第33話 税金

京極組のいつもの地下室にて、俺は静香からあるものを手渡された。

「税金、9千万円か……」

すっかり忘れていた。これもまた、途中で小学校の教育から逃げ出した弊害だろう。

俺の手には今、フレーム越しに複数枚の紙が握られている。この紙が入っていた封筒は主な色は茶色だが、表面には赤い文字で「督促状」と綴られていた。

「そっか、ゴミの焼却依頼の時は報酬額が低くて非課税だったから、今回払うのが始めてなんだっけ?」

「めんどくせぇ……踏み倒しちゃダメか?」

「ダメに決まってんでしょ。日本軍の次に敵に回しちゃいけないのが税務署だよ」

「……ヤクザも税金払ってんの?」

「当然でしょ?」

静香はあっけらかんと答えたが、とても反社のセリフとは思えない。

というか、金の流れを隠せば税務署も税金を取れないだろう。ヤクザのくせに、それをしない理由が全く分からない。

「違法な仕事で稼いだ金とかどうすんだよ? ちゃんと申告すんのか?」

「するよ? 他の組から強盗した金も贈与税として納めるし、住民税や法人税もちゃんと納めてるんだから」

「待て待て待て、強盗って贈与なのか? 強盗は強盗じゃないか?」

「金が入ったら税務署は絶対に税金を取りに来るから、そういう体にして納めてるってこと」

よほど税務署を敵に回したくないのか、静香は他にもいろいろな税金の存在を知っていた。それを話している様子からは、税務署とは絶対に敵対しないという固い意志を感じ取れた。少し、というかかなり過剰なほどだ。


俺に届いた税金の内訳は所得税のみだったが、累進課税という制度により、最大税率の金額が記されていた。その税金がかかっていたのは、篠原からの指名依頼で得たあの2億円だった。

「45%の所得税……残るのは1億1千万円か」

「いや、徴募事務所の仲介料5%も入って合計1億円だよ」

「減りすぎだろぉ!? 半分じゃねーか!」

「そういうもんだよ。特に高所得者は」

元の金額が大きいので残った金額は大きいが、それでも減った金額の方に感情が持っていかれる。心にぽっかりと穴が開いたようで、とても冷静ではいられない。

「なんとか節税できる方法はないか? ほら、金持ちお得意の!」

「いやー、ないね。そもそもうちの組自体、そんな稼いでるわけじゃないし、このご時世、税理士なんて成りてもいないから」

「嘘って言ってくれよぉぉ……」

期待してかけた質問も、とにかく冷静に、冷酷な言葉で返される。

現実は非情だ。そして政府は金食い虫だ。

俺は許せない。

人が必死になって稼いだ金を我が物顔で持っていく政府が、それを受け入れている国民が、それを許しているこの国の空気が。

「ちょっと内閣潰してくる」

「あんたが言うとシャレにならないからやめて」

「冗談だよ。マジで嫌だけどちゃんと払うから」

ただの振りのつもりだったが、静香は必死の形相で肩を掴んできた。まぁ確かに、被移植者がこれを言うのはかなり怖いだろう。


とはいえ、税金の払い方が分からない。督促状自体は手元にあるので、これと一緒に納める金額を持っていけばいいのだろうが、その場所が分からない。直接税務署に行けばいいのだろうか?

「どうやってこの金額を納めるんだ?」

「普通は特定の時期に確定申告して納めないといけないけど、傭兵はちょっと違ってて、依頼を達成したらなるべく早く納めないといけないんだよね」

「依頼を達成する度にか……じゃあ、徴募事務所か?」

「そうだね。仲介料と一緒に持っていけばいいと思う」


お金自体はアタッシュケースに入っているので、持ち運びは簡単だ。だが、徴募事務所まで1億を手持ちで持っていくとなると、少し恐ろしいものがある。俺はROによって能力を得ているから多少は平気だが、一般人はどうだろうか。

「普通の人も徴募事務所に直接お金を持っていくわけだろ? 道中で強盗されそうだな」

「ああ、大丈夫大丈夫。税務署は全部見てるから」

「こえぇよ」


得体の知れない税務署だが、静香がここまで言うのなら信頼自体はできる組織なのだろう。

────税務署を敵に回してはいけない、それは静香の説明でよく分かった。どうやら、税金の納め方にも複雑な点はなさそうだ。傭兵だけがこういった仕組みになっているようなので、まともに教育を受けていない俺は、傭兵になって正解だったのではないかと感じてくる。

「じゃあ、1億渡すから納めてきてくれるか?」

「そうしたいんだけどね、税金はちゃんと本人が納めないといけないんだよね」

「そうなのか。でも俺、徴募事務所の場所分かんないぞ?」

「事務所前の通りを右に真っすぐ行って橋を渡った先にある交差点を左に行ったら案内板が立ってるから、それに従って進めばいいよ」

随分と親切だ。篠原の言っていたことが本当なら、徴募事務所は三笠組合が運営している場所のはずである。

疑念は幾つか浮かぶが、その親切心のおかげで道に迷ったりはしなさそうなのが救いだ。

「じゃ、行くか」

「いや、私もついて行くよ?」

「マジでやめろ」

反射的に、強い拒絶の言葉が出てしまった。傷つけたかと一瞬心配したが、静香は何の気なしに言い返してくる。

「なんで! 心配じゃん」

「誰かに同伴されて出かけるほど子供じゃないわ!」

「徴募事務所、行ったことないんでしょ? あそこは怖い場所なんだよ!」

「お前は俺の保護者かっ! それに、どんだけ怖くても篠原ほど怖くないだろ」

「……まぁ」

「え、待って。そんなに怖いやつなのあいつ」


急にしおらしくなったので、俺まで篠原のことが怖くなってきた。

「────じゃあ、いくつか私の忠告を聞いて」

「それくらいなら聞くよ」

「一つ、物乞いには反応しない。声をかけられても肩を掴まれても無視して」

「はいはい」

「二つ、無暗に周りの傭兵に関わらない。声もかけないで、目も向けないでね。なんなら意識も向けないで」

「……はいはい」

雲行きが怪しい。俺の思っていたよりも、徴募事務所は恐ろしい場所なのだろうか?

「三つ、あそこでは人を信用しないで」

「こえぇよ! どんな場所なんだよ!」

忠告があまりにも不穏すぎるので、そう言わずにはいられなかった。

今からそんな場所に1億を持っていくと考えると、心が重くなっていくような気さえする。まだ、獅子堂会にアポなしで突入した時の方が心象的に穏やかだった。

「そういう人間が集まってるんだよ。チンピラにすら食い物にもされないような底辺の底辺でもできる仕事が傭兵だからね。付け入る隙を見せれば、虫のように張り付いてくるよ」

「ヤクザの方が平和に見えてきたぞ……」

「そりゃあ、私たちはまだ自分たちの規律を持ってるからね。この世で最も恐ろしいのは極悪人でも権力者でもなく、無敵な人だよ」

「はぁ……まぁでも、いつかは行かなきゃいけないと思ってたしな」


仮にも仕事なので、静香に甘え続けるわけにもいかない。というか、今まで俺は徴募事務所へ行くのを阻まれていたので、ようやく自分で行ける口実ができて幸いとも言える。

「とりあえず、封筒の中に入ってた書類には必要事項を記入しておいたから。あと、本来は本人確認が必要になるけど傭兵証明証は作ってないから、税金を納めるついでに作ってきたらいいよ。そのための書類はこっちの封筒に入ってるから」

そう言って、静香は何も書かれていない封筒を渡してきた。

なぜだか分からないが、とても面倒な手続きを静香に任せてしまったような気がする。受け取りながら、とても面倒見のいいやつだと感心する。


「ありがとな、俺こういうの分かんねぇから助かる」

「本当にめんどうだったんだからね。次から自分で調べてやること」

「はい、分かりました」

静香にはいつも助けられてばかりだ。

それと同時に、人に頼らなければ自分のこともできない自分に嫌気がさす。自立したいと考えて家を飛び出したくせに、結局はこうして彼女に頼らなくてはならない状況に。

変わりたい。最近、強くそう思うが、どう変わればいいのか分からない。沈んだ気持ちを必死に隠して、俺は京極組を出発した。






────────

※注釈

傭兵は一応、フリーランスや個人事業主と同じような立ち位置になります。そのため、確定申告は個人個人で行う必要がありました。

ですが、徴募事務所では昔、確定申告をサボる者が多かったそうです。花山静香が言っている通り、どうしようもない人たちが集まっているからですね。

優秀な傭兵もそれをやってしまうので、そういった人たちを逃がさないように、いつからか徴募事務所が傭兵たちの確定申告を代わりにするようになったそうです。

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