第39話 倉庫

 獅子堂会の本部に着くと、駐車場で一つの車を取り囲んでいる集団がいた。

 当然、その中には知っている顔がいた。

「篠原さん、戻りました」

「おう、例の動物は荷台か?」

「はい。どこに持っていきましょう?」

「大通りの向かい側の倉庫に入れとけ。一応、俺とそいつが行くまでは倉庫の鍵を閉めて誰も中に入れるな」

「分かりました」

 それだけ言葉を交わすと、湊はいそいそとトラックで出て行ってしまった。

 篠原はと言うと、一台の車を見て深いため息をついている。部下らしき男がその車の下に潜って作業しており、その男の傍らには工具と大量の配線がついた物体があった。

「何やってるんだ?」

 さすがに気になったので、篠原に近寄って声を掛ける。

「ここ、会長も使う大事な駐車場なんだがよ、毎日毎日断りもなく駐車して場所を占領する奴がいるんだよ」

「それがこの車か……」

 篠原だけでなく、取り巻きの男たちも明らかに苛立っている。

 車の移動なんてそれなりに労力がかかりそうだし、この感じだと持ち主を見つけることもできてなさそうだ。

「だから、エンジン点火したら爆発する仕掛けを取り付け中だ」

「おおう、聞かなきゃ良かった」

 作業をしている男が配線だらけの物体を手に取り、車の下部に潜り込ませる。多分あれが爆弾だろう。

「終わりました」

「よし、仕事に戻れ」

「はい」

 その一言で、作業していた男と取り巻きは散らばっていった。

 篠原は吸っていたタバコの火を消した後小さな缶の中に捨て、言った。

「さて、俺たちもあの倉庫に行くぞ」

「あ、ああ」

 車の持ち主が可哀そうだが、話を聞く感じだと常習犯らしいので、まあ仕方ない。


 倉庫まではそう遠くなく、なんなら今さっきの駐車場から見える場所にあった。

 そこは大型トラックが何台も入りそうな巨大な倉庫で、その扉の前に湊たちが立っている。

「動物はもう起きてるか?」

「いえ、荷台を見ずに外に出てきたので、分かりません」

 篠原がこっちを向く。

「動物はどんな方法で気絶させた?」

「ROのエネルギーで強化した爆竹をぶつけた」

 篠原が顎髭をさすり、軽く舌打ちをする。

「それだともうすぐで起きるな……」

 動物を気絶させてからトラックで運ぶまでの行動が早かったので、学校にいた時からそれほど時間は経ってないが、使った物は爆竹なので長時間の拘束は期待できない。

 多分、篠原もそれを分かっているんだろう。

「近くで見たいのか?」

「ああ、確認したいことがある」

「でしたら一度、荷台の中に麻酔を散布しましょうか?」

「そうだな。湊、頼む」

「はい」

 湊が倉庫に入ってから戻ってくるまで、それほど時間はかからなかった。

 湊に催促され、篠原の後ろについて倉庫の中に入る。中は想像通りの広さで、壁際には見たこともない器具や設備が置かれている。

 トラックが止まっていたのは、倉庫の中央あたりだった。

「開けて大丈夫か?」

「一応、口元を押さえながら入ってください」

 荷台の中は、かすかに匂いがするものの、意識が薄れるような事はなかった。

 篠原は金属のケージに入った動物に近付き、格子の隙間から手を伸ばして動物をそっと触る。

「おい、危なくないか?」

「大丈夫だ、すぐすむ」

 前足からお腹にかけて、主に胴体の部分を優しく触れたり押さえたりしている。

 動物が起きてしまわないかと炎が熱くなるが、篠原が何匹かの動物にそれをし終えるまで、動物が起きる事はなかった。

「筋肉が異常に発達している代わりに、胃腸がかなり弱ってる……確定だな」

「な、なにが?」

「こいつらは、お前と同じものを取り込んでるってことだ」

「……あー、いやでも」

 荷台から出ると、湊は荷台の鍵を厳重にかけた。

 そして荷台の側面にあるボタンを操作すると、中で機械が動いたような音が響く。

「これで、定期的に麻酔が散布されるようになります」

「ああ、それでいい」

「でも、何日もこの状態だといつか麻酔が切れます。どうしますか?」

「さすがに二百は予想してなかったからな……多分、十分なコンクリートを用意するのに三日かかる。それまで持つか?」

「はい」

「十分だ。じゃあ、交代で倉庫番をつけて、倉庫に近付く奴がいないか見張れ」

 湊と男は倉庫から出ていった。

 俺には関係なさそうなのでぼんやりと聞いていたが、ひょっとしてこの動物たちは悲惨な目に遭うのではないだろうか?

 想像してちびってしまいそうだ。まぁ、ちびっても即座に蒸発するが。

「山田からの依頼だったらしいな。偶然とはいえ、助かった」

「いや、仕事だからそれはいいけど」

「送ってやる、車まで行くぞ」

 そう言われて、篠原の後ろをついて倉庫を出る。

 倉庫の外には十人ほどの男が集まっており、それぞれが湊からなんらかの指示を受けている。人が多くて雑音も多いので、どんな指示かは分からない。

「……実のところ、実験しようと思っていたところだった」

「なにがだ?」

「動物にROを移植して、能力を発揮できるかどうかだ」

「あれはその成功例ってことか」

「一足越されたのは気分が悪いがな」

 それが本当なら、あの動物たちの異常な身体能力と再生能力にも説明がつく。

 篠原も、学校から電話を受けた時にそれを察したのだろう。あの住宅街で広がっていた噂や騒ぎも、前々から察知していたに違いない。

「でも、それじゃ色々と変だぞ」

 しかし、その説では矛盾点もいくつか存在する。

「どこが?」

「まず、二百体の動物に移植できるほどのROを調達できるのか? お前だって、探すのに苦労してた物だぞ?」

 篠原の情報の収集能力には目を見張るものがある。

 どうやって知ったんだという情報をこれまでいくつも聞いているので、こんな重大なことを彼が知らないとは考えにくい。

「それに、ROを移植されたにしては力の規模がしょぼい。俺がやりあったのは檜山凛くらいだけど、あいつの力はあんな規模じゃなかった。それに、あの動物の中でエネルギーを放出したりするやつもいなかった」

「……なるほど」

 俺の主張を聞いて、篠原は何も感じていないかのように呟いた。

「何か知ってるのか?」

「……」

 まるで、全てを把握していて隠しているような素振りだ。

 俺の問いかけにも、篠原は前を向いて全く答えない。

 今まで、俺が聞いたことには全て答えてくれていた篠原が、この時は少し別人に見えた。

「なぁおい」

 再度問いかけると、小さいため息を吐いたあとに口を開いた。

「……もう一つ、実験してたことがある」

「なんだ?」

「────被移植者の体の一部を食ったら、力を獲得できるかどうかだ」

 その言葉で、色々な線が繋がった気がした。


 篠原は、かなり車内の広い車を用意してくれた。おかげで、フレームに体の動きを邪魔される感覚は少ない。

 車中は無音の空間だった。無論、車のエンジン音があるので完全な無音ではないが、俺も、多分篠原も、積極的に会話をする気分になれなかったからだ。


 先の篠原とのやりとりで得た確信が、俺の中で渦のようになっているのが分かる。

 勿論、全ては情報を整理して導き出した予測だ。決定的な物ではなく、もしかしたら見えない真実があるかもしれない。

 ならば、さらに情報を集めるまでだ。

「少し、それっぽい依頼を漁って情報を集めてみようと思う」

「やめとけ。ここから先は極道の世界だ」

「関係ない」

「そもそも、お前は俺たちの依頼を受けて仕事をしている時点で、かなり危ない立場なんだぞ」

「……」

 確かに、篠原の言う通りだ。

 情報を集めながら彼らと行動を共にしてしまえば、傍から見ればそいつはヤクザにしか見えないだろう。

「どうしても気になるなら、自分一人でなんとかすることだな。依頼以外で俺たちとは関わるな」

「めんどくせぇ……なんでお前ら反社なんだよ」

「知らねーよ、国に聞け」

 知りたいことがあるだけなのに、こんなに篠原の助けが欲しくなったのは初めてだった。

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