第18話 運命
ビニールハウスから出ていく肇さんに、わたしは手を伸ばすこともできませんでした。
「……行ってしまいました。また、避けられちゃいました」
せっかく結ばれたというのに、彼はすぐにわたしから離れてしまった。
本当ならすぐに追いかけなくてはいけないのに、何故か今だけは追いかけてはいけない。
追いかけたら良くないことを知ることになってしまう。そんな気がした。
「サクラちゃん」
「ユズ、お姉ちゃん……ぁっ」
お姉ちゃんは不安な気持ちでいっぱいになっているわたしをそっと抱擁してくれた。
あの夜、わたしが肇さんにしたように……。
「大丈夫。今日は肇くんも少し調子が悪かっただけかもしれないから」
優しく頭を撫でられる。
だけど今のわたしが欲しいのは、優しさではなく真実。
必死に隠していたけど、彼が駆けだした時、ほんの一瞬だけ見てしまった。見えてしまった。
……彼の左腕が薄くなっていたのを。
「肇さんはもうすぐで元の世界に帰ってしまうんですか?」
「…………」
わたしの問いかけにお姉ちゃんは答えない。
「わたし見えてしまったんです。肇さんの左腕が、透けているのを」
「………………」
「ユズお姉ちゃんっ!」
わたしは初めてお姉ちゃんに向けて怒鳴りました。
「どうして、なにも言ってくれないんですか!」
「……………………」
「どうして、どうして、どう、してぇ……」
お姉ちゃんの腕の中でわたしは、何度も何度もお姉ちゃんの胸を叩く。
その度にわたしの目から涙があふれ出しそうになる。
「わたし、やっと肇さんと気持ちを共有出来て、やっと恋人に慣れて、これから始まるはずなのに、どうしてですかっ」
やり場のない気持ちをお姉ちゃんに向ける。そんなことは間違っているとわかっていても、今は他に手段を持っていなかった。
「……ねぇサクラちゃん、昨日のこと、覚えているかしら」
「ふぇ……」
「肇くんを好きになったこと、絶対に後悔しないって」
「……っ」
確かにわたしは言いました。それもユズお姉ちゃんだけじゃなく、肇さんにも。
その言葉に嘘はありません。今だって後悔はしていないです。
だけど、それでも、こんなのって……。
「わたし、何がいけなかったんでしょうか。もっと早くに気持ちを伝えていればこんなことにならなかったんでしょうか……」
「サクラちゃんは何も間違っていないわ。……ただ、運が悪かっただけ」
……私は、そう言って世界樹を見上げる。
この世界に生を受けてから、一度だけ運命というものを恨んだことがある。
どんなに抵抗しても、どんなに否定しても、そうなると決まっていること。
「(タイミング的に間違いない、あの枯れかけていた命の花が繋がっているのは恐らく肇くん……)」
「(どういう原理で命の花が回復したのかはわからないけど、それでも最後の一押しになったのはサクラちゃんと結ばれたこと)」
「(そう考えると、最初からこの恋は絶対に実らない。約束された不幸、か)」
そして私は二度目の恨みを抱き、胸の中へしまいこんだ。
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