第3話 光


『窓からはどういう光景が見えてる?』


 何だこのコメント……?


 というのが僕の第一印象だった。



 居場所を特定しようとしてるのか?

実際、部屋の窓からランドマークでも見えれば、その方角と高さから、ある程度の居場所は突き止められるわけだよな?


 ってのは僕の考えすぎで…質問者はそこまで考えてないのかも。単に僕と仲良くなりたいから聞いてみた、的な。


 ふと、そいつの名前を確認してみる。

No Name と書かれてある。名無しって意味か。


 …正直どうしようと思った。けど、「リスナーからの質問には何でも答えて。そっちのが印象いいからさ」という早紀のアドバイスを思い出し、とりあえずは答えていくことに…


 彼女である早紀が、そう言ったんだから…。だから、大丈夫だよな…。僕は口を開く。


「窓から見える光景……ですか。ええっとですね。わりと遠くまで見えますね。商業施設やマンションとか…あぁ、左側には川が流れてますね。少し遠くには…4階立てのアパートも――」


 視線を窓のほうに向けて話してた、そのときだった。


 その4階立てアパートの4階廊下に、何か、ぼんやりした黒い人影が見えた。


 …何だ?


 その人影は、両手を自分の頭部の前に持ってきてるような、ポーズをしてる。


 まるで…双眼鏡で僕のほうを見てる感じで…



 得体の知れない悪寒が背筋を走り、僕は思わずカーテンを閉めた。


 何だ今の…


 もう一度カーテンを開いてみるが、人影はいなくなってた。


 …?


 夜で薄暗いから、さっきは何かと見間違えたのかもしれないな。人影なんて最初からいなかったのかもしれない。


『配信止まってるけど大丈夫…?』


 あ、いけない。僕は窓からの光景に気を取られすぎて配信がおざなりになってたことを思い出す。そのコメントは、さっきのNo Name氏とは違う人で。


 ともかく、気を取り直して僕は、配信を再開したのだった。




 …翌日。僕は、昼過ぎに起きた。…寝すぎたな……


 昨日は… Vtuber配信に神経を使いすぎて、疲れてしまったのかもしれない。ゆえに遅くまで寝てしまった。


 そういうわけで、今から朝食兼昼食を取ろうとしたときだった。


 ピンポーンと鳴った。配達か?


「はーい」


 僕は特に警戒もせず玄関に向かう。


 それにしても大変だよなと思う。


 なぜなら僕の部屋は、アパートの5階にあって。しかもエレベーターがついてない建物ときた。だから、自力でここまで上がってこなければならず、毎度一苦労だろう。


 そう思ってドアを開けた。が、外には誰もいない。


 誰もいない。



 その事実に、一瞬思考停止した。


 …?? さっき…確かにピンポンは鳴ったよな…


 そのときだった。

音がした。金属音が――


 階段のほうからだ。タンタンタン…と誰かが駆け下りていく音がした。


 …まさかピンポンダッシュ…とかではないよな?

5階のここまで来てやるのは、ご苦労なことだとは思うから。



 そう考えてるうちに数時間が経過して…夜となった。


 もうすぐ配信の19時。直前の時間ってのは、やっぱり…緊張するな…。そんな心境のときだった。


 ピンポーンと鳴った。


「…こんなときにもか」


 さすがに無視をするわけにもいかず、僕は玄関に向かう。


 配達業者や、それか階を間違えたとかならともかく。もしピンポンダッシュなら注意の一つでもする気でドアを開けた。


 が、誰もいなかった。



 ……? 妙だと思った。

だって…


 昼は階段を走って降りていく音が聞こえたのに、今回は…なかった。


 ……まさか……まだ階のどこかにとどまってる?

そう思い外廊下を見渡すも、人影はなかった。


 …ドアの裏側に隠れてるのか??


 と恐る恐る確認したが、誰もいなかった。


 …どういうことだ? 不思議なこともあるもんだなと僕はドアを閉めた。

その後、忘れずに配信をした後に、僕は寝た……。なんか、妙に疲れた……。



 …翌朝、目を覚ます。朝の光が窓から差し込む。



 まるで手術室の光のようだった。



「おはよ。起きて?」


 気づくと、早紀が僕の体にまたがっていた。…あまり上品な行動とは思えない。


「いつからそうしてるんだ?」

「さっき来てから」


 いや、来たからといって、やっていい理由にはならない。僕は呆れつつ口を開いた。


「何やってるんだよ…」

「彼女なんだから別にいいじゃん」

「…そうか」


 正直、なぜこのような女が、僕の彼女になってるんだ? 僕の趣味に、合わない。とてつもなく凄まじい違和感を覚える。やはり、黒い長髪・おしとやかで清楚な大和撫子こそが、僕の理想の彼女であるとそう考えてしまいそうになる。


 ……いや。彼女を目の前にして考えることじゃないな…これ。失礼すぎる。


「ってか…何しに?」

「…よっと」



 綺麗な脚をのけて、早紀はベッドの横に降り立ってから言う。


「デートしたいなって思って」


「デート…?」

「だってあたしたち…恋人でしょ?」

「…そうだな」


 確かに、恋人がデートすることは別におかしいことではない…。


 そうして僕は、身だしなみを整えて、早紀と一緒に外に出かけることになった。


「どこに行くんだ?」

「どうしよっかなぁ。とりあえず適当に歩いてみよっか」


 行くあてもなく、ただ一緒に歩くだけという感じか。けれどそういうのも、恋人と一緒ならデートの範疇というものに入るのだろう。そう思ってしばらく歩いていたのだが……


 …何だ? さっきから違和感…


 …音がしていた。…僕ではない足音が。


 まるで…モスキート音… 近くにがいなくても耳元でなぜか音が延々と鳴り続けてるような…耳ざわりな…しかも視線も感じる。



 誰かがつけてるのか?

……それを確かめるためにも、僕は一旦、歩みを止めた。


「…謙吾くん?」


 僕の行動を不思議そうに思ったのだろうが、早紀も止まってくれた。


 すると、音はしなくなった。

…閑静な住宅街なだけに、今までしていた音が無くなるのは、わりと目立った。


 やっぱり…僕の動きに合わせて、歩みを止めたのだと分かる。そして、こっちを見ている…


 実際、殺気ある視線は続いてた。


 体に穴が開きそうな強烈な視線。


 なんだ?


 どこから…?



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