第12話
食器棚の中の食器はすべて白いプラスチック製のものになり、更に扉には勝手に開かないように簡易的なカギがかけられた。
そして尚美はひとつ役割が与えられていた。
「いいかいミーコ。俺が仕事で疲れて朝起きれなかったら起こしてくれよ?」
ある日、冗談半分でそう言われたことを尚美はしっかりと覚えていた。
そして今日、健一はぐっすり眠っているけれど枕元の時計はあと3分で起床時刻になる。
ちなみにスヌーズ付きのこの時計は10分前には1度なり始めて、それを健一が寝ぼけたまま止めていた。
次で起きなければ朝ごはんを食べる時間がなくなってしまう。
尚美はベッドの上に座ってじっと時計を見つめていた。
あと2分。
あと1分。
カチカチと短針が動くたびに尚美はジリジリと腰を浮かす。
あと40秒。
あと20秒。
あと10秒というところで我慢の限界がきて健一の体めがけて突進していた。
ポフッと柔らかな布団の感触がして健一が寝返りを打つ。
「う~ん」
と寝ぼけた声をあげながら両手で尚美の体を引き寄せた。
そのタイミングで2度めのアラームがなり始めた。
ようやく薄めを開けた健一が右手を伸ばしてアラームを止める。
そしてまた目を閉じてしまうのを見た尚美は健一の腕から素早く抜け出してその頬をペロペロとなめた。
ちょっとしょっぱい、汗の味。
だけど起こして欲しいと言われては、手段を選んではいられない。
なにより、大好きな人が朝ごはんを抜いたり遅刻したりするのを見たくない。
お昼にフラフラしてはかわいそうだ。
「わかったよミーコ、起きるよ」
しつこく頬を舐めていると、渋々といった様子でベッドから起き上がり大きく伸びをする健一を見て尚美はホッと息を吐き出す。
どうにか今日は大丈夫そうだ。
健一がしっかり起きたことを確認してから尚美はそそくさと寝室を出た。
健一のルーティンは朝起きてすぐに着替え。
それから観葉植物に水をやって、自分の食事だということがわかってきた。
ちなみにミーコの朝ごはんは自動で器に出てくる機械があるで、すでに準備されているはずだ。
それでも健一は毎朝必ずミーコのためにホットミルクを作ってくれるので、本当に動物好きなんだろう。
キッチンで先に食事をしていると健一がやってきて自分のコーヒー用のお湯を沸かしつつ、ミルクをレンジで温めながら、観葉植物たちに水をやりはじめた。
本当に無駄がないというか、なんというか。
私生活からして時間を無駄にしないタイプだから、仕事でも大いに活躍できる人なのかもしれない。
それが原因で仕事で疲れて朝起きれなくなるのはもったいないことだ。
観葉植物たちに一通り水をやり終えた頃、ちょうどお湯も湧いてホットミルクもできあがっていた。
健一はパンにバターを塗り、尚美は水皿に入れてもらったミルクを飲む。
その間にテレビニュースを確認するのも健一の日課になっているようだった。
「じゃあ、行ってくるよ。今日は少し早く帰れる予定だから」
健一に背中を撫でられて「ミャア」と返事をして送り出す。
そこから先は尚美1人の時間だ。
最初の頃は色々やってみようと思ったけれど、今はもうそういうことはない。
なにをしても人間の頃のようにできないのはわかったし、自分が健一の仕事を増やしてしまうのは嫌だった。
ミーコがなにか失敗しても健一は決して怒らないし、捨てられる心配もない。
でも、できるだけいい子でいることに決めたのだ。
尚美は健一が玄関から出ていったことを見届けると、すぐに窓辺に置いてあるキャットタワーへ上がった。
ここからは下の大通りを見ることができる。
しばらく見ていると駐車場から健一の車が出てきて、会社のある方向へと走っていく。
尚美は車が見えなくなるまで見送って、それから自分のクッションへと戻った。
ふかふかとした感触は心地よくて、ここで丸まっているとすぐに眠くなってくる。
健一が仕事をしている間に自分は昼寝をするなんてと申し訳ない気持ちになる。
だけど人間の頃だったら味わうことのできなかった、平日の昼寝はとても心地よくて気分もいいことを知ってしまった。
尚美はそのままトロトロと目を細め、そして夢の世界へと入っていったのだった。
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