第2話 配信


「Vtuber(ブイチューバー)やってみようよ!!」



 予想外の展開に、僕は驚く。



「ブイ……何だって??」


「Vtuber。ネット動画配信者の、新しい形だよ」



 早紀によると。Vtuber(ブイチューバー)というのは、自分の姿をアニメキャラ的な…絵にして画面上に映し出して、配信をする人のことを指すらしい。




「実際に 見てもらったほうが早いかな」


 早紀はスマホを取り出し、動画サイトにアクセスし……チャンネル登録者の多いVtuberの動画を開く。何やら、雑談配信のようだった。



「へー…キャラが笑ったりするんだな」

「これね。実際に、中の人が笑ってるんだよ」

「え……自分の動きがキャラクターに反映されてるってこと??」

「そうそう」


 なんと、そんな技術があるらしい。

…webカメラが、その人の表情や動きを読み取って、画面上に反映させてるということなのだろうか。


 そして早紀から、お金を稼ぐ方法を……教わっていく。例えば広告収入とか、スーパーチャット(投げ銭)とか、キャラクターグッズ販売とか……



「…なぁ。一つ思ったんだけど」

「何?」


 僕は…率直に抱いた感想を吐き出していく。


「こういうのって、よほど人気にならないと、生計を立てていくのは難しいんじゃないか??」


 とてもではないが、僕のような素人が簡単にできることとも思えない。


「まぁ確かに、難しくはあるけどさ」

「…そもそも、何でVtuberなの??」


 それが最大の疑問だった。お金を稼ぐ方法というのは…世の中にいろんなものがあるのだろうが、その中で、敢えてVtuberを提示してきたのは何か理由でもあるのか?


「だって謙吾くん… Vtuber、凄くやりたがってたし…」



 ……何を言われたのか分からず、反応が遅れた。


「…僕が…やりたがってた…?」

「うん。それで、生計立てていくんだ!って」

「…ちょっと待ってくれ。僕が言ってたの?」

「そだよ。記憶を失う前の謙吾くんは…確かに」


 ……マジか。…驚きしかないんだが。そんなにVtuberというものに、熱意を見出していたのか、僕は…?



 だが、彼女である早紀が嘘をつくとも思えない。だから僕は…本当のことであると受け入れることにした。


「そうそう。個人情報は、出しまくったほうがいいよ」


「…え…」


 突然 背後から殴られたような感覚がした



 ……



 …ちょ、ちょっと待ってくれ。


 早紀は何を言って…? いくら僕がVtuberのことに詳しくないといっても、さすがに個人情報を出しまくるのはやばいのでは…??という漠然とした恐怖が内在した。


「個人情報って、本名や住所とか?」

「うん」



 平然と答える早紀。



「だ、大丈夫なのか??」

「…ねぇ謙吾くん。不安に思う気持ちは分かるけど、そういう危ない綱渡りでもしないとね、人気Vtuberというのにはなれないんだよ」


「そ、そういうものなのか…??」

「うん。あ、もう一つアドバイス。…リスナーからの質問には何でも答えて。そっちのが印象いいからさ」


 ……僕は、早紀の態度に何か疑問を抱くも、「分かった…」と、それに従うことにした。今の僕が頼れるのは、早紀しかいないから…。


 という流れで、Vtuberの名前も、なんと坂島謙吾という本名で…することになった。

そうして早紀が、勢いよく口を開く。



「じゃ、そこまで決まったところで、Vtuberのイラストを考えなきゃね。パソコンある?」


 僕は…うなずき、パソコンを起動させた。


 そして、ネット検索してるうちに、一般人でもわりと簡単にモデリングできる技術があることが分かった。


「謙吾くんは、Vtuberをどんな見た目にしていくの?」

「そうだな……」


 僕は、とりあえず服装をカスタマイズしていく。そして出来上がったのが――


 スーツに赤ネクタイのVtuber。


 なぜこういう衣装を選んだのか、自分でもよく分からない。おそらく、自分のイメージする社会人26歳というのが、大体こういう感じだからだと、適当にそう解釈した。



「それにしても…凄いな」


 動きが連動してる。例えば…僕が左に動けば、画面上のアニメキャラも左に動いて。僕が口を開けば、画面上のアニメキャラも口を開く、といった具合に。そのように、表情や動きをwebカメラが感知してるのだそうだ。なるほど…これがVtuberというものなのか。


「……」


「…謙吾くん? ボーっとしてるけど大丈夫…?」

「あ…その……」



 …このとき僕は…違和感を抱いていた。


 連動する技術を凄いとは思っても。


 って感情が、出てこなかったから。


 何かが…おかしいと思う。だって…



 記憶は無くしたといっても僕は、元々持っていた嗜好はなんとなく覚えてるから。女性の趣味(大和撫子云々)なんかまさにそうだけど。体にしみついている感覚は、保持してる気が。


 だからこそ……何だか気持ち悪かった。


 本当にVtuberに興味・関心を持ってたのなら。動きが連動した時点で、嬉しいの一つや二つ思ってもいいんじゃないか??と。その感情が出てこないのは不自然だ。


 現実と理想が乖離しすぎてるというか、まるで体がバラバラにされてるような感覚。


「…なぁ早紀。本当に僕は…Vtuberが好きだったのか?」

「うん。そうだけど?」


 …本当なのだろうか。好きどころか僕は、Vtuber文化そのものに、すら覚えていて……



 …は??


 憎悪って何だよ。僕は失笑した。人物ならともかく、娯楽文化そのものに憎悪って意味が不明すぎる。



 その後。配信の仕方や、Vtuberの基本操作のいくつかを…早紀に教えてもらった。


「…早紀は、こういうの知ってるんだな」

「どうしたの?」

「あ、いや、なんか詳しいなと思って」


 たとえ難しい操作では…なかったとしても、それなりに興味関心がないと、普通は知らないような気もした。


「…そりゃ、そうだよ。彼氏がVtuber好きなんだから…あたしだって気になって、ちょっと調べちゃった感じ」

「なるほど…」


 そう言われると、まぁ…。彼氏の趣味に影響を受ける彼女というのは、別に不自然ではない…よな。




「っていうか…家デートしちゃったね?」


 恥ずかしそうに…早紀に言われる。


「家デート?」

「うん。…家で一緒に過ごすことも…デートなんだよ」

「そ…そっか」


 僕のデート概念というのは、てっきり外でするものっていうのがあったけど、そうか、家で二人っきりで過ごすこともまた恋人としての時間なのだと知った。


「ホントは、もっと一緒にいたかったけど。…用事があるから…今から、帰らなきゃいけなくて」

「…用事? それなら仕方ないよ」


 ってか窓の外を見ると、すっかり日は暮れて…夜に。

結構長い間… 一緒にいたのだなと分かった。


 その子がタイプの女性じゃなかったとしても。記憶喪失となっている僕にとっては、誰かが一緒にいるというのは心強くはあったから。名残惜しくはあったけど、無理に引き止めることはできない。



 そうして玄関まで早紀が行き、靴を履いたところで、僕のほうを見た。


「初配信、頑張ってね♪」

「あ、あぁ」


 屈託のない笑みを見せてくれる…早紀。



 ……彼氏でない人間にこんな表情ができるか? …やはり、早紀は彼女なんだろうと思う。

ということはつまり、早紀が言ってることも本当であって、つまり…僕がVtuber好きというのも本当なのだろう…と頭で考えた。


「…じゃ、またね」


 その言葉とともに、ドアは閉じられた。



 ……僕は、パソコンのほうへと向かう。


 …配信については、さっそく今日からするという話を、Vtuberの基本操作を早紀から教わったときにしていた。


 毎日19時に配信…という形で。


 もうすぐその19時だ。…緊張するが、なるべく平静を装って、うまく配信していくとしよう…。早紀からのアドバイスのことも思い出しながら、僕は深呼吸する。


 そして、ついに時間が。僕はマイクをオンにする。


「こんばんは。僕の名前は…坂島謙吾と言います」


 そんな調子で…配信は始まっていく。もちろん、個人情報を出しまくることも忘れてはいなかった。


「住んでる場所は…わりと閑静な住宅街かもしれないです」


 とはいえ、住所地に関しては、当たりさわりのない情報にとどめた。さすがに…~丁目とか番地までさらけ出すのは何だかんだ言って抵抗があった。


 …ふと僕は、画面端の数字を見る。8と書いてある。



 ……8人……



 それが、今のリアルタイム視聴者数…


 …これって、わりと多いほうなのでは? 僕は率直にそう思った。


 だって、企業傘下のVtuber等ならともかく、僕のような個人勢の場合…

ぶっちゃけ、初配信は0人でもおかしくないと思う。そう考えたら、8人もいる…という感覚になる。


 ありがたいことだと思う。おそらくこの人たちは、ちょうど19時に動画サイトを開いてたとかで。偶然、僕の初配信を見かけて…野次馬的に来てくれた、って感じなのだろうけど。


 どんな人たちが見てくれてるんだろうな。



 そう考えてるうちにコメントが流れてくる。


『こんばんはー』

『初見です』



『窓からはどういう光景が見えてる?』



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