第22話 小森 奏
────如月組、本部にて。
奏から回収を頼まれたフレームを、俺はなんとかここまで運んでいた。
しかし、奏がどこかにいるかが分からない。フレームを運ぶのを誰かに任せてしまいたいが、こんな重い物を普通の人間が運べるわけがないので、誰にも頼めない。
「なんでアイツはこれを着れたんだよ……」
一旦荷物を置いて本部の中を探し回ってみたが見つからなかったので、この近くの工場に当りをつけた俺は、再び荷物を抱え、能力を駆使して飛んで向かった。
建物の屋根を伝って移動し、辿り着いた工場の前には一人の女が寝転んでいるのが見えた。その呑気さに苛立ちを感じるが、今は我慢だ。
「おい! 持ってきたぞ」
デパートを二つ並べてもまだ余裕のありそうな広さのその工場は、今も稼働していることを示すかのようにけたたましい金属音が鳴り響いている。外からでもその音は聞こえてくるので、中は相当うるさいことだろう。
そんな工場の前で寝ているこの女は、とてもヤクザには見えない。
その女は茶色混じりのセミロングの髪の毛で、ワイシャツのボタンをいくつか外してベンチの上で寝転んでいる。ペンシルスカートはなんとか履いているが、ストッキングはスーツのジャケットと一緒に近くに投げ捨てられていた。
とてもだらしのない格好だが、顔は俺でもかなり可愛いと思う顔立ちだ。だが、ROを移植されているお陰でほとんどの欲が消え失せているので、それを見ても何かを感じることはない。
ただただムカつくだけなので。俺はそいつのおでこにチョップした。
「痛っ! なに!?」
「なにじゃねぇ! お前が頼んだんだろ、これを運んで来いって!」
「あ、凛? おかえりー」
めちゃくちゃ怒鳴っているというのに、この女は何も感じていないように返事をする。怒鳴られ慣れているのではない。俺がこいつに勝てないことを、こいつが一番よく分かっているからだ。
「どこにあんの、フレームは」
「そこにあるだろ!」
「あ、ほんとだ」
俺が指をさすと、バラバラになったそのフレームに近付き、パーツの一つ一つをすり合わせるようにくっつけ始めた。
「これじゃない……これ? いや違うな」
ぶつぶつと呟きながら、パーツをくっつけては投げ捨て、別のパーツを手に取ってまたくっつけている。
俺が手伝えるようなこともないので、ベンチに座ってその光景を見守っていようとしたら、あいつの使っていたであろうストッキングの上に腰を下ろしてしまった。
俺は怒りのままにそれを掴み、その女の方向に投げ飛ばした。
「おい奏! ストッキングを脱ぎ捨てんな!」
「細かい男は静香に嫌われちゃうよ~」
「この……!」
なぜこの女はこんなにだらしないのだろう。静香と仲がいいなら、あいつがなんとかしていそうなものなのに。
ため息をついていると、作業をしながら奏が話しかけてきた。
「ねぇ、これつけてた子、どんな能力持ってるんだっけ」
「知らねーよ。ていうか、あいつ確か耐性もないのにROを移植されてるからな。能力なんてないんじゃね?」
嫌な奴を思い出させないでほしい。
人に甘えなきゃ生きていけない奴が、俺はこの世で一番嫌いだ。あの男はその筆頭だろう。なんの責任も持とうとしない男に生きる価値はない。
それなのに、あんな力を持ってしまったのだ。本当にたちが悪い。
苛立っている俺に、奏が疑念のこもった声をかけてきた。
「それはおかしい。装着していたであろう時間に対して、私の能力が蓄積した熱量があまりにも少ない」
「あ? 知らねーよ。隙間熱でどっか行ったんじゃねーの」
「そんなレベルじゃない。出力を調節できるようになった? それとも……」
なにやら、奏が真剣な顔を浮かべている。
この女がそんな顔を見ることは滅多にないので、何か異常なことが起こっていることを察する。
「凛、もしかしたらその人、能力持ってるかも」
「……どんな能力だよ」
「分かんない。でも、その人って全身黒こげなのに生きてるんでしょ?」
「再生能力で最低限生きれるようになってるのかも、って静香が言ってたな」
「その再生能力、なんで今の今まで息切れしてないんだろうね」
その言葉ではっとした。
全く考えが及んでいなかった。再生能力にも限界はあるのに、あの男はそんなもの存在しないかのように普通に生活している。
それは異常だ。例えるなら、傷の再生中は全速力で走っているような疲労感を生むので、それを四六時中となると息切れしないわけがない。
「……再生能力が無制限になるとか、そんな能力なんじゃないか?」
「それはないと思う。あれはROがエネルギーを通す扉を維持するためについてる副次的な効果だし、メインの能力はあくまで放出か増幅、それか変換のはず」
「それでも変だろ。再生能力を補填できるのなんてその中にはないぞ」
「だよね……」
奏の作業の手が止まった。
俺もあの男の能力の正体は知りたいと思っていたが、こうして考えてみると異様なことが多すぎる。
何とかして性質を突き止めることができれば仕返しできるかもしれない。だが、今のままでは分からないことが多すぎる。
「耐性が無いことにその鍵がある……?」
「どういうことだ?」
「んー……まあ、いいや」
「は?」
突然なにもなかったかのように作業に戻ったので、間抜けな声が出てしまった。
なぜ急にそんな考えに至ったのか意味が分からない。俺はどうしても気になっていたので、半分怒鳴り声で聞き返す。
「なあおい! 結局アイツは何なんだよ!」
「知らないよ、会ったことないし。それに、敵ってわけでもないんでしょ? じゃあ無理して突き止める必要も無いでしょ」
「いや、そうじゃなくて────」
「あ、分かった。やり返したいんだ?」
「────っ!」
恥ずかしさと怒り。その二つに頭を支配された俺は、反射的に能力を全開にして奏に殴りかかっていた。
人が受け止めれば、そいつがどんな武装を身に着けていようと骨ごと容易く粉砕してしまうような一撃だ。静香でも、しばらくは動けなくなるだろう。
だが、奏は手のひらで俺の拳を受け止めた。
巨大な硬いゴムを殴ったような感触だ。俺の拳が痛むほどの威力だが、奏は痛そうにしている表情を一切見せず、無感情な目でこちらを見つめていた。
居心地が悪くなり、拳を引っ込める。俺が引いたことを見ると、奏は何事もなかったかのように元の作業に戻った。
「……クソが」
「その人のこと、嫌いなんだ?」
「ああ、そうだよ」
「責任感がないからってこと?」
「ふん……」
こいつとは長い付き合いだ。だから、こいつは俺のことをよく分かっている。俺の好きな物も、嫌いな物も。
見透かしたような言い方は腹が立つが、図星なので、言い返す言葉を思いつかなかった。長い付き合いだが、やはり俺はこいつが苦手だ。
「多分、その人は"知らない"だけなんじゃないかな」
「……どういうことだよ」
「静香から聞いたんだけど、その人、森で暮らしてたのを拾って来たらしいよ。酷い状態だったから、かなりの年月を森で暮らしてたのかもって言ってた」
「だから?」
「生き方は人それぞれだし、正解なんてないけど、社会の枠組みの中で生きるとしたらそんなことは言ってられない。ある程度敷かれたレールの上を通って、何をするか、何を選ぶかを責任をもって選んでいかなきゃいけない。森で暮らしてたら、そんなこと意識しなくなると思わない?」
少し理解できるが、それでも俺はアイツが嫌いだ。
依然気持ちは変わらないし、俺は奏が何を言いたいのか理解ができない。こいつはそんな俺の気持ちに気付いたのか、作業の手を止めてこちらに向き直り、目を見て語り掛けてきた。
「凛だってレールを通って生きてきたけど、いろんな人に助けられた上でそのレールは通って来たでしょ? 今までそうしてもらったように、今度はあんたが助けてあげればいいじゃん」
「はぁ? するわけないだろそんなこと」
「静香は多分、その人を危険なことに近付けさせない、みたいなことしかしないだろうし、あんたはそんな静香に甘えてるのが気に入らないんでしょ?」
「うるせぇな……」
「凛、やりたくないことの中にいないと、人は成長できないんだよ。あんたは、今の自分の状況に甘えるつもり? 若頭でしょ?」
「……説教かよ、帰るわ」
居心地が悪くなったので、ベンチから腰を上げ、飛んでその工場を去る。
奏はため息をついていたが、正直、俺はあの男と関わりたくない。それなのに、あいつを助けるなんてもっての外だ。
────自分の状況に甘えるつもり?
だが、奏の言葉は、俺の心に逆棘のように突き刺さっていた。
俺が嫌っていた甘える行為。それを俺がしていると、奏はそう言ったのだ。
否定したい────そんな感情が湧き上がるが、考えれば考えるほど、その棘は俺の心に深く、深く沈んでいった。
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