよ。炎攻撃に弱いわ」


「わかった。【ファイアボール】!」

 


「ずいぶんと、離れちゃった」


 キバガミさんに追いつかないといけないのに。


「いいものがあるわよ」

 

 乗り捨てられていたバイクを見つける。


「エンジンは、かかるみたい」


 ボクは、エンジンを噴かせた。


「乗れるの?」


「一応は。二人乗りもできるよ」


 ヘルメットはあったが、中身も入っていた。こんなのは、使う気がしない。


「ゴーカートのアトラクションが、近くにあったよね?」


 そこまで戻って、ヘルメットを手に入れた。

 レンタル代として、お金を置いていく。預かってくれる人が、いたらいいけど。


 目的地に向けて、バイクを走らせた。

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